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ファニーな巨大彫刻がマンハッタンに突如出現! 「ストリートアートは月面着陸のようなもの」

6月のある晩、とぼけた丸顔の黄色い巨大彫刻が突如マンハッタンに現れた。作者は23歳の多彩なアーティスト、ダニー・コール。彼のゲリラ的アートの意図を取材した。

ダニー・コール《The Creature》(2023) Photo: Courtesy Danny Cole

高級マンションのバルコニーにクレーンで設置

カメラは揺れ、険しい顔の警官たちが集まっている。

「この時点で不法侵入していることは分かっているだろう?」

ニューヨーク市警の警官が問いかける様子が映っているのは、ダニー・コールが撮った映像だ。US版ARTnewsが入手したこの動画の中で、コールはクレーンオペレーターを含むアート設営チームとともに、マンハッタンのハイライン(*1)を見下ろす高級アパートメントのバルコニーに、自分の彫刻を急いで設置している。どうやらゲリラ的な行為のようだ。


*1 マンハッタンの高架跡地を再開発した空中庭園。ホイットニー美術館のあるミートパッキング・ディストリクトから、大規模再開発が行われたハドソンヤードまで続いている。

法律上の理由から、マンションの管理者が設置を許可したかどうかについて話す権限はコールにはない。

「僕に言えるのは、真夜中に仲間と出かけて、クレーンを使ってバルコニーに作品を下ろしたということ。チームの何人かが不法侵入の容疑をかけられたが、最後までやり遂げることができた」

コールはUS版ARTnewsの電話取材にこう答え、「設置後は、新しいメディア『Byline』の創立パーティに行ってDJをした」と続けた。

一方、マンションの管理会社は次のような声明を発表した。

「このアパートメントはアート作品を受け入れており、不動産デベロッパーのジェフリー・レヴィーンは、ここがこの作品の新たな家になる可能性はあると述べています」

シンプルな丸顔のキャラクター「クリーチャー(Creature)」は、コールのトレードマークになっている。彼はわずか16歳で音楽フェスティバル「コーチェラ」のためにクリーチャーが登場するアニメーションを制作。その後も、インターネット起業家のゲイリー・ヴィを後ろ盾にしたNFTアートを成功させ、クリーチャーをマスコットにしたファッションブランドを創設するなど、各方面で活動を展開している。コールのカリスマ的なブランドは、ソーシャルシーンであり、アートであり、彼の人生そのものでもあるのだ。

コールがハイライン近くのバルコニーに設置した彫刻は、もともと春のニューヨーク・ファッション・ウィークで行われた新しいブランド「クリーチャー・ワールド(Creature World)」の発表のために作られたもの。高さ4メートル近くにもなる本作は、その後壊す予定だったが、コールは寿命を延ばしたいと考えた。そこで、発泡体を素材とした彫刻の表面を硬い素材で覆って鋳型を作り、鉄を流し込んでできた重さ1トンの作品に《The Creature》というタイトルをつけた。

《The Creature》を設置するコール(中央左)

ふと立ち止まって笑顔になる瞬間を

《The Creature》はパブリックアートのようでもあるが、知る限りでは委託制作されたわけではない。それをアート作品の寄贈と見るべきか、大胆な自己宣伝と見るべきか、微妙な境界線上にある。美術史を振り返ると、キース・ヘリングからKAWSバンクシーに至るまで、ギャラリーよりも先にストリートで作品を発表し、コミュニティの支持を得て成功したアーティストは少なくない。しかしコールの場合、ストリートアートの役割については特別な思い入れがあるようだ。

それは、数年前にたまたま出会ったグラフィティアーティストとの会話がきっかけだった。あるときウィリアムズバーグ橋の上を歩いていると、グラフィティアーティストたちが吊り橋を支える塔に作品を描こうとよじ登っているのに気づき、話しかけてみた。すると彼らは、グラフィティのことをアートでも破壊行為でもなく、自分の名前を世に知らしめるための方法でもなく、まったく異なる種類の行為として説明した。それにコールは意表を突かれたという。

「グラフィティは月面着陸のような行為だと言うんだ。自分個人の問題ではなく、誰も行けると想像すらしていなかった場所に実際に行った人がいる、という事実が重要なのだと」

実はコール自身も、過去に似たような体験をしていた。2021年にコールは、仲間と一緒にロサンゼルスの空き地で大きな牛の絵を描き、丘の上にあるハリウッド(Hollywood)サインの「O」を覆い隠したことがある。このときは、警官と警察のヘリコプターに追われたのちに逮捕されて刑務所に収監された。しかし、保釈金を払った後、仲間の1人は何よりも先に「次はいつやる?」とコールに尋ねたという。

牛の絵の一件は、宣伝でも政治的主張でもなかった。「暗いニュースが続いていたので、みんなが楽しい気分になれるようなことがやりたかっただけ」とコールは説明している。

コールは《The Creature》を設置した翌日、ハイラインに戻り、人々が作品を見る様子を観察した。

「何百人もの人が立ち止まり、普通なら起こりえない体験をしている表情を見たり、話す声を聞いたりしていた」と、コールは誇らしげに語った。「驚きや喜びをもたらし、ニューヨークで生き抜いていかなくてはならない厳しい現実から逃れ、ふと立ち止まって『何これ!?』と笑える瞬間を生み出すこと。それが僕の狙いだった」(翻訳:清水玲奈)

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