《モナリザ》6つの受難。東京国立博物館で起きた事件も
レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナリザ》は何十年もの間、窃盗や破壊、汚損の対象となってきた。2024年1月にはルーブル美術館で《モナリザ》にスープがかけられたが、この名画の受難は初めてではない。これまでに起きた《モナリザ》の盗難や損壊事件を振り返ってみよう。
レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナリザ》は、世界で最も愛されている芸術作品の1つだろう。毎年、何百万人もの人々が目にするルーブル美術館の至宝であり、ルネサンスを代表する名画として、値段のつけようがないと考えられている。
1797年にフランスが取得した《モナリザ》は、20世紀に入ってから、スプレー塗料を吹き付けられたり、ティーカップが投げつけられたりといった事件に見舞われており、近年では、環境活動家のアートアタックの被害も受けている。1956年には2度の事件があり、剃刀や石による破壊行為を受けたが、《モナリザ》は度重なる危機を無傷のまま潜り抜けてきた。
あまりに度々事件が起きるので、サルバドール・ダリも次のようにコメントしている。「非常に暴力的かつ様々な攻撃を誘発する力を持つ、美術史の中でも稀有な作品だ」
では、これまで《モナリザ》が盗まれたり破壊されたりした6つの事件を詳しく見ていこう。
1911年:イタリア人に盗まれる
ビンセンツォ・ペルージャ Photo : Via Wikimedia Commons
《モナリザ》が世界中で知られるようになったきっかけの1つは、1911年の盗難事件だった。この年、イタリア人のビンセンツォ・ペルージャが、2人の仲間とルーブル美術館のクローゼットに身を隠し、閉館を待ってからこの絵を持ち出して列車でパリを後にした。当時《モナリザ》は、レオナルド作品のなかでさほど重要なものとされていなかった。彼の目的は、イタリアが失った宝を取り戻すことだったのだ。
フランスの内外でこの事件が知れ渡るようになる中、ペルージャは作品を持ち続け、一時は自分が住んでいたパリのアパートの床板の下に隠していたという。盗難から2年余り経った頃、ペルージャは作品をフィレンツェの画商に売却しようとしたが、この行動が裏目に出てしまう。画商はウフィツィ美術館の館長に知らせ、作品を手に入れた館長は警察に通報。ペルージャは刑務所で6カ月間服役することになり、《モナリザ》はルーブル美術館に返還された。
1956年:ナイフと石で襲われる
Photo: Via Wikimedia Commons
1956年、《モナリザ》は1度ならず2度も破壊行為に遭った。1度目の犯人は、カミソリの刃を突き立てようとしたが、絵を損傷させるには至らなかった。2度目は、ボリビア人のウーゴ・ウンハガ・ビジェガスが石を投げつけた事件だ。「ポケットに石が入っていた。突然それを投げようと思った」と、ビジェガスは供述している。幸いなことに、すでにこの時点で絵はガラスで守られていたため、大きなダメージを被ることはなかった。1カ所だけ、わずかに絵の具が剥がれ落ちたが、専門家によってすぐに修復され、事件の数日後には再び公開されている。
1974年:東京国立博物館でスプレーを吹き付けられる
Photo: Sadayuki Mikami/AP
《モナリザ》がルーブル美術館を離れたことは、ほとんどない。そのため、東京国立博物館に貸し出された時には150万人もの人々が押し寄せた。そのうちの1人が、展示初日に赤いスプレーを吹きつけようとした当時25歳の米津知子だ。同博物館はモナリザ展の混雑を少しでも緩和しようと、介助を必要とする人の入館を禁止していた。この措置が障害者差別だとして、開催前から障害者運動の活動家を中心に議論を呼んでいたが、米津は抗議行動に移したのだ。
しかし、20〜30滴のスプレー塗料が展示ケースにかかったものの、レオナルドの絵は無事だった。米津はその後勾留され、裁判が行われた。美術史家のペネロペ・ジャクソンによると、訴訟手続きに性差別的な点があったとする女性権利擁護団体が、裁判所の外で抗議活動を展開していたという。米津は1975年に、軽犯罪法違反で罰金3000円の判決を受けている。
2009年:ロシア人の女にティーカップを投げつけられる
Photo: AP
2009年、当時《モナリザ》が掛けられていた展示室にロシア人女性がやってきて、ティーカップを絵に投げつけた。ルーブル美術館の担当者によると、カバンの中にカップを隠し持っていたこの女性は、フランスの市民権を得ようとして拒否された腹いせにそれを投げつけたという。同美術館の広報担当者は、ニューヨーク・タイムズ紙の取材に対し、「鑑賞が中断されたのは破片を拾い上げるわずかな間だけだった」と説明している。この時も展示ケースのおかげで無事だった。
破壊は未遂に終わったものの、この事件をきっかけに、より厳重な警備が必要だという声が上がった。美術評論家のジョナサン・ジョーンズは、「ルーブル美術館は、《モナリザ》を専用の展示室に移し、他の作品から距離をとって安全を確保することを検討するべきだ」とガーディアン紙に書いている。ルーブルは最終的にその通りの対策を取ったが、これは、《モナリザ》を見るために並ぶ人の列が他の展示作品の前まで溢れてしまう問題を解決するためでもあった。さらに19年には、展示ケースの防護ガラスが強化されている。
2022年:環境保護を主張する男にケーキをこすりつけられる
Photo: @Klevisl007 via AP
最初の受難から100年以上経った2022年の5月、《モナリザ》はケーキをこすりつけられた。容疑者の男(36歳)は、気候変動に対する抗議を理由にしているという。男は女装し、車椅子でルーブル美術館に入館していた。事件直後に撮影されたと思われるいくつかの動画がソーシャルメディアに投稿されているが、そのうちの1つで、男はフランス語でこう主張している。「地球環境を破壊している人たちがいる。全てのアーティストよ、地球環境について考えるべきだ。だから私はこれをやったんだ」。男はすぐに拘束され、ルーブル美術館は彼を刑事告訴した。
2024年:農業システムの腐敗を訴える環境活動家にスープをかけられる
Photo: David Cantiniaux / AFPTV / AFP via Getty Images
2024年1月28日の午前、健康的かつ持続性のある食料システムの権利を訴える「Riposte Alimentaire(食の反撃)」と呼ばれる環境活動団体に所属する二人の活動家によって、《モナリザ》にスープがかけられた。オレンジ色をしたスープは、作品を保護するために取り付けられた防弾ガラスの上にまき散らされたが、幸いにも作品本体への損害はなかった。その後、二人の女性活動家は警備員によって連行されている。(翻訳:野澤朋代、編集部)
from ARTnews