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  • 2022.05.24

李禹煥が南仏アルルに美術館をオープン。16世紀の邸宅を安藤忠雄が改修

古代ローマの面影が残るアルルの街の中心部に、世界的に有名な韓国人アーティスト、李禹煥(リー・ウーファン)の美術館がオープンした。建物の改修には安藤忠雄が協力している。

アルル李禹煥美術館(2022) ©ADAGP, Lee Ufan; Photo: archives kamel mennour; Courtesy the artist and kamel mennour, Paris

フランス南東部に位置するアルルは、19世紀後半にフィンセント・ファン・ゴッホをはじめとする印象派の画家たちが集まって以来、芸術家やアート界を魅了し続けてきた。2010年にはフィンセント・ファン・ゴッホ財団が設立され(財団の美術館は14年に開館)、最近ではコレクターのマヤ・ホフマンがフランク・ゲーリーに設計を依頼したLUMA Arles(リュマ・アルル)が21年夏にオープンするなど、いくつもの新しい文化施設が生まれている。

李禹煥財団(ニューヨーク)が、Lee Ufan Arles(以下、アルル李禹煥美術館)を開館したのは22年4月15日。李にとって、プロジェクト完成までの道のりは決して楽なものではなかった。サン・ポール・ド・ヴァンスのマーグ財団の元理事ミシェル・エンリシや、アルルの出版社アクト・シュドのジャン=ポール・カピターニとフランソワーズ・ニセンなど、友人たちの支援を受けながら基金を設立する必要があったのだ。


アルル李禹煥美術館の外観(2022) ©ADAGP, Lee Ufan; Photo: archives kamel mennour; Courtesy the artist and kamel mennour, Paris

集まった資金の大半は、美術館となる建物の改装費に充てられている。16世紀に建てられ、代々古美術商を営んできたデルビュー家の邸宅だった「オテル・ヴェルノン」と呼ばれる建物の改修を行ったのは、プリツカー賞受賞者の建築家、安藤忠雄だ。

これまでにも、たびたび安藤に設計を依頼している李は、「安藤のインスピレーションは私のインスピレーションと共鳴する」と、最近行われたフランス語でのインタビューで語っている。安藤は、メガコレクターのフランソワ・ピノーが最近パリにオープンした現代美術館ブルス・ドゥ・コメルスや、日本の直島にある李禹煥美術館(2010)、韓国の釜山市立美術館にある李禹煥ギャラリー(2015)も手掛けている。

工業素材や自然素材の特性を探求した1960年代の日本の芸術運動、もの派の中心的存在だった李は、鉄板、ゴム板、ガラス板を石、木、水などと対峙させながら、ミニマルかつ詩的な彫刻を制作することで知られる。こうした作品は、アルルの新しい美術館にも数多く展示されている。

アジアに大きな足跡を残した李が、ニューヨークの財団の一部をフランスに移転させるのは自然な流れだと言えるだろう。フランスのギャラリー、カメル・メヌールなどに所属している86歳の李は、これまでフランス各地で度々展覧会を開いており、かつてゴッホやロートレック、ルノワール、ピカソらが住んでいたパリのモンマルトル地区にもアトリエを構えている。


アルル李禹煥美術館での展示風景(2022) ©ADAGP, Lee Ufan; Photo: archives kamel mennour; Courtesy the artist and kamel mennour, Paris

とはいえ、なぜアルルを選んだのだろうか。実は、この街は李が初のフランス語の画集をアクト・シュドから出版するきっかけとなった2013年の展覧会「Dissonance(不協和音)」が開かれた場所だからだ。その後、ヴェルサイユ宮殿(2014)やポンピドゥー・センター・メッス(19)で開かれた李の展覧会は、フランスで大きな話題となっている。李は、アルルの魅力についてこう語る。「ローマ文化の宝物の中にいると時間の感覚が消えていく。私が特に心を動かされるのは、そんな街の香りだ」

また、李は最近、アルルのユネスコ世界遺産登録から40周年を祝う記念行事にも参加。4世紀に建てられたアリスカンのネクロポリス(古代の墓地)で、13点の作品を野外展示している(22年9月30日まで)。幽玄な雰囲気が漂う場所での展示について、李は「アルルという土地柄、時空を超えた次元を表現しようと試みた」と語っている。


《Ciel sous terre(地下の空)》の展示風景。アルル李禹煥美術館(2022) ©ADAGP, Lee Ufan; Photo: archives kamel mennour; Courtesy the artist and kamel mennour, Paris

アルル李禹煥美術館は、面積約1350平方メートル、25部屋近くある4階建ての大邸宅を改修している。エントランスを入って最初の明るい部屋には、ミュージアムショップとチケット売り場があり、それに続いて優雅なライブラリーがある。ここはいずれティールームに改装されるかもしれないという。この2部屋の内装は、フランスの著名デザイナー、コンスタンス・ギセが手がけている。

最初の展示室は、おそらくデルビュー家が客人を迎えるために使っていた部屋で、中央にはモニュメントのようなコンクリートの円柱が立っている。螺旋形の構造物の狭い通路に入ると、白い雲がゆっくり空を移ろっていく様子が床に投影されている。「かつてゴッホがそうだったように、李禹煥はアルルの空に大きなインスピレーションを受けている」と、ポンピドゥー・センター・メッスの李禹煥展(2019)のキュレーター、ジャン=マリー・ガレは言う。ガレは、アルル李禹煥美術館でも作品の解説文を担当している。

李自身も「空を眺めながらローヌ川沿いを散歩する朝の時間は、私を幸せな気分にしてくれる」と語っている。安藤との建築的コラボレーションでもあるこの新作には、《Ciel sous terre(地下の空)》というタイトルが付けられている。


《Chemin vers Arles(アルルへの道)》の展示風景。アルル李禹煥美術館(2022) ©ADAGP, Lee Ufan; Photo: archives kamel mennour; Courtesy the artist and kamel mennour, Paris

これまでのプロジェクトと同様、李は邸宅敷地内の各所に、サイトスペシフィックなインスタレーションを注意深く設置している。《Chemin vers Arles(アルルへの道)》では、砂利の上に湾曲した鏡の板を美しく配置し、鏡が天井に向かって弧を描き始める両脇に、2つの大きな岩を置いている。また、過去のインスタレーションも再生された。その一例が、2つめの展示室にある《The Stage(ステージ)》だ(元の作品は60年代後半の制作)。来場者は、巨大な岩の横にある鉄の壁に遮られてできた光の輪の中に、足を踏み入れることができる。

その少し先には、もの派時代最初期の試みである「関係項」シリーズから、《関係項 1969/2022》と《関係項-重力》の2点が展示されている。この2つの作品の間には、改修工事を始めたころに出土したローマ時代の胸像が飾ってある。この像は《Ciel sous terre》を設置するため地面を掘っていたところ、地中76cmほどのところから出てきたという。

「改修工事で唯一地面を掘った場所に空の映像が投影されるというのは、考えてみれば皮肉なこと」だと、キュレーターのガレは語っている。現在はアルル古代博物館(Musée departemental l’Arles antique)の収蔵品となり、同博物館から長期貸与されているこの像は、白く塗られた階段と新しく設置されたエレベーターに続く短い廊下に、専用のガラスケースで展示されている。


アルル李禹煥美術館の地下展示室(2022) ©ADAGP, Lee Ufan; Photo: archives kamel mennour; Courtesy the artist and kamel mennour, Paris

予約制となっている地下の展示室では、3点のサイトスペシフィックな作品を見ることができる。幅広い筆致でオレンジとブルーのグラデーションが床に描かれている「Dialogue(対話)」シリーズの2作品は、来場者が偶然出会う「考古学的発見」に見立てられている。白く塗られた壁に対し、オレンジの絵は垂直方向に、青の絵は平行に配置され、白壁には「Bottom(底)」と題された、次のような詩が李の手によって書かれている。「アルルの底には物語があり、その物語の底にはイメージがあり、そのイメージの底には未知のものがある」

2階(フランス式表示では1階)の展示スペースでは、絵の具がなくなるまで一筆で描いた線を並べた70年代のシリーズ「線より」から、波のようなグラデーションが深い振動を伝える2000年代の「対話」シリーズまで、概ね年代順に作品が並んでいる。80年代のドローイングも展示されているが、中には意外なほどミニマルではない作品もある。


アルル李禹煥美術館の展示風景(2022) ©ADAGP, Lee Ufan; Photo: archives kamel mennour; Courtesy the artist and kamel mennour, Paris 

その上の階には、会議やカンファレンス、レセプション、コンサート、そして李以外のアーティストの展覧会などを行う「ハイブリッド」な多目的スペースが設けられる予定だ。李は自身のコレクションも常設展示に加えたいと考えているそうだが、「まだ具体的には何も決まっていない」という。

このスペースには、建物の中で唯一、元の壁の仕上げや煙突の構造が見えるよう保存されており、アットホームな雰囲気を醸し出している。実のところ、李はこの美術館を展示施設というよりも「生活の場」として捉えているという。「絵画や彫刻の間を散策する時に生命が与えてくれる息吹や感動がある。それを共有するのに、この空間の意味を理解することは必要ない」と李は語っている。(翻訳:野澤朋代)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年5月11日に掲載されました。元記事はこちら

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