アート・建築と共鳴するファッション──アクリスのクリエイティブ哲学に迫る
誕生から100周年を迎えたスイス発のラグジュアリーブランド、アクリスは、アートや建築との深い関係でも知られている。日本初のショーを開催するために来日したクリエイティブ ディレクターのアルベルト・クリームラーに、ブランド哲学を聞いた。
1922年にスイスのザンクト・ガレンで誕生したアクリスの創設者は、アルベルト・クリームラーの祖母にあたるアリス・クリームラー=ショッホ。女性の社会進出が今ほど一般的ではなかった時代に、1台の家庭用ミシンでエプロンを縫いはじめたことが始まりだった。
昨年ブランド創立100周年を迎えたことを記念し、4月24日(月)にアクリスは日本初となるランウェイを東京国立博物館 法隆寺宝物館で開催。この機会に合わせて来日したクリエイティブ ディレクターのアルベルト・クリームラーに、2023年秋冬コレクションについて、そしてアートや建築とのコラボレーションについて聞いた。
新しい100年に向けて過去を振り返る
──東京で披露した2023年秋冬コレクションは、なぜ、上野という場所を選んだのでしょうか?
私のチームがいくつか東京でのショーの場所を提案してくれたのですが、そのひとつが東京国立博物館 法隆寺宝物館でした。アクリスはこれまでも、さまざまな歴史的建造物を発表の場に選んできましたが、今回の会場には美しい庭もあり、日本で初めてのショーを行うにあたりぴったりな場所だったので、すぐに決めました。
──今回発表された2023年秋冬コレクション、そしてその一つ前の2023年春夏コレクションは、ブランド設立100周年の節目にあたります。どのような思いで制作に臨まれたのでしょうか。
100周年を祝う二つのコレクションは、そのすべてがサプライズと言えます。第一弾である2023年春夏コレクションは、「新しい100年に向けて前進するために、過去を振り返る」ことをテーマにしています。創業者二代目で、父であるマックス(・クリームラー)へのオマージュとして、1978年に発表されたアクリス初のカシミアのダブルフェイスのコートをオープニングルックに選んだのですが、これは100周年を記念した写真集『selbstverständlich (ドイツ語で自明の理 の意味)』の制作過程でアーカイブ作品を見返していたときに「使いたい!」と思い、決めたものです。
同写真集には、このコートを写した写真も掲載していて、ヴァルター・M・フェルデラーが設計したブルータリズムを象徴する建築である、私の故郷スイスのザンクト・ガレン大学の建物を舞台に、イワン・バーンが撮影したものです。ちなみに、ザンクト・ガレン大学のラーニングセンターは、日本の藤本壮介建築設計事務所が設計し、2022年2月にオープンしたばかりです。
そして、2023年秋冬コレクションの最初の着想源となったのは、アーカイブから見つけた1970年代の型紙でした。第二波フェミニズムが世界的に盛り上がった1970年代は、女性が初めて自ら服を選んだ時代とも言うことができます。つまり、自己表現のために服を選ぶ、ということです。それはアクリスの精神にも重なります。このコレクションは、女性のファッションスタイルへの敬意なのです。
「ファッション界の建築家」
──2004年にパリコレクションに参加するようになってから、アートや建築がコレクションのテーマとなりました。そこにはどのような経緯があったのですか?
私はファッションを柱とするファミリービジネスの中で育ったので、ファッションは当たり前の存在でした。けれども、私がクリエイティブ ディレクターに就任した80年代に、ドイツやオーストリア、スイスのアートシーンとつながる機会を得たんです。
その後、仕事でパリやミラノ、ニューヨーク、ロンドンに行く機会が増え、1986年には初めてアジアを訪れました。旅先ではいつも、夕食前の時間を使って現地の美術館やギャラリーに足を運ぶようにしました。こうしてアートに触れ、アーティストたちと交流する中で、それまでとは異なる多くのインスピレーションを得るようになったんです。
こうした刺激を糧に、考え、創造するうちに、応用へとつながっていきました。フェリックス・ヴァロットンの陰影と色彩にインスパイアされた2004年秋冬コレクションは、まさにそれが結実したものでした。その前の2004年春夏コレクションは、イタリアの画家、ジョルジョ・モランディの作品からインスピレーションを得たものです。
──もともとアートや建築に興味があったのですか?
そうですね。おそらく、ファッションデザイナーになっていなければ建築家になっていたでしょう。というのも、私の母の兄である叔父は建築家で、大きな影響を受けました。
私には建築家の友人が多くいますが、彼らからも、「アルベルトはファッション界の建築家」だと言われます。ファッションにおいては、ルックを「デザインする」ことに集中しがちですが、私にとって重要なのは、ルックだけでなく個々のアイテムが汎用的に機能することです。たとえば、人種によっても女性の身体的特徴は異なりますが、そうした多様な状況を常に考慮してバランスをとっていく感覚は、建築的と言えるかもしれません。
コラボレーションから生まれる、ただの“モノ”ではない価値
──これまでに多くのアーティストとコラボレーションされていますが、もっとも印象に残っている経験を教えてください。
私にとって、アートや建築からインスピレーションを受け、それを自分のクリエーションに還元することが非常に重要です。印象的だったのは、2009年春夏コレクションでコラボレーションしたスコットランドの詩人、イアン・ハミルトン・フィンレイでしょうか。イアンとはもともと親交があったのですが、スコットランドにある彼の自邸の庭に感銘を受けました。その庭は彼が何年もかけて作り上げたもので、さまざまなオブジェや彫刻があります。それを写真に撮り、マットなスパンコール地にデジタルプリントしました。
──写真家のトーマス・ルフや建築家の藤本壮介とのコラボレーションはどうでしたか?
トーマスのことは、彼が1981年にミュンヘンのギャラリー、ルーディガー シュットゥルで初めて展覧会を行ったときから知っていました。そして2012年に、ドイツのハウス・デア・クンストで開催された彼の展覧会を見て改めて感動し、「いつか彼とコラボレーションしたい」と思ったのです。
その2年後、パリコレデビューから10年の節目にあたる2014秋冬シーズンでトーマスとのコラボレーションが実現し、彼の写真シリーズをモチーフとしたコレクションを発表しました。当時はまだ、デジタルプリントを用いるブランドは少なく、その意味でもアクリスは「アートをファッションに取り入れる、真のパイオニア的存在」になったと自負しています。
また、トーマスの作品《Stars》に着想を得たエンブロイダリーも作りました。このときのコレクションは時流を超えて価値を持ち続ける、まさにアート作品のような存在です。ただのモノではなく、コレクティブなのです。
ソウ(藤本壮介)とは、2016年春夏コレクションでコラボレートしました。初めて彼の作品を知ったのは、ロンドンのサーペンタイン・ギャラリーが、毎年著名な建築家にデザインを依頼するプロジェクト、サーペンタインパヴィリオンでした。自然と建築物の関係性を探究する姿勢に強い共感を覚えたんです。2015年2月にソウに初めて会い、その後、東京の彼のオフィスや直島にある「直島パヴィリオン」を訪ねました。「直島パヴィリオン」は日中は美しく夜は幻想的な、まるでダイヤモンドのような作品です。この美しい作品にヒントを得て、私はブランドのシグニチャーの一つである刺繍を組み合わせたアイテムを制作しました。ソウとは、人間がいかにシンプルに、快適で美しい生活を送ることができるか、という根源的な問いを共有しています。
ファッションとアート・建築が持つクリエイティブの相違点
──「官能的なミニマリズムと控えめなエレガンスに共感する」とおっしゃっています。ミニマリズムは美術や建築でも使われる言葉ですね。
ミニマリズムはバウハウスやモダニズムに関係します。私は、オーストリア・ウィーンの建築家、アドルフ・ロース(編注:ロースは「装飾は罪悪である」という主張で知られる)に多くを学びました。彼は「最高の素材があればいい」と断言しました。つまり、上質な素材さえあれば装飾は必要なく、逆に、上質ではない素材を使うからこそ装飾が必要なのだ、と断じたんです。その思想は、最高の素材であるカシミヤやツイードを最高のクラフツマンシップで仕立てるアクリスのブランド哲学にも共通していると感じます。
──服をつくるクリエイティブプロセスにも、アートや建築との共通点はあるのでしょうか。
ファッションデザイナーや建築家は「目的」のある創造活動をしているという点で、アーティストとは大きく異なると言えるでしょう。
例えば、建築家は人が「過ごす」ことを前提に設計します。ファッションデザイナーは、人が「着る」ことを前提に服を作ります。一方、アーティストは、「自己表現」のために芸術を創造します。だからこそ彼らはアーティストたりえるのです。
Akris公式サイト
Text: Kurumi Fukutsu Photo: Ayaka Yamamoto Editor: Kazumi Nishimura