西條茜 Akane Saijo

  • 30 ARTISTS U35
  • 2022
  • 《甘い共鳴-Sweet resonance-》(2021) Photo: Masahito Yamamoto
  • 《コキイユ-Coquille-》(2019) Photo: Takeru Koroda
  • 《嘘のゆくえ-Whereabouts of lies-》(2021) Photo: Takeru Koroda
  • 《甘い共鳴-Sweet resonance-》(2021)
    Photo: Masahito Yamamoto
  • 《コキイユ-Coquille-》(2019)
    Photo: Takeru Koroda
  • 《嘘のゆくえ-Whereabouts of lies-》(2021)
    Photo: Takeru Koroda

西條茜は、陶芸と現代美術の二つの領域を繋ぐような作品で知られる。創作の基盤にあるのは「虚構」という概念だ。多彩な釉薬(ゆうやく)で表面を装飾する一方で、陶磁器内部は焼成のために空洞でなければいけないという陶芸作品のあり方に、テーマパークの張りぼてのような虚構性を見いだす。国内外に点在する窯元を訪ね、土地の文化や史実と作家個人の体験や記憶を重ねることで作り上げた虚実曖昧な物語を、陶造形へと転換させている。また《コキイユ》(2019)をきっかけに、作品内部の空洞へ息を吹き込み音を発生させる作品や、自身の身体をなぞった有機的な形状の作品を展開する。2020年からは、声や息を用いたサウンドアーティストのバロンタン・ガブリエとユニット「TŌBOE」を組み、身体的なアプローチを深めながらパフォーマンスにも挑んでいる。

西條茜
Akane Saijo

1989年兵庫県生まれ。2014年京都市立芸術大学大学院美術研究科工芸専攻陶磁器分野修了。20年度京都市芸術文化特別奨励者認定者。主な展覧会に、21年「胎内茶会」(京都市営地下鉄醍醐車庫)、「石塚源太+西條茜by ARTCOURT Gallery」(CADAN有楽町)、19年「越境する工芸」(金沢21世紀美術館)、「タブーの室礼」(ワコールスタディホール京都)。
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「どうしたらより陶磁器と身体が交わっていくのか、掘り下げて考えていきたい」

陶磁器の独自の構造に想像力を傾け、また世界各地の陶磁器の歴史や逸話をリサーチしながら、従来の陶芸の枠に収まらない創作活動を展開する西條茜。焼き物への関心の広がりから、これからのビジョンまで話を聞いた。

──まず、陶磁器に関心を持ったきっかけを教えてください。

「ひとつは手で素材に直に触れて作ることに魅力を感じたこと。もうひとつ、私は京都市立芸術大学の陶磁器専攻の出身なのですが、かつて『走泥社(*1)』の八木一夫や鈴木治がここで教鞭を執っていたこともあり、いわゆる器物だけでなく、現代陶芸、特に陶彫をつくる人が多くいました。私が陶磁器専攻を選んだのも、そういった先生や先輩の作品に魅力を感じたことが理由のひとつです。


*1 第二次世界戦後、京都の若手作家により結成された前衛陶芸集団。1998年に解散するまで活動が続いた。

ただ大学で陶芸と向き合っていくと、焼き物特有の表面と構造に疑問が湧いてきて。表面は、焼き方や釉薬の調合によって、みずみずしい感じ、鉄が朽ちたような感じ、また石が乾いた感じなど、さまざまな質感や表情が出せる。それに対して、内側というと、爆発を防ぐために空洞にしなければいけないんです。どんなに表現性が豊かな表面であっても、その内側には空虚な空間が包み隠されている。良い意味でも悪い意味でも、陶磁器というものが、どこか虚構の造形のように思えてきたんです。その表面と空洞のギャップへの関心が私の創作のベースにあるもののひとつです。大学院のときには、焼き物の躯体となる粘土を使わず、釉薬の外皮、つまり陶芸の表面だけで造形を自立させられないかと考えて作品制作もしました。それは、いま、『Dry-wet line』と呼んでいるシリーズです。また、空虚な内側の空間を利用した作品、楽器のように陶器に息を吹き込む作品シリーズも制作してきました」


《Dry-wet line #1》 Photo: Takeru Kuroda

──世界各地のレジデンシーに参加し、現地の焼き物にまつわる逸話や歴史をリサーチしながら制作していることも、西條さんの創作の特徴だと思います。2019年、京都のワコールスタディホールで開いた個展「タブーの室礼-Grace of Taboo-」では、ヨーロッパでの滞在制作を経て、ルネサンス期の陶工ベルナール・パリッシーの「人工洞窟」に関する逸話に着想を得た作品を発表していますが、その着想源とは具体的にどういったものですか?

「ベルナール・パリッシー(1510年頃-1590)は、16世紀、フランス王室お抱えの作家でもありました。その中で私が関心を持ったのが、今はパリのテュイレリー公園になっている、テュイレリー宮殿の地下に制作したと言われている陶製の人工洞窟。当時、王室や貴族のあいだでは、洞窟をつくり、そこでパーティをするようなことが流行していたそうです。

実際のパリッシーの洞窟は壊され、現存していませんが、博物館などにピースが残っています。彼の焼き物は虫類や魚などのモチーフがひっついていてユニークだけど、どこかグロテスク。洞窟自体もすごく怪しげで、そのピースも独特の湿度のようなものがこちらに伝わってくるんですね。また当時、フランスの王族の多くがカトリックを信仰していたなか、彼はプロテスタントでした(*2)。パリッシーについてリサーチするうちに私が思ったのは、彼の異様な作品は、そういった個人の領域、パリッシーの信念や心のうちを投影したものではないかということ。実際の私の作品は、彼個人の内なるものをイメージし、再解釈拡大解釈してつくっています。

また先ほど少しふれた、陶磁器の空洞を利用した作品シリーズを具体的につくり始めたのも、このとき。一説によると、焼き物でできたパリッシーの人工洞窟は、風が吹くと音がなるという仕掛けもほどこされていたようで、そこから内なる声、叫びを作品にできないかと、造形に反映させています」


*2 アンリ2世の王妃カトリーヌ・ド・メディシスらの庇護を受けて王宮に支えつつもパリッシーは生涯、プロテスタントであった。1589年、メディシスが亡くなった際、パリッシーはカトリックへの改宗を拒んだため、バスティーユ牢獄に投獄され、獄死した。


個展「タブーの室礼」から


陶磁器の「なか」、身体の「なか」への想像力

──空洞を利用した楽器のような作品は、実際に息を吹き込むパフォーマンスとしても展開されています。

「息を吹き込む作品は、パリッシーの人工洞窟の風の音も着想源ですが、私の父は医療関係の職業に就いていて、小さい時、内視鏡の映像を見ながら仕事をしている姿を見て育ったことも影響しています。大人になったいまでは当たり前ですが、そのとき、身体というものには『なか』があるんだと思ったんです。大学で焼き物をやっているうちにも、その小さい時に見た体のなかの映像が記憶としてよみがえってきて、焼き物の空洞を身体的に捉えるようになっていきました。実際に、焼き物に口をつけて吹き込むというパフォーマンスは、外からは直接見ることができない身体のなか、器のなか──そこに別の方法で接続できないかという考えが起点にありました。そもそも湯飲みを両手で包みこみ、素地の質感を掌や唇で感じるように、陶磁器は日本人の私たちにとって身体性の強い素材といえます。私の作品は器物ではないですが、同じように唇をつけて息を吹き込み音を出すことで身体と物質の境界線が曖昧になって身体や臓器が拡張していく、そんなパフォーマンスひいては儀式的空間を作りたいと思っています」

──パフォーマンスに関しては、パロンタン・ガブリエさんと「TŌBOE」というユニットを組んで、展開されていました。そこで何か新しい気づきはありましたか?

「ガブリエさんは息あるいは声を使い、パフォーマンスをするサウンドアーティスト。私の展覧会を見にきてくれて、お互いの得意なことを重ねたら、もっといいものができるのではないかとコラボレーションするようになりました。客観的な視点も得られたと思います。パフォーマーが息を吹き込む姿、物と繋がろうとしている姿から、人と人の繋がり、人と社会の繋がりなどに考えを膨らませたり。ただ、ガブリエさんがフランスに帰国してしまったので、またそのうち再開し、フランスなどでもやれればいいなと思っています」


パロンタン・ガブリエさんとのパフォーマンス風景

──今年、佐賀県・有田町のレジデンシーに参加し、滞在制作を行ったと聞きました。どのような作品を制作されたのでしょうか?

「有田での滞在制作は、『Creative Residenry Arita』のプログラム。有田とオランダの国交400周年を機に、オランダのアーティストやデザイナーを有田に呼び、滞在制作してもらうという事業が2016年から実施されてきました。ただ、コロナ禍だった今年は日本人も対象になり、私も参加できることになりました。

17世紀から18世紀の初めにかけて、当時の佐賀藩は、東インド会社を通じてヨーロッパで貴重だった磁器を輸出して発展し、また、それによって西洋の新しい技術が比較的早く入ってきたとも言われています。江戸末期に天然痘が流行った時も、日本ではじめて民間にワクチンを導入したのが佐賀藩だったそう。有田焼を起点にした外との繋がりが、かたちを変えて、人の命や生活を守ったことが、面白いなと思いました。

実際に私がつくったのは、有田の地で精製された土を使った磁器で、人間の脈をモチーフにした作品です。有田焼は赤い線と、呉須(ごす)という青い線の絵付けが特徴。赤で動脈を、青で静脈を描き、焼き物が大切な脈にもなってきた街──有田のイメージを表現しています。実は、その続きも構想していて、来年は、有田の姉妹都市で、焼き物で知られるドイツ・マイセンを訪れ、リサーチを広げながら、作品を完成させようと計画しています」

世界を知る方法としての陶磁器

──いま、とくに関心があることと、今後の予定を教えてください。

「ひとつは、パフォーマンス。いまは、焼き物があって、そこに身体をあずけているという感覚があるので、どうしたらより陶磁器と身体が交わっていくのか、もっと掘り下げて考えていきたい。今後の予定については、11月に大阪のアートコートギャラリーで個展を開催することになっています。そこでは、息を吹き込む作品を見せる予定です。また、来年はマイセンでの滞在制作と、成果発表としてベルリンで展覧会を行なう予定です」

──西條さんの創作は、陶器というものを通じて、いろいろな土地の歴史、地理、文化などを知るという行為だとも言えそうです。

「焼き物は、人間の生活に根付いた最も古い技術のひとつ。世界のほとんどの国に存在し、その土地にまつわるさまざまな逸話があります。それをリサーチしていくことは、個人的にもとても楽しいことです。また、焼き物は、ここの技術が、別の場所に伝わって、と実は繋がっていたりもします。ひとつの土地とその焼き物をリサーチしていくと、別の場所に広がり、繋がっていく──そうやってまた新しいものが見えてきたりします。さらにいえば、陶磁器が献上品として、政治や経済を動かしていた時代や、特定の思想に利用された時代もある。たとえば、戦国時代に、ひとつの茶器が一国の価値に相当すると言われたように。まだ、陶磁器に関しては、行ってみたい場所がたくさんあります。こうしたことをライフワークにして、最終的には大きい展覧会をやりたいですね」

<共通の質問>
好きな食べ物は?
「魚卵。見た目も味も、食感も好きです」

影響を受けた本は?
「柳田國男の『遠野物語』。私自身、土地の物語をリサーチすることに興味を持ったのは、この本がきっかけのひとつ」

行ってみたい国は?
3年前に渡航予定だったロシアです。コロナや戦争が起こったこともあり、いまだに行けていません。ロシアでは、ソ連時代に『プロパガンダ磁器』という共産主義的モチーフやスローガンを絵付けした磁器がつくられ、人々は食卓で用いたり飾ったりすることで生活に浸透していったそうで、そのリサーチで渡露する予定でした。政治や戦争と工芸品の関係性は歴史的に見ても深いです。

平和だからこそ自分の活動があると実感し、平和だからこそ芸術も発展して行くのだと実感した数年でした

好きな色は?
「気分で変わります」

座右の銘は?
「『恐れを楽しむ』。基本、臆病なところもあるので。恐怖を感じるときこそ、その状況を全力で楽しむようにしています。そして恐れが人生を楽しくしてくれる気もしています」

アート活動を続けるうえで一番大事にしていることは?
「自分の欲望、直感を忘れないこと。日々自分に入ってくるさまざまな情報に対して、私はどちらかというと迷ってしまうタイプ。そうなったときは、いつも自分の素直な欲望、直感したことに立ち返ろうと思っています」

(聞き手・文:松本雅延)

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