ロシアのウクライナ侵攻激化のなか、不確実な未来に向けて行動する芸術家たち
ロシアのウクライナ攻撃が激化し、首都キーウが包囲されるなか、ウクライナ国内外のアーティストは先行き不透明な状況に置かれている。
ウクライナ情勢は、4月に開幕する世界最大の美術展ヴェネチア・ビエンナーレへの参加に支障をきたす可能性がある。ウクライナ館の主催者は先週、パブロ・マコフの作品に焦点を当てる予定だった展示の準備を中断せざるを得なくなったと発表。マコフと、3人のキュレーター、リザベタ・ジャーマン、マイラ・ランコ、ボリス・フィロネンコは2月24日、「今まさに差し迫った危険があるわけではないが、状況は刻一刻と変化している。命が脅かされているこの状況下で、パビリオンの準備を進めることはできない」とツイッターで発信した。
Artnet Newsによると、パブロ・マコフは家族とともに、ウクライナ第二の都市ハリコフで避難しており(本記事公開後の27日、ハリコフへ侵攻したロシア軍をウクライナ軍が撃退したと報じられた)、3人のキュレーターは首都に留まっているという。残りのキュレーターチームは、自宅があるウクライナ西部の都市リヴィウに残っている。
「第59回ヴェネチア・ビエンナーレにウクライナ代表として参加することは決定しているが、全てが私たち次第というわけではない」と、ツイッターでの発信は続いた。「私たちのプロジェクトが完遂するかはまだわからない。しかし、この5カ月間にパブロ・マコフと私たちビッグチームが、来たるビエンナーレのために制作してきた独創的な作品を死守する。国際的な現代アートシーンにおいて、ウクライナ代表にふさわしく、あらゆる手段を尽くすことを約束する」
ヴェネチア・ビエンナーレは、ビエンナーレを「芸術と文化のもとに全ての民族が出会う場」と表現し、「ロシアのウクライナ侵攻によって苦しむ全ての人々の側に立つ」と支援の声明を発表。さらにこう続けている。「我々は平和を呼びかけ、あらゆる戦争と暴力を断固拒否する。ビエンナーレが、全ての国・言語・民族・宗教の機関やアーティスト、市民との対話の場であり続けることを宣言する。我々は、可能な限り最短で国際外交が、共有しうる平和的解決の力を発揮することを望んでいる」
ウクライナのキュレーター陣は、マコフの1995年の作品《The Fountain of Exhaustion(疲弊の泉)》の最新版を展示することを計画していた。78個のブロンズの漏斗(ろうと)からなる3メートル四方の壁面インスタレーションだ。この作品は2週間後にヴェネチアに送られる予定だったが、ウクライナ東部国境での緊張が高まりロシアが陸空攻撃を開始したため、計画は中止に。その後、ウクライナ発着の全フライトが欠航となった。
「私たちは、国際的な芸術コミュニティに対し、ロシアのウクライナ侵略を阻止するためにあらゆる力を行使することを求める」と、ウクライナ館チームは発言している。
ウクライナ国内外のアーティストが支援を呼びかけ
ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、世界の各都市で反戦デモが勃発した。モスクワのデモは、ロシア軍や警察から迅速かつ残虐な弾圧を受け、多くの逮捕者を出した。こうした暴力にもかかわらず、ロシアの著名な芸術家たちはこの侵略を断罪している。ロシアの反政府活動家プッシー・ライオット(Pussy Riot)の創設メンバーで、プーチン政権を露骨に批判しているナジェージダ・トロコンニコワは、クラウドソースで意思決定を行う暗号資産コミュニティ「分散型自治組織(DAO)」を立ち上げ、避難民や危機にさらされているウクライナの人々を支援する組織のための資金調達を行った。
「2014年にプーチンがクリミアを併合したとき、クレムリン(ロシア政府のこと)に対する制裁は十分に強固なものではなかった。そしてプーチンはナワリヌイ(ロシアの活動家アレクセイ・ナワリヌイ)を投獄し、プッシー・ライオットを含めロシアの活動家の生活を地獄に堕とした。あのとき、私たちの多くは家を捨てて逃げるほかなかった。そして今度はヨーロッパで戦争を始めたのだ。いつになったら満足するのか」と、プッシー・ライオットはツイッターに投稿している。
2007年のヴェネチア・ビエンナーレにロシア代表として参加したアーティスト集団、AES+F(タチアナ・アルザマソヴァ、レフ・エブゾビッチ、エフゲニー・スヴャツキー、ウラジミール・フリドケス)、は、インスタグラムで黒い四角をシェア。2020年のブラック・ライブズ・マター(BLM)の抗議デモで拡散された、連帯と抗議を象徴するジェスチャーだ。ロシア政府は、反戦デモへの参加者に「法的な措置」を与えると警告した。
セルビア人アーティストのマリーナ・アブラモヴィッチは、インスタグラムでウクライナ支援を表明した。「昨年、私はウクライナで仕事をして、現地の人々と知り合いました。彼らは誇り高く、強く、そして威厳があります。この信じがたいことが起きた今、私は彼らと全面的に連帯します。ウクライナへの攻撃は、我々全員への攻撃であり、人類への攻撃です。それを止めなければなりません」
ドイツのニュースメディアDeutsche Welle(ドイチェ・ヴェレ)は、戦争勃発の前日、複数のウクライナの人物に取材を行った。彼らの多くが、欧米のアーティストにロシアに対抗するよう求めている。
小説家のアンドレイ・クルコフは、「残念ながら、作家や芸術家として私たちは、第一次世界大戦や第二次世界大戦中の先人たちよりも、現在の状況に対する影響力が弱い」と語っている。「しかし、だからと言って沈黙しているわけにはいかない。私には、世界各国の有力なアーティストの明確な姿勢が見えてこないのだが。フランスやドイツ、アメリカのアーティストの声はどこにいったのか? 政府が動くかどうかは、アーティストの力にかかっている」
Art Newspaper紙の一連のインタビューで、ロシアの文化人はこう嘆いている。ウクライナ侵攻によってロシアの現代アートシーンがヨーロッパのそれから孤立するのは必然だ、と。ロシアのアート集団Chto Delatのメンバーであるドミトリー・ヴィレンスキーは、「ロシア政府は、戦争に抗議する全ての手段をうまく抑圧してきた」と述べた。
ヴィレンスキーは「現在起こっていることに抗議するのは、今やほぼ不可能」だという。「ロシアの現代アート界にいる多くの人々は、ロシアの政治文化における反動を支持していないし、ウクライナにおけるいかなる軍事(行動)や植民地主義に対しても不支持であることは確かだ。しかし、公共性が厳しく管理されているため、ソーシャルメディアへの投稿は別として、反対意見を公に表明することは困難である」
美術館とアーティストが動き出す
ウクライナでは、抗議の意味を込めて新作を発表するアーティストもいる。ウクライナ系ロシア人コンセプチュアル・アーティストのアルヨシャは、キーウにある「第二次世界大戦のウクライナ国立歴史博物館」に建つ「祖国記念碑」の前で抗議を行った。女性をかたどったこの巨大な彫刻は、ウクライナに残る数少ないソビエト共産主義のシンボルの一つだ(ウクライナは2015年、公共スペースに同様の像の多くを展示することを非合法化)。片手に剣を掲げ、もう片方の手にはハンマーと鎌が浮き彫りになった盾を持っている。
アルヨシャは、プラスチック、アクリル、ガラス繊維で作られた二つのピンク色の彫刻を手に、裸で立ち抗議した。この二つの形は、彼の作品の核となる「バイオシム」という考えを表す。バイオシムとは「非生物への生命の延長」、つまり「新しい生命形態の構築」であるとアルヨシャは定義している。
さらに、アルヨシャは声明で「すべての紛争は正当化されることのない犯罪であり、あらゆる生命に暴力と苦痛を与える」と述べ、また「どんな人間のイデオロギーも暴力的である」とも発言した。
外国人の間でも、ロシアの美術館から作品や展覧会を引き揚げるなどその行動に拍車がかかる。例えば、オランダ人アーティストのコンスタント・ダラートは、モスクワの国立トレチャコフ美術館からウクライナの国旗をモチーフにした作品を撤収。また、アイスランドを代表するアーティストのラグナル・キャルタンソンは、モスクワの美術館GES-2での展覧会を早々に打ち切った。
一方、国際美術館会議(CIMAM)の美術館監視委員会は独自の共同声明を発出。「現ロシア政権の軍事力によるウクライナ侵攻を徹底的に非難し、ウクライナの全ての人々と連帯する。この恐ろしい事態下で、ウクライナ国内にいるCIMAMの仲間の安全を深く案じている」と表明している。
ウクライナを支援するオンライン情報源
ウクライナ侵攻が激化するにつれ、10万人以上のウクライナ人が避難を余儀なくされる人道的危機が発生している。戦争で被害を受けた人々を支援するためのネット上の情報源を提供する非営利団体や、ウクライナへの支援方法を発信する芸術機関もある。一例として、アムステルダム市立美術館はインスタグラムで、寄付を受け付けている団体のリストを公開した。
また、プロパガンダや誤情報による事態悪化を招く戦中では、芸術機関同士の連帯の重要性を強調する文化分野の専門家もいる。ミステツキーアーセナル国立芸術文化博物館複合施設(キーウ)の事務局長、オレシア・オストロフスカ=リュータはArtnet Newsに寄稿し、ロシアの行動がもたらす世界的影響に警鐘を鳴らす。「この戦争が、人類が築いてきた文明、自由な思想、民主主義の価値、そして真実に対する戦争であることを、全ての人に思い起こしてもらいたい」
さらにオストロフスカ=リュータは、歴史を記録することにおいて、芸術機関の責務を次のように述べている。「あなたが参加するアートや文学のイベントにおける公の場で、現在進行中のロシアの対ウクライナ戦争について情報を話し、この侵略について触れてください。展覧会で、この事態について取り上げてください」(翻訳:編集部)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年2月25日に掲載されました。元記事はこちら。