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アート界のシンデレラストーリー!? インスタグラムで画家への道を切り拓いたレイ・クライン

  • 2022年9月29日
  • INTERNATIONAL

Text: Shanti Escalante-de Mattei

27歳の画家レイ・クラインの経歴は、アーティストとしては異色と言える。大学院に進学してもいなければ、ニューヨークなどの大都市に住んだこともない。しかし彼女は、今どきのアート関係者なら誰もがうらやむものを持っている。それは、9万9000人を超えるインスタグラムのフォロワーだ。

レイ・クライン Courtesy the artist

現在、クラインは、サンフランシスコのギャラリー、ジェシカ・シルバーマンで個展を開催中だ(10月29日まで)。同ギャラリーのオーナー、ジェシカ・シルバーマンはARTnewsにこう語る。「彼女はデトロイト出身ですらなく、同じミシガン州でもホランドという小さな街の出です。アートコミュニティの規模が小さい地域にいたのに、どうやってこんなに多くの人の心を捉えることができたのか、本当に不思議でした」

逆に言えば、地元にたいしたアートコミュニティがなかったからこそ、クラインはオンラインで存在感を示すことに時間とエネルギーを費やしてきたのだろう。

クラインは子どもの頃から絵を描くのは好きだったが、それを仕事にしようとは思わなかったという。アーティストとして生きていくことなど、ミシガン湖東岸の小さな街では何の手がかりもない夢に過ぎなかったからだ。母親は実験用装置メーカーの事務員、父親は重機オペレーターで、中西部の厳しい冬には道路の除雪をするのが仕事だった。そんな環境にいたクラインは、高校卒業後、進路選択に自信が持てないままイースタンミシガン大学で看護学を学ぶ。

シルバーマンでの個展「The Comfort in Calamity(災難の中の癒し)」が始まる前日、クラインはARTnewsの取材にこう言った。「看護学部の基礎講座の教室で周りを見渡して、この人たちは優秀な看護師になるんだろうなと思ったんです。そして、自分には無理だな、とも」

入学後は学生食堂でイラストレーターのアルバイトを始め、大学のマスコットがグリルチーズサンドを食べているイラストなどを描いていた。この体験のおかげで、アーティスの道もあるかもしれないと思い、アートの講義を受講し始めたという。

「それが油絵を描く初めての経験だったんですが、これはいける! と感じて、なんだかホッとしたんです」とクラインは話す。

2017年に大学を卒業すると、製函工場でのシフト勤務をしながら副業として絵を描くようになる。その後、クラインの言葉を借りれば「観光客向けの地元ギャラリー」での仕事を始めた。

「いろいろといい経験になりました。どんなときにどう振る舞えばいいか分かるようになったから」と話すクライン。その経験から、作品の評価や値段がどのように決まり、ギャラリーの空間にはどんな制約があり、ギャラリスト、キュレーター、アーティスト、コレクターの間にはどんな関係があるのかを学んだという。そして、大学院進学を考えるようになったのと同じ頃、インスタグラムで自分の作品を宣伝し始めた。

「自分がコンタクトしたい人たちに出会えるんじゃないかと思ったから」


《Double Window(二重の窓)》(2022)

画像が飽和状態になっているインスタグラムの世界でも、クラインの作品には際立つものがある。その絵に繰り返し登場する電気を帯びたようなモチーフは、海を内包する貝殻、何もない空間に浮かぶ燭台、双頭のガチョウ、手のひらの上で魅惑的な輝きを放つ宝石、内側から光が漏れる犬の口などだ。また、ルネサンス絵画を思わせる美しく青い遠景が、スフィンクスの無表情な顔に描かれ、あるいは半透明のポートレートに映し出されている。クラインが寄せ集めたオブジェと風景の組み合わせは、まるで魔法使いが描く五芒星のように、神秘的な別世界へと見る人をいざなう。

インスタグラムで熱心なフォロワーが1人ついた後、フォロワー数はうなぎのぼりになった。そこでクラインは、ある作品に対して最初にダイレクトメッセージ(DM)をくれた人に、100ドル程度で作品を売るようになる。さらに関心が高まると、絵画や版画のオンライン販売を始めた。つまり、クラインのキャリアは全部自分で築き上げたものだ。マーケティングも、作品の発送も、気難しい買い手のあしらい方や身元調査も自分でやってきた。そして最終的に、絵を描くことだけで生活できる収入が得られるようになったのだ。

コロナ禍でスマートフォンの利用時間が増えると、クラインはさらに話題になり、ギャラリーからも注目されるようになる。まず、ニューメキシコ州タオスのギャラリー、バレーでグループ展に参加。その後、ロンドン、アントワープ、アムステルダムでの展示に続き、ロサンゼルスのニコディム・ギャラリーで展覧会が行われた。現在はニコディム・ギャラリーに所属している

「大学院に行っていないし、アート界の人たちとのつながりもないので、あとちょっとのところでプールの底に足がつかないでいるみたいな感じなんですよ」とクラインは言う。「でも、所属ギャラリーができたことで世界が変わりました。何でも自分でやることに慣れていたので」

クラインはもう、インスタグラムやウェブサイトでは作品を販売していない。


《Turning Away(目を背ける)》(2022)

こうしてクラインが頭角を表しつつあった時、シルバーマンはずっとその動向を見守っていたという。「普段、わざわざオンラインで作品を探すことはないのですが、友人がニューメキシコ州のタオスで開かれたクライン展の投稿に私をタグ付けしてくれたんです」とシルバーマンは振り返る。「なんだか不気味な作品だなと思いましたね」

シルバーマンはクラインのインスタグラムとウェブサイトを隅々まで見て、自分と同じミシガン出身であることを知る。そこでクラインにDMを送って作品への興味を伝え、ミシガンに里帰りした時に会う時間を作った。「一緒に仕事が出来ることに、とてもワクワクしている自分がいたんです」とシルバーマンは話す。

「The Comfort in Calamity」展の準備中、クラインはニコディムでの展覧会「YOU ME ME YOU(あなた、私、私、あなた)」の準備も同時進行で進めていた。そのため、シルバーマンは、クラインが手を広げすぎてしまったのではないかと心配したという。

「私が大丈夫かと聞いたら、心配しないで。まったく別の2つの展覧会を考えているから、と答えが返ってきたんです」とシルバーマンは言う。「まだ若いのに、作品の幅は広いし、数もある。感心させられますね」

ジェシカ・シルバーマンに展示されている作品には、クラインが古いシアーズ社のカタログで見た写真をもとにカーテンを描き、鮮やかな赤で縁取りしたシリーズがある。カーテンとその向こうに見える景色はクラインらしいものだが、これまでよりも夢想的なところが薄れ、どちらかというと現代的な空気感が漂う。

「私は力のようなもの、力を感じる瞬間や無力感を感じる瞬間、それが変化する瞬間にとても興味があるんです」とクラインは言う。「今は、より少ない要素でより多くのことを語ることに注力しています。1つのことだけ表現すればいいのか、カーテンの絵は以前の作品と同じだけの力を持てばそれでいいのかと自問自答しながら」

クラインが、キャリアの転機にあるのは明らかだ。ミシガンの新しいスタジオに引っ越し、新しいシリーズに意欲的に取り組んでいるところだが、さらにステップアップが求められるかもしれない。シルバーマンは、クラインのようなアーティストにMFA(美術学修士号)は必要ではないものの、コレクターとの距離を縮めることを考えれば、大都市への移住は避けられない選択かもしれないと指摘した。

いずれにしても、クラインに不安はない。今は、大きな絵が描けること、そして発送の心配をしなくてすむようになった状況を、ただ楽しんでいる。(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年9月20日に掲載されました。元記事はこちら

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