記憶は失われても創作は残る──難病と向き合うアーティストがゲーム『Bub』に託したもの
2027年発売予定の『Bub』は、切り絵やコラージュから生み出された世界を舞台に、病とともに生きるアーティストの記憶をたどるゲームだ。開発者の2人に、制作の背景とプレイヤーへ託す思いを聞いた。

手描きの線や絵の具、コラージュ、さらには数千点に及ぶ切り絵──。『Bub(バブ)』は、アーティスト兼ストップモーション・アニメーターのケース・ジャーニガン(Case Jernigan)とプログラマー兼ゲームデザイナーのトッド・アンダーソン(Todd Anderson)によって制作された、ナラティブ・アドベンチャーゲームだ。ジャーニガンがスタジオで一つひとつ制作した素材を、アンダーソンがプレイヤーの操作に反応する世界へと立ち上げていくことで、『Bub』の独自性は生まれている。
病が生んだ創作の原点
プレイヤーが操作するのは、アメリカ南部出身で、ニューヨークを拠点に活動するアーティストという設定の「バブ」だ。絵画や彫刻を手がける彼は、多発性硬化症と向き合いながら、自身の過去を作品として残そうとする──主人公のこうした姿勢は、ジャーニガン自身の創作体験に基づいている。彼はこう語る。
「寂しさや懐かしさ、高揚感、不安を感じた際にはそれぞれの感情を一つずつ見つめ、作品に落とし込んできました。大きく膨らんだ感情を小さなキャラクターや紙の上の動きに凝縮することで、気持ちが解放される一方、我ながらどこか滑稽にも感じられます」
ジャーニガン自身も、記憶や視覚、手の動きにも影響を及ぼす多発性硬化症とともに生きてきた。プログラマーのアンダーソンは、ジャーニガンのそうした機能が損なわれていく感覚と向き合ってきた経験を背景に、「記憶を形にする力が失われる前に、過去をアートとして残す」という本作の核が生まれたのだと振り返る。
手仕事が映し出すバブの内面
プレイヤーは現在のニューヨークを歩きながら、バブの幼少期の記憶や夢、制作中に浮かぶイメージのなかへと入り込む。現実の街は、ペンとインクを基調とした統一感のあるタッチで描かれる。一方、バブの記憶をたどる場面では、マーカーや絵の具のにじみ、切り紙で作られたキャラクターなどが現れ、現実と内面世界の違いが、素材と画風の切り替えによって示される。
バブには、自分の記憶を作品として形にし、その意味を他者に伝えられなくなるかもしれない、という切迫感がある。アンダーソンによれば、こうした感覚は街の探索、静かな作品制作、スピード感のあるアクションが次々と切り替わるゲーム展開にも表れているという。ゲームが進むにつれて、バブの症状はゲームプレイにも反映されるようになる。自転車に乗る場面では、抽象的なアニメーションが画面に重なり、視界が乱れる様子が描かれる。パニック発作が起きたときには、呼吸を整え、肺に空気が入る感覚へ意識を向けなければならない。アンダーソンによれば、こうした変化は、物語の終盤に控える展覧会に向けて作品を作るバブの焦燥感の高まりを、そのまま映し出しているという。
症状や感情の変化がバブの操作に影響する場面もある。現在制作が進められている地下鉄の場面では、誰もいないホームを這って進むバブが、「自分を弱く、誰にも愛されていない」と自らを責め、「ナメクジのような、いやしい生き物だ」と卑下する。プレイヤーが移動操作をしても、バブがホームを進むには長い時間がかかってしまう。ところが、目の前に現れた車椅子に触れると、場面は一変する。バブはジェットコースターのように加速し、やがてスケッチブックの上を動く一本の線へと姿を変える。
創作の自由は誰にでも開かれている
バブの症状や感情に合わせてジャーニガンが描き、切り出した素材は、一コマずつ撮影され、ゲームエンジンのUnityに取り込まれる。だが、撮影時に生まれたわずかなズレや、描かれたインクが光を反射した跡はあえて残されている。その理由について、ジャーニガンはこう説明する。
「私たちは、完璧で、きれいに整ったものを作ろうとは考えていません。こうした荒さや不完全さをあえて残すことで、ゲームに思いがけない質感が生まれ、主人公の内面にある混乱も、素材そのものを通して映し出せるのです」
アンダーソンは、プレイ後に、悲しみと希望が入り混じり、心を動かすアートに触れたときのような余韻を残したいと語る。創作の喜びを感じたときや、困難に向き合う力が必要になったとき、ふと『Bub』を思い出してもらいたい──ジャーニガンも、ゲームを通じて創作の喜びと自由を感じてほしいと語り、こう続ける。
「バブは手を動かしてインクで線を描いたり、コラージュでイメージを組み立てたりすることで、自分の恐怖と向き合う方法を学んでいきます。こうした行為は、誰にでも開かれています。たとえ一瞬でも、アーティストが感じる自由をプレイヤーに味わってもらえたなら、それ以上にうれしいことはありません。『Bub』をきっかけに、自分でも何かを作ってみようと思ってもらえたらと願っています。友達や恋人とソファに並び、ステージごとにコントローラーを渡し合いながら遊んでもらえたらと思います」



















