Art Collaboration Kyoto 2026が開幕! 編集部が選んだベストブース5選

第6回「Art Collaboration Kyoto」が、11月6日のVIPプレビューを皮切りに開幕した。京都国立国際会館に集まった63ギャラリーのなかから、ARTnews JAPAN編集部が特に注目した5つのブースを紹介する。

2026年ACK会場風景。Photo: Moriya Yuki, Courtesy of ACK
2026年ACK会場風景。Photo: Moriya Yuki, Courtesy of ACK

観光客数がピークを迎える秋の京都で、現代アートフェア、Art Collaboration Kyoto(ACK)の2026年版が、11月6日のVIPプレビューを皮切りに国立京都国際会館で開幕した(11月9日まで)。

2022年からフェアディレクターを務めてきた山下有佳子が退任し、7人で構成する「リーダーシップコミッティー」による新体制で迎えた今年は、18の国・地域(24都市)から63ギャラリーが参加し、うち18ギャラリーが初出展。メインとなる「Gallery Collaborations」では、国内25ギャラリーがホストとなり、海外に拠点を置く27ギャラリーをゲストに迎えてブースをシェア。京都にゆかりのあるアーティストや作品を紹介する「Kyoto Meetings」には、国内6、海外5の計11ギャラリーが参加した。初出展組には、ハウザー&ワースやジェフリー・ダイチ、アルミン・レッシュといった欧米の有力ギャラリーも名を連ねる。

また、「ACK Intersections」へと名称を改めたパブリックプログラムでは、山口情報芸術センター(YCAM)のレオンハルト・バルトロメウスがゲストキュレーターに就任。「Out of Bounds」をテーマに、会場の屋内外を使った展示を展開している。

今年のACKは、東京で11月4日から開催中のアートウィーク東京(AWT)と会期を重ねた。両イベントは2021年にも会期が重なり、2023年にはACKの閉幕直後にAWTが開幕する日程が組まれていた。海外から日本を訪れるコレクターにとっては、両イベントを2時間ほどの新幹線移動で巡ることができるメリットがある。一方で、例年どちらのイベントも訪れていた、日本のアートシーンに精通するアジアのコレクターの一人は、今年はAWTを優先するため京都への訪問を見送ると話していた。

さらに京都では、ACKに合わせて海外の有力ギャラリーが歴史的建造物を舞台にした展覧会を相次いで開催している。清水寺でのウーゴ・ロンディノーネ展(Sadie Coles HQ)、両足院でのアンドリュー・クランストン展(Modern Art、Ingleby)、大徳寺興臨院でのイッシー・ウッドとエヴェリン・タオチェン・ワンの二人展(Carlos/Ishikawa)、有斐弘道でのミリアム・カーン展(Meyer Riegger、Wolff)など、その顔ぶれは豪華だ。京都の歴史や文化を象徴する空間の中で作品を鑑賞できることは、海外からの来訪者にとって大きな魅力だろう。ただし、こうした展示を見慣れた日本拠点の業界関係者の中には、「すでにクリシェ感がある」という声も聞かれた。

このほか、妙顕寺、本法寺、妙覺寺の3寺院を舞台に33軒が出展する「CURATION⇄FAIR Kyoto」や、現代工芸と古美術・近代美術を組み合わせた展覧会「工+藝」京都 2026も開催され、京都の街全体で多彩なアートイベントが展開されている。

こうした展覧会の充実は、京都が国際的なアートの発信地として存在感を高めるうえで追い風となるだろう。一方、開催前に話を聞いた複数の業界関係者の中には、コレクターが市内の展示を優先し、ACKの会場に足を運ばなくなるのではないかという懸念を漏らす人もいた。東京と京都、さらには京都市内の各会場の間で、コレクターの関心や時間が分散する可能性があるからだ。それでなくとも、京都は街そのものが魅力的な「作品」だ。

とはいえ、VIPプレビュー初日の会場には、例年と変わらない穏やかながらも確かな熱気があった。複数のギャラリーからは売上も悪くないとの声が聞かれ、少なくとも初日の滑り出しは上々だったようだ。

京都という都市の魅力を生かした多彩な展覧会が展開されるなか、ACKの出展ギャラリーはどのような作品を見せたのか。「Gallery Collaborations」「Kyoto Meetings」の中から、特に印象深かった展示を紹介しよう。

東京画廊+BTAP(東京)/Gallery Hyundai(ソウル)

東京画廊+BTAPとGallery Hyundaiによるブースの展示風景。
東京画廊+BTAPとGallery Hyundaiによるブースの展示風景。
東京画廊+BTAPとGallery Hyundaiによるブースの展示風景。

東京画廊+BTAPがゲストに迎えたのは、韓国現代美術をいち早く紹介してきたGallery Hyundaiだ。両者によるブースでは、菅木志雄と小清水漸、そしてイ・スンテク(Seung-taek Lee)の立体作品が展示されている。ともに1944年生まれの菅と小清水は、1960年代末に生まれた「もの派」の中心的作家。菅はものと空間、人の知覚の関係を、小清水は素材そのものの性質を探究してきた。一方、韓国前衛美術の先駆者として知られるイは、70年以上にわたって「非彫刻」と呼ぶ独自の表現を追求してきた。その実践には、風や煙といった自然現象を用いるものや、日常的なものを縄で縛るものなどがあり、今回は後者の作品が出品されている。

特に印象に残ったのは、《Tied Stone》をはじめとする、石や古書が縄で幾重にも巻かれたイの作品群だ。きつく締め付けられた石や古書は、生命を持たないものでありながら、どこか肉体を思わせる。そこに官能的な気配を感じる一方、そうした印象は見る側の欲望や先入観を映し出したものに過ぎないのではないかとも思えてくる。イが石を縛った作品のモチーフとしたのは、機織りのおもりとして暮らしのなかで使われてきた錘石だ。縄で縛ることも、その摩擦によって石にくびれが生まれることも、もとより日常に存在していたもの。そのくびれに惹かれてしまうのは、道具が使い込まれ、すり減っていく様子を目にする機会が、私たちの暮らしから失われつつあるからなのか。

一方、東京画廊+BTAPからは、木材の配置や加工を通して、その性質を引き出す菅と小清水の作品が出品されている。例えば菅の、板の上に木片を格子状に配した《境野》(1993)や、青く塗られた木枠の開いた一辺を枝で閉じた《周依》(2012)。小清水の「Relief – from surface to surface」(2020)シリーズは、松の板に細い線を刻んだり、山形に彫り込んだりした作品群だ。彫られた面には、年輪が幾重もの弧や山形となって現れ、板の内側に眠っていた木の時間が表面に引き出されている。縛る、置く、刻む。3人のアーティストの手法はそれぞれ異なるが、彼らの作品は、石や木が持つ形や性質、そこに刻まれた時間に私たちの目を向けさせる。(N.R.)

KANEGAE(京都)/ATTA Gallery(バンコク)

KANEGAEとATTA Galleryの展示風景。

京都・大徳寺の総門前に店を構え、古美術から「超絶技巧」の工芸品までを扱うKANEGAEがゲストに迎えたのは、2010年にバンコクで創業した、タイのコンテンポラリー・アートジュエリーを専門とするATTA Galleryだ。両者のブースは、ジュエリーを軸に「身につける」行為の意味を広げようとしている。ここでいう「身につける」とは、アクセサリーを身体に装着することにとどまらず、ものと身体、そして周囲の環境との間で、時間をかけて関係を育むことを指すという。会場には、弥生時代の土器や江戸時代の仏手など、欠損を残しながら長い時を経て伝わってきた品々も並ぶ。そうした古い造形と現代のジュエリーを組み合わせることで、ものを受け継ぎ、次の時代へとつなぐことの意味も問い直している。

ブース内には、金属造形作家・平尾祐里菜による、枝に咲く花をかたどった作品(花の部分は取り外してブローチとして身につけることもできる)のほか、伊東彩によるメガネ型のキネティック・ジュエリーが並ぶ。視力を補うものとして見慣れた形が、身体の動きを楽しむためのジュエリーへと姿を変える。会場では伊東本人が作品をかけ、身体の動きとともに揺れる様子を見せてくれた。

ジュエリー・デザイナーとしてのバックグラウンドをもつデイヴィッド・ビーランダーの作品「Cardboard」シリーズは、一見すると段ボールでできているように見えるが、実は銀に彩色を施して作られている。陶器の上に段ボールの王冠を載せたかのような《Crown》をはじめ、見た目と素材のずれが見る者を楽しませる。そして、金継ぎの要領で土器に水晶を埋め込んだ川井有紗の《Rebirth》は、このブースの考え方をもっともよく表す作品だろう。欠けた部分を覆い隠すのではなく、水晶という新たな素材を加えることで、古い土器に新しい造形が生まれている。(N.R.)

Mendes Wood DM(サンパウロ)

Mendes Wood DMの展示風景。画面中央には大竹富江の作品が、左にはパトリシア・エアーズ(Patricia Ayres)の《23-21-5 (Due)》(2026)展示されている。

「Kyoto Meetings」セクションに出展したMendes Wood DMは、2010年にサンパウロで設立され、コンセプチュアルな表現や政治的・社会的な問題に取り組む作家を積極的に紹介してきたギャラリーだ。現在はブリュッセル、パリ、ニューヨークにも拠点を構え、ブラジル国内外の作家を扱っている。今回のブースは、京都に生まれ、サンパウロを拠点に活動した日系ブラジル人作家、大竹富江(1913〜2015)を起点に、20世紀から現代までの8人の作家による作品を通じて、京都とサンパウロのつながりを探る。

なかでも目を引いたのが、パトリシア・エアーズ(Patricia Ayres)の《23-21-5 (Due)》(2026)だ。伸縮素材や詰め物を縫い合わせた本作は、妊婦の腹のようにも見える大きな膨らみを帯びている。中央には焦げ跡の残る穴が開き、作品の下部は白い帯できつく締め付けられている。その姿から連想したのは、身体の自己決定の問題だ。

1975年にニューヨークで生まれたエアーズは、ファッション工科大学(FIT)でファッションデザインを学び、デザイナーとして働いたのちに美術制作へと転じた。彼女の作品の根底にあるのは、カトリックの道徳観や収監制度、理想とされる身体像など、社会が身体に課してきたさまざまな制約だ。縛られ、汚れ、不自然に変形した身体を思わせる造形は、とりわけ女性の身体に向けられてきた抑圧や、それに伴う心理的な重みを感じさせる。(N.R.)

小山登美夫ギャラリー(東京)/Fortes D'Aloia & Gabriel(サンパウロ他)

小山登美夫ギャラリーとFortes D'Aloia & Gabrielによる共同ブースの展示風景。Photo: Mugyuda Hyogo. Courtesy Fortes D’Aloia & Gabriel, São Paulo/Rio de Janeiro
GOKULA STOFFEL《Pirilampo》(2026)Oil on linen on woodboard, 40 x 50 x 2.4 cm Photo: Edouard Fraipont. Cortesia da artista e [Courtesy of the artist and] Fortes D'Aloia & Gabriel, São Paulo/Rio de Janeiro
エレナ・トゥタッチコワ《Walkers #2》(2026)Photo: Courtesy of Tomio Koyama Gallery
エレナ・トゥタッチコワによるセラミックのレリーフ作品の展示風景。Photo: ARTnews JAPAN

ブースに入ってすぐに目を奪われたのは、2019年から京都を拠点に制作を行うエレナ・トゥタッチコワ(Elena Tutatchikova)による小ぶりなセラミックの彫刻作品「Walkers」シリーズより2点。モスクワでクラシック音楽と日本文化を学び、東京藝術大学大学院で博士号(美術)を取得したトゥタッチコワは、セラミックやドローイング、ペインティング、文章、写真など、さまざまなメディウムを横断しながら制作を行っている。想像力と知覚の探求を主軸に、歩くことを世界を認識し、思考するための芸術実践として捉えてきた。5年ほど前から始めたというセラミック作品も、その延長にある。美しく移ろう釉薬の輝きをまとった「Walkers」は、かろうじて「足」と思われる形が確認できるものの、一目でそれとわかる造形ではない。歩くという身体的・思考的な行為の経験そのものが、彼女の手を通じて土へと移されたかのようだ。そこには、樹の幹や岩を思わせる形態が現れ、人間と自然が溶け合ってしまったような、不思議な生命感が宿っている。

別の壁に展示されたゴクラ・ストッフェル(Gokula Stoffel)による《Pirilampo》(2026)も、エルネスト・ネトやアンデルソン・ボルバ、杉戸洋、エリカ・ヴェルズッティなど、素朴で奥深い魅力を湛えた作品が並ぶブースの中で、静かな存在感を放っていた。ストッフェルは、絵画、彫刻、刺繍、ドローイングなど複数のメディウムを横断しながら、絵具や布、拾い集めた素材などの物質性を重視し、制作過程で生まれる偶然や素材同士の関係を作品に取り込んできた作家だ。「蛍」という具体的な存在がタイトルに掲げられたこの作品では、画面全体を覆う紫とブルーの重なりの中に、黄色い光がそこここに浮かんでいる。幾重にも重ねられた筆触が画面に揺らぎを生み、眺めていると、光が現れては消える時間的な経験が身体的に伝わってくる。(M.N)

PARCEL(東京)/Sans titre(パリ)

PARCELとSans titreによる展示風景。Photo: Courtesy of Parcel and Sans titre
PARCELとSans titreによるブースより、土屋麗の作品の展示風景。Photo: Courtesy of Parcel
PARCELとSans titreによるブースより、土屋麗の《Blue race》(2023)の展示風景。Photo: Courtesy of Parcel
PARCELとSans titreによるブースより、リズロール・ペレスによる《Patterned Doll》(2026)の展示風景。Photo: Courtesy of Sans titre
PARCELとSans titreによるブースより、リズロール・ペレスによる《The Unmade Bed》(2026)(左)と《Knot》(2026)(右)の展示風景。Photo: Courtesy of Sans titre

東京を拠点とするPARCELとパリのSans titreによる共同ブースでは、信楽とグラスゴーを拠点に活動する土屋麗と、フランス生まれのリズロール・ペレス(Liselor Perez)という世代の異なる女性作家2人の作品が対話するように展示され、まるで「誰かの自室」を覗いているような錯覚に陥る。2016年に設立されたSans titreは、当初は固定の展示スペースを持たず、アパートやホテルの客室などを舞台に実験的な展覧会を開催してきた。近年はアート・バーゼルなど国際的なアートフェアにも進出し、若手作家の紹介で存在感を高めている。

土屋は、パフォーマンスや映像、セラミックなどを横断し、身体や欲望、社会的な規範をユーモラスかつ挑発的に表現してきた作家だ。今回はセラミック作品に絞って紹介されている。器の中に裸の人間たちが複雑に絡み合う作品は、親密な関係にあるようにも、窮屈な空間に押し込められているようにも見える。壁面を彩るのは、女性の下着(一部には男性用のショー衣装を思わせるPVC製のものもある)を精巧に再現した作品だ。本来は柔らかく、身体に合わせて伸縮する下着が、粘土を焼成することで硬く、形を変えられないものとなる。その逆説は、社会が身体に向ける規範的な視線の根強さを、どこか残酷に浮かび上がらせているようにも見える。

一方、パリを拠点とするペレスは、彫刻やドローイング、インスタレーションを通じて、家庭や幼少期の記憶、身体と空間の関係を探求する作家だ。ブースには、花柄の衣服をまとい、古い木製の椅子に静かに腰掛ける少女のような人形が置かれていた。柔らかな布でできた身体と、こちらの視線に応答しない顔。遠目には懐かしく愛らしい姿に見えるが、近づくと思わずたじろいでしまうような不穏さが漂う。壁面には、立体ペーパークラフトの額装作品を転用した小品も。もともと額の奥には、キッチンなどの家庭的な日常風景が紙で立体的に再現されていたが、ペレスはその中身を取り除き、代わりに鉛筆で描いたドローイングを収めている。家庭生活を理想化し、時に伝統的な性別役割分業を映し出してきた装飾品から、その中心にあった情景を取り去る。残された額縁と新たなイメージの間には、日常に潜む規範や、そこから逸脱する想像力が浮かび上がってくる。(M.N)

あわせて読みたい