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  • 2022.06.08

アート・バーゼル香港2022のベストブース12:規格外サイズの村上隆やSFを極めた空山基、謎めくロニ・ホーンほか

アート・バーゼル香港2022が、5月25日のVIP向けプレビューを皮切りに29日まで行われた。今回は28の国と地域から130ギャラリーが参加している。年初からのオミクロン株感染者の急拡大で会期が3月から5月に延期され、オンラインとオフラインを併用したハイブリッド形式での開催となった。

アート・バーゼル香港2022の展示風景 ©ART BASEL

リアル展示の会場、香港コンベンション&エキシビションセンターは、ソーシャルディスタンス確保のため通常より間隔を開けたレイアウトで、来場者はゆったりとアートを楽しめた様子。また、直接会場に足を運べない場合も、オンライン・ビューイング・ルームや動画のライブ配信、バーチャルツアーが利用でき、出展者からは終日売れ行き好調の声を聞いた。

アート・バーゼルのグローバルディレクター、マーク・シュピーグラーは、声明の中で次のように述べている。「目の前にある課題や不確実性にもかかわらず、出展ギャラリーはすばらしい協力体制を見せてくれ、参加数が増加したことに感銘を受けています。アート・バーゼル香港が、アジアにおける文化交流の重要なプラットフォームであり続けていることの証しです」

では、今年のアート・バーゼル香港ベストブース12を紹介しよう(各見出しはアーティスト名/ギャラリー名の順に記載)。


Danh Vo/White Cube(ヤン・ヴォー/ホワイトキューブ)


ホワイトキューブのブース。アート・バーゼル香港2022 Photo: Courtesy White Cube

ホワイトキューブのブースでは、さまざまなアーティストの作品40点を展示。中でも際立っていたのが、ベトナム生まれのデンマーク人アーティスト、ヤン・ヴォーのインスタレーションだ。彩色と金箔を施した17世紀ポルトガルの木工品や、紙に印刷されたフォトグラビアを組み合わせた《Untitled》(2020)は、私たちが当たり前のように思っている歴史の物語を見直そうとするもの。ヴォーは、遺物や宗教的イメージの再構築を通じて、それぞれの文化で意味がどう形作られていくのかを探っている。その制作活動の土台には、1979年に難民として家族と共にベトナムから逃れ、ヨーロッパで育った自らの経験がある。


Katherine Bernhardt, Dan Flavin/David Zwirner(キャサリン・バーンハート、ダン・フレイヴィン/デビッド・ツヴィルナー)


デビッド・ツヴィルナーのブース。アート・バーゼル香港2022 Photo: Courtesy David Zwirner

デビッド・ツヴィルナーのブースでは、ベテランと若手の作品が並べられ、アーティスト同士の対話が生み出されていた。たとえば、ミニマリスト作家、ダン・フレイヴィンのピンクとブルーに光る蛍光灯のインスタレーション《untitled (for Charlotte and Jim Brooks) 1(無題〈シャーロットとジム・ブルックスのために〉1)》(1964)の近くにあるのは、米国人アーティスト、キャサリン・バーンハートの絵画だ。フレイヴィンは20世紀の最も影響力あるアーティストの1人で、従来にはない素材を用いた革新的な作品で知られている。

フレイヴィンのインスタレーションが放つ都会的な美学は、ポップカルチャーのイメージを引用したバーンハートの遊び心にあふれた絵画と呼応している。カンバスにアクリル絵の具とスプレーで描かれたバーンハートの《Crescent Lunge(三日月のポーズ)》と《Warrior II(戦士のポーズ2)》(ともに2021)では、アニメのキャラクター、ピンクパンサーがヨガのポーズを取っている。


Takashi Murakami, Zeng Fanzhi/Gagosian(村上隆、ゾン・ファンジー/ガゴシアン)


ガゴシアンのブース。アート・バーゼル香港2022 Photo: Courtesy Gagosian. Artworks: © Artists and Estates

村上隆の《Koropokkuru in the Forest(森のコロポックル)》(2019)は、彼のトレードマークであるスーパーフラットのスタイルで制作された大型作品。あまりに巨大すぎて、ガゴシアンはブースの壁をそこだけ高くする必要があったらしい。絵の中で円形に集まり、ニコニコと笑っている花たちは、日本のマンガと伝統美術の両方からインスピレーションを受けている。

その近くに展示されたのは、中国人アーティストのゾン・ファンジー(曾梵志)の作品《Untitled(無題)》(2022)だ。ダイナミックなアクションで描かれたこの絵は、彼が普段描く具象画とは違って抽象的なアプローチである。こうした色鮮やかな作品のおかげで、ガゴシアンのブースはとてもエネルギッシュな雰囲気だった。このほかにも、同ギャラリーの所属アーティストをはじめとする、さまざまな国からの作品が出展されている。


Roni Horn/Hauser & Wirth(ロニ・ホーン/ハウザー&ワース)


ハウザー&ワースのブース。アート・バーゼル香港2022 Photo: Kitmin Lee. Courtesy Hauser & Wirth

米国人作家、ロニ・ホーンが90年代半ばに制作を開始した美しい鋳造ガラスの彫刻は、作品の表面に見ている人が映り込むほど光沢があるのが特徴。まるで水面を見つめているようで、自分が実際何を見ているのか瞬時に理解できなくなる不思議な作品だ。2010年から12年にかけて制作された展示作品は、タイトルも謎めいている。いわく、《Untitled (“Sometimes I think I resemble myself too much. I have always been someone else……”)(無題〈時々、私はあまりにも自分に似すぎていると感じる。私はいつだって別の誰かだった...…〉)》。周囲の作品や来場者を映してゆらめくホーンの作品に見とれて、ついつい長居をしてしまう。


Joel Mesler, Tracey Emin/LGDR(ジョエル・メスラー、トレイシー・エミン/LGDR)


LDGRのブース。アート・バーゼル香港2022 Photo: Courtesy LGDR

LGDR(*1)では、ネオン管作品の前に来場者が群がり、写真やセルフィーを撮っていた。インスタ映えするこの作品は、90年代の英国で頭角を現したアーティスト(Young British Artists)の1人として名を上げたトレイシー・エミンのもの。タイトルは、《I promise to love you(私はあなたを愛すると約束する)》(2007-08)だ。米国人アーティスト、ジョエル・メスラーの作品にもテキストが使われているが、その絵には文字とともに熱帯の動植物が描かれ、陽気でカジュアルな雰囲気を醸し出している。ほかにも、バンクシー、キース・ヘリング、ジョージ・コンドーなど、有名アーティストの作品が並んでいた。


*1 アートディーラーのドミニク・レヴィ、ブレット・ゴーヴィ、アマリア・ダヤン、ジャンヌ・グリーンバーグ・ロハティンが共同設立した新ギャラリー。


Tom Friedman/Lehmann Maupin(トム・フリードマン/リーマン・モーピン)


リーマン・モーピンのブース。アート・バーゼル香港2022 Photo: Courtesy Lehmann Maupin, New York, Hong Kong, Seoul, and London

リーマン・モーピンのブースでは、米国人アーティスト、トム・フリードマンの《Looking Up(上を見上げて)》(2020)が目を引いた。上を向く大きな人物の彫刻は、それを見上げる人の姿勢を真似ているかのようだ。メタリックな仕上げはSF的な雰囲気で、近未来の技術による人間存在の変容を示唆している。来場者はQRコードを読み取り、AR(拡張現実)による高さ約10メートルの動く彫刻をスマホの画面上に表示でき、そのアニメーションを実際の彫刻の横に並べて見ることもできる。このインタラクティブな展示は、アート・バーゼル香港の開催に合わせ、香港、ソウル、ニューヨークの別会場でも同時展開されている。


Hajime Sorayama/Nanzuka(空山基/ナンヅカ)


ナンヅカのブース。アート・バーゼル香港2022  Photo: Courtesy Nanzuka

SF的といえば、Nanzuka(ナンヅカ)が展示した空山基のインスタレーションも印象的だ。ひょっとしたら、自分が見ているのは宇宙人なのでは、という気分になる。《Untitled_Sexy Robot type II floating(無題_セクシーロボット タイプ2 浮遊)》(2022)は、紫外線硬化樹脂、プレキシガラス、銀メッキ、LED、ステンレス、鋼で作られている。サイボーグ的な特徴を持つ女性型ヒューマノイドは、この作家が得意とするモチーフだ。金属の反射と、透明な素材の表面に映る光が相まって、作品を超現実的なものに見せる効果を与えている。ガラスケースに入った女性ロボットは科学標本のようだが、男性の視線が女性を物体化したようにも思える。私たちが、イメージをどのように消費しているのかを明らかにした作品と言えるだろう。


Rirkrit Tiravanija, Thomas Bayrle/neugerriemschneider(リクリット・ティラヴァーニャ、トーマス・バイルレ/ノイゲリムシュナイダー)


ノイゲリムシュナイダーのブース。アート・バーゼル香港2022 Photo: Michele Galeotto. Courtesy neugerriemschneider, Berlin

ノイゲリムシュナイダーのブース中央に鎮座しているのは、漢字がプリントされた卓球台だ。これは、タイ人作家、リクリット・ティラヴァーニャのインスタレーションで、その上にはドイツ人アーティストのトーマス・バイルレによる絵が掛かっている。バイルレの絵は、細かな模様の組み合わせで描かれた試合中の卓球選手で、カンバスにUVプリントで出力されたもの。卓球という行為に見られる人と人のやり取りや素早い動作は、人間関係の力学について考えさせられる。コロナ禍の不確実な状況の中で見るこの軽やかで楽しい展示は、とてもノスタルジックな感じがした。たとえそれがどんなに平凡でも、以前の日常を取り戻したいという願いを呼び起こすからだろう。


Stephen Thorpe, Juri Markkula/Ora-Ora(スティーブン・ソープ、ユリ・マルクラ/オラ=オラ)


オラ=オラのブース。アート・バーゼル香港2022 Photo: Courtesy Ora-Ora

オラ=オラのブースに展示されたスウェーデン人作家、ユリ・マルクラの「Heaven(ヘブン)」シリーズの作品は、鑑賞者の視点によって異なる表情を見せ、色も変幻自在に変わる。緑、青、ピンク、または金色にも見える作品の幻のような効果は、干渉顔料とポリウレタンを使って生み出されている。これが、ある種の精神性や神々しさを感じさせるのだ。

哲学的な探求は、米国を拠点とする英国人アーティスト、スティーブン・ソープの作品にも見られた。彼の油彩画《Imagination and Reverie(想像と夢想)》(2022)は、フランスの哲学者、ガストン・バシュラールの1971年の著作、『On Poetic Imagination and Reverie(詩的想像と夢想について」)にインスピレーションを受けたもの。自然の中に置かれ、鳥や植物に囲まれたゲーム台を描いた作品では、時空を超えたイメージが組み合わされている。


Lam Tung Pang/Blindspot Galleryラム・ドンパァン/ブラインドスポット・ギャラリー


ブラインドスポット・ギャラリーのブース。アート・バーゼル香港2022 Photo: Courtesy Blindspot Gallery

ブラインドスポット・ギャラリーのブースでは、香港のアーティスト、ラム・ドンパァン(林東鵬)の最新シリーズ「Potted City(盆栽都市)」をダークブルーの壁に展示。この壁と、ベニヤ板に描かれた盆栽の絵がよくマッチしていて、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。だが、絵をよく見ると、典型的な中国の山水画のような山や植物の間に、高層ビルが立っている。都会と田舎の景観を対比させながら、人間が環境と取り結ぶ関係について再考した作品だ。そのほかにも、2022年のヴェネチア・ビエンナーレに香港代表として参加しているアンジェラ・スーをはじめ、香港のアーティスト数名の作品が出品された。


Nortse/Fine Art Asia Pavilion(ノルツェ/ファイン・アート・アジア・パビリオン)

ファイン・アート・アジア・パビリオンのブース。アート・バーゼル香港2022 Photo: Courtesy Fine Art Asia

今年のアート・バーゼル香港には、古美術や現代アートの実験的な鑑賞方法を追求するアートフェア、ファイン・アート・アジア(Fine Art Asia)が参加。ファイン・アート・アジア・パビリオンと名付けられたこのブースには、6軒のギャラリーから20人のアーティストの作品が出展されている。

Rossi & Rossi(ロッシ&ロッシ)に所属するチベット人アーティスト、ノルツェによるミクストメディアの作品《The Golden Earth(金色の大地)》(2021-22)は、カンバスに塗られた金色が目を引き、表面に貼り付けられたファウンドオブジェ(自然にある物や日常生活で使われる人工物)が驚きを与えてくれる。また、壁面に投影された映像には、メタバースでゲームなどを作成して遊べるSandbox(サンドボックス)上の2つの中国風キャラクターが登場する。キャラクターたちは、神話の鳥をかたどった漢時代のブロンズ製ランプと、清時代(18世紀初頭)の熊の形をした紫檀製ランプ台座から着想を得て作られたという。


Ryan Bell/TZ APAC(ライアン・ベル/TZ APAC)


TZ APACのブース。アート・バーゼル香港2022 Photo: Courtesy TZ APAC

今やあちこちで見られるようになったNFT(非代替性トークン)は、もちろんアート・バーゼル香港にも進出。TZ APACは、暗号通貨プラットフォーム、テゾス(Tezos)の普及を後押しするアジア太平洋地域の組織だが、そのブースではブルネイ、中国、マレーシア、フィリピン、シンガポール、韓国などのジェネラティブアート(*2)やNFTアートを紹介。紫色の光で照らされたブースの壁面には、デジタルアートがプロジェクションされていた。

テゾスは、プルーフ・オブ・ステーク(*3)を採用したブロックチェーンで、さまざまなテクノロジーとアートのエコシステムを形成している。このブースを訪れた来場者は、その場でアート作品のNFTをミント(発行)可能。また、コードと計算によってランダムに生成される《Microgravity(マイクログラビティ)》の展示もあったが、作者の米国人アーティスト、ライアン・ベルは、幾何学の概念であるフラクタルと再帰関数をこよなく愛しているそうだ。


*2 コンピューター・アルゴリズムによって自動生成されるアート。
*3 暗号通貨取引における合意形成メカニズムの1つ。ビットコインなどが採用するプルーフ・オブ・ワークのように大量の電力を消費しないので環境への負荷が少ないとされる。

(翻訳:野澤朋代)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年5月27日に掲載されました。元記事はこちら

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