杉原玲那 Reina Sugihara

  • 30 ARTISTS U35
  • 2022
  • 《Mum, cat, rib》(2021)
  • 《Mum, cat, rib》(2021)
  • 《Globe》(2021)
  • 《Mum, cat, rib》(2021)
  • 《Desert》(2021)
  • 《Globe》(2021)

杉原玲那は、主に油絵を制作してきた。独特なのは、制作過程での作品との距離の取り方だ。「描くことと放置することを繰り返しながら絵を完成させ、また同時進行で複数の絵を描く癖がある」「小さい立体を作ったり、気になったオブジェクトを集めたりすることも好きで、これらは絵画作品の軸として機能することも多い」などと語る。2021年の個展「No cinders remain in ashes, but」で発表した絵の軸は喉(のど)仏だ。まず喉仏を模した小さな銀彫刻を制作し、その彫刻に関連した記憶や感情を、繰り返し絵にした。その上で、最終的に「自分から離れていった絵画」を選んで展示したという。17年には美術家の大谷透とアーティスト集団「im labor」を結成。ウェブサイトでの作家インタビューやレビュー記事の配信、東上野のプロジェクト空間「2×2×2」の運営などを通じ、アーティストと社会の接点を作る。

杉原玲那
Reina Sugihara

1988年東京都⽣まれ。2018年英国・ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了。主な展覧会に、21年「No cinders remain in ashes, but」(LAVENDER OPENER CHAIR)、「Under auspices of n/a/s/l」(AGUIRRE)、18年「FAKERS」(Thames-Side Gallery)。
作家所属ギャラリーウェブサイト

「絵が自分から離れて『他者』のような存在になる。その瞬間が、私にとって重要なこと」

杉原玲那のペインティングは、個人的に興味のあるオブジェから絵画を展開したり、自身で彫刻をつくることから創作を始めたりと、制作プロセスに独自性がある。「頭の中で最終的なイメージを決めて、一気に描き上げることはありません。こうした行為を経て絵が生まれるプロセスに関心があります」と本人は言う。幼少期の美術体験から、制作の背景にあるものまで話を聞いた。

絵本感覚で夢中になった画集

──アートに興味を持ったきっかけ、影響を受けたものを教えてください。

「幼少期から家でよく画集を見てました。絵本は何度も読むと飽きてしまうところがありますが、画集に関しては繰り返し見た記憶があります。特にオディロン・ルドンの画集が好きでした。
小学生の頃から油絵教室に通ってはいましたが、美術というものを明確に意識したのは、小学校の高学年の時だったと思います。抽象表現主義の本を見て『なんだ、これは!』と。
 
一番、美術に没頭していたのは高校時代。イギリスの全寮制の高校に進学したのですが、当初は英語が上手に喋れず、しかも相部屋だったので、毎日、24時間、わからない言葉が飛び交うなかで学生生活を送っていました。その時、ひたすらやっていたのが、絵を描いたり、物をつくったりすることでした。自分だけの時間や空間を確保する、ある種、防御本能的な行為でもあったと思います。自分を守るための手段として、美術が存在していた時期でもありました。

杉原玲那個展「Frame」(2022年・MISAKO&ROSEN)展示風景。 Courtesy of the artist and MISAKO & ROSEN Photo: KEI OKANO

現代美術に初めて触れたのもこの頃です。遠足で、5年に1度開催されている現代アート展『ブリティッシュ・アート・ショー』に行き、『これは、ヤバいな』と衝撃を受けました。この展覧会だったかほかのだったかは、記憶が定かではありませんが、当時見た、彫刻家のレベッカ・ウォーレンの、木箱に粘土がゴミのようにポンと入っているだけの作品や、サラ・ルーカスの彫刻、マイク・ネルソンのインスタレーションを見て、カッコイイなと」

消去と加筆を繰り返し、絵を他者にする

──杉原さんがつくられているのは、主に絵画作品です。ただ、方法論が特徴的で、まず、ご自身で集めたオブジェを観察したり、あるいは彫刻をつくったりして、そこから絵画へと展開していくこともあると聞きました。また、いくつもの絵を同時に描き、しばらく放置しながら完成させることもあるとか。そのようなプロセスで作品を制作するようになったきっかけがあれば、教えてください。

「自分の身体の内側にあるもの、内臓や骨などを実際に見たことがないのが怖くてしかたがない時期がありました。自分を構成するものを理解してないことに、恐怖を覚えたというか。そこで小さい人体模型を買って、ドローイングをしてみたんです。模型の身体をパカっと開けて内側を見たり、脳だけを取り出してテーブルの上に置いたりしながら。ただ、そうやってドローイングしても全然理解できるわけはなく、むしろ『なんだこれは?』とイライラしてきて(笑)。そこから描いたものを消したり、加筆したりを繰り返していたら、最終的にぐちゃぐちゃで真っ暗な絵が出来上がったんです。ですが、その絵は、私にとって一番説得力があって、しっくりくるものがありました。この経験が、今の制作方法、自分の興味や関心との向き合い方につながっていったところがあります。

杉原玲那個展「Frame」(2022年・MISAKO&ROSEN)展示風景。 Courtesy of the artist and MISAKO & ROSEN Photo: KEI OKANO

私の場合、一枚の絵を一気に仕上げるということはあまりなく、何枚もの絵を同時に描き、ときに放置したり、また消したり、加筆したりを繰り返して作品が出来上がることがほとんどです。複数枚を同時に描くのは、私の癖というか、性格に合ったやり方だとも思いますが、その時間や過程のなかに、絵が自分から離れていくというか、『他者』のような存在になる瞬間がある。はじめて自分が描いていたものを、外から『見る』ことができるのもその時です。その瞬間が、私にとっては重要なことで、展示などで大切な作品を選ぶ時は、そうやって自分から離れていった絵を選ぶことが多いです」

──2021年、LAVENDER OPENER CHAIRで開いた、日本での本格的な個展「No cinders remain in ashes, but」では、喉仏の銀彫刻を作り、それをモチーフにした絵画を一緒に展示されていました。身体への関心が根本にあるようにも思えたのですが、実際のところをお聞かせください。
「全ての作品において、必ずしも身体に関わるものがテーマになっているわけではありません。これまでも現在も、オブジェを軸に絵を描くことが多いですが、そのオブジェも、例えば、骨董店などで琴線に触れたものなど、自分にとって個人的な記憶や感情を喚起させるものを選んだり作ったりする傾向があります。ただ、絵を描いていく上では、なるべく、手で掴めるくらいの大きさのオブジェがいいなと思うこともあります。オブジェを触りながら絵を描くこともあるので」
 
──ただ目に見えるイメージだけではなく、触った時に手から喚起される記憶や情報なども混ぜ込むようにして、絵が生まれていくということでしょうか?
「そこまで意識的ではなく、子どもの頃に洋服のポケットに手を入れ、何かをいじっていたりする感じに近くて落ち着くというか、オブジェを持ちながら考えているという状態が大事なのかもしれません」


絵が描かれていく過程そのものに関心がある

──例えば、表現について語られる時によく形容されがちな「作品に感情を注ぐ」「感情を爆発させる」といったようなこととは、また違った向き合い方ですね?

「たとえば、感情はすごく大切なもの。ですが、そのまま表に出してしまうと、誤認識されたり、本質的な部分が失われて伝わったりすることのほうが多いと私は思うんです。また感情は、その瞬間に出るもので、上手く制御できない。それに持続性を期待できない。そうしたものを、一連の制作過程を経ながら、私個人から切り離し、自分にとってロジカルな方法で捉え直すということをやっているのかもしれません。

「感情を爆発させる」ことは大切です。けれど、感情の赴くまま瞬間的に描いた自分の絵を眺めても、しっくりとこないし、それが本質なのか不安になるんです。私が本来感じていたものとは、違うものになってしまうと」

杉原玲那個展「Frame」(2022年・MISAKO&ROSEN)展示風景。 Courtesy of the artist and MISAKO & ROSEN Photo: KEI OKANO

──今年、6月にMISAKO&ROSENで開いた個展「Frame」で発表された作品について、新しく試みたことなどがあれば教えてください。

「新しく試みたことはあまりなく、軸となったオブジェが変わったことでしょうか。この展示では、壁面の絵画とともに、床に黄色い卵型のオブジェを置いていました。これは、偽物の大理石みたいなものでできた球で、もともと私が手にした時は、少し表面が欠けていました。とにかく凹凸がなくなるように丸くしていこうと削っていくうちに、綺麗な卵型になったんですね。発表した絵画は、これまでと同じように、その形態に対して個人的な視点やそのオブジェから喚起されるものをリサーチしたことを重ねて描いたもの。オブジェが中核になって複数の絵画がある(あるいは、オブジェが複数の絵画をつなぐバインダーのような役割を持つ)という点では、これまでと同じですし、最終的にどういうイメージになるかよりもどういう過程で作り、何故このイメージに定着したのかが重要だということは、一貫して変わらないことです」

──最後に、今、関心があることと、今後の展開について考えていることを教えてください。

「今、関心があるのはプレコ。水槽に付着するコケを食べ、綺麗にしてくれる、ナマズ科の観賞魚です。以前、ネオンテトラなどと一緒に飼っていたのですが、他の熱帯魚が死んでしまったあとも、プレコだけがずっと生きていたんです。ペットショップで買った時に、大きくなっても全長15センチくらいと言われたのですが、幅60センチほどの水槽がパンパンになるぐらいまで成長して。どんどん大きくなって、苔だらけの水槽でじっとしてるプレコが怖かった。『あいつ、何だったんだろう』『なんであんなに怖かったんだろう』と。現在、つくっているシリーズは、そうしたプレコの彫刻が出発点になっているので、余計にプレコや当時の体験について考えたりしています」

<共通の質問>
好きな食べ物は?
「そば」

影響を受けた本は?
「矢沢あいの『ご近所物語』(集英社)でアトリエの図面が描かれてるページがあったんですが、すごくドキドキしました。あとは制作の休憩中に、江戸川乱歩の短編集やいろいろな宗教の聖典や経典など、最近はよく読んでいます」

行ってみたい国は?
「特になし」

好きな色は?
「緑」

(聞き手・文:松本雅延)

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