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弾き飛ばされたネズミたちの静かなる抗議運動【アーティストは語る Vol. 3 森栄喜】

いまを生きる日本のアーティストたちの声を届ける連載の第3回は、セクシュアルマイノリティとしての視点から、日常の風景や日本の家族のあり方、法制度など様々な事象を見つめる森栄喜を紹介する。写真の枠に収まらず、現在は映像、サウンドなど様々なメディアで表現する森に、創作の理由を聞いた。

現在、新宿のKEN NAKAHASHIギャラリーで個展開催中の森栄喜。撮影は、森が受賞した第39回木村伊兵衛賞の審査員の一人であった長島有里枝。

被写体との間に起こる「ハプニング」の虜に

──ニューヨークのパーソンズ美術大学にはデザイン科で進学されましたが、その後、写真科へ転科されましたね。

地元が金沢で、親戚が加賀友禅や九谷焼に携わっていて、小さい頃から工芸に親しみを持っていました。その色彩や絵柄への好奇心からデザインに興味を持つようになり、学び始めました。そのうちに、素材として撮影していた写真、特にポートレートの魅力に夢中になっていったんです。

当初から、家族や友人、恋人、クラスメイトなど近しい人のポートレートばかり撮っていました。撮影では、知っているつもりでいた人が初めて見せる表情や眼差しを目の当たりにし、僕自身、カミングアウトした頃だったので、被写体を通して自分自身と出会い直すような感覚もありました。写真そのものというより、被写体と撮影者である僕、あるいは自分自身の間で起きる、その瞬間固有のコントロールできない摩擦のような「ハプニング」の虜になっていたんだと思います。

Photo: Yurie Nagashima

──写真集『tokyo boy alone』(2011年)では同世代の男性、第39回木村伊兵衛写真賞を受賞した『intimacy』(2013年)は恋人を被写体に、なにげない日常の風景をスナップ的に撮っています。日常に目を向けようと思われた背景を教えてください。

当時は、今ほどインスタグラムなどのSNSやユーチューブが社会に浸透していなかったし、日本で同性カップルの日常を記録した表現や出版物を目にする機会もほとんどありませんでした。そういうこともあって、大げさではなく、当時は本当に毎秒毎秒、目に焼き付けるように、ただただ夢中で撮っていました。今だからわかるんですが、その光景って、自分がずっと見たい、心から欲していたものだったんです。友人たちや恋人との日常を記録したい、作品として発表しなくちゃ、という強い思いもありました。でなければ、僕たち自身や、この光景がまるで存在していないものとして、そのまま消えてしまうのではないかという焦りや憤りのようなものもありました。

『intimacy』より

「家族」に飛び込んで気が付いたこと

──2017年に発表された『Family Regained』には、様々な家族の集合写真に森さんが加わるという作品が収録されています。このシリーズが生まれた経緯を教えてください。

『intimacy』を発表後、この先、自分達の前にどういった光景が広がっていくんだろうと漠然と考えていました。『intimacy』発表の前年には東京ディズニーランドで初の同性挙式が行われ話題になり、2015年には東京・渋谷区と世田谷区でパートナーシップ制度が始まりました。でも僕自身は「結婚」とか「家族」という言葉と自分の未来をつなげてうまく思い描けなかったんです。自分には起こり得ないことというか、その可能性すらこれまで想像したことがありませんでした。一方で、この頃には欧米の多くの国で同性婚が法制化され、同性カップルが子どもを持つことも珍しくなくなっており、実際、旅行中にそんな状況を実感する機会がありました。そんな中で、家族をつくる、家族になるってどいうことなのかという問いを胸に、探り探り撮影を始めました。

『Family Regained』より

──実際には、どのように撮影されたんですか?

普段親しくしている家族や、紹介してもらった家族が生活している空間にお邪魔して、セルフタイマーで撮影しました。僕は被写体の家族から借りた普段着をまとって、まるで家族の一員のように写っています。でもよく見ると、子どもの表情が少し引きつっていたりして、当たり前ですがどこかぎこちない。そういうのも全部含めて記録しました。撮影中やその合間の何気ない会話から、誰もが、社会制度上の、あるいは自分達が暮らす地域やコミュニティ、親戚、家族内で求められる役割や肩書きを引き受けたり、演じたり、時にはずらしたり逃げたりしながら、それぞれの家族をやわらかに形作ろうとしているのがすごく伝わってきて。僕自身が、「家族」という言葉や、思い込みの「家族像」というものに、知らないうちに縛られていたんだなということにも気づきました。

──このシリーズは写真がすべて赤く、どこか不穏さも感じられます。

撮影から10年が経とうとしていますが、色から伝わるものも変わり続けていると思います。同性婚を認めないのは「違憲状態」とする判決(*1)や、パートナーシップ制度を導入する自治体の増加など確実に進んでいる面もありますが、骨抜きになってしまったLGBT理解増進法や、政治家や官僚による相次ぐ差別発言、トランスバッシングなど、LGBTQ+の周縁化や排除、差別が強まっている側面もあります。


*1 同性同士の婚姻届が受理されなかった男女9人が国に1人当たり100万円の損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は2022年11月30日、憲法24条2項に違反する状態と判断した。 

「もとは蔑称であった『クィア』という言葉を、当事者たちが逆手に取り、誇張したり主張し続けながら、ポジティブに変換させたように、このシリーズの赤色も、それが内包する不穏さや異質さから解き放っていきたいし、そんなふうに見てもらえるようになればいいなと思っています。

Photo: Yurie Nagashima

1人でも、変えられることがある

──「Family Regained」の後から、映像やサウンドなど、写真以外の作品も制作されるようになりますね。現在開催中の個展「ネズミたちの寝言|We Squeak」では映像、サウンド、平面作品が組み合わされたインスタレーションが展示されています。こちらの作品の意図について教えてください。

ひとりで行う「ベッドルーム・デモ」という仮タイトルのようなものを自分の中で掲げて制作しはじめました。展示空間では、2台のモニターを向かい合わせてフロアに配置し、1台には眠り続ける人の姿を、もう1台には、その人の寝息に合わせて、プログレス・レインボー・フラッグ(*2)の色が切り替わる映像を高速再生して雷のように明滅させています。また、見えないところに設置したスピーカーや天井から吊るしたラジオからは、それらの動画と同期されることなく、口笛によって唱えられているスローガンや、デモについての報道を流しています。


*2 6色のレインボーカラーに加え、白、ピンク、水色のトランスジェンダーカラーと、茶色と黒の人種的マイノリティを表すカラーを加えたもの。LGBTQのインターセクショナルな多様性のシンボルとして用いられる。
「ネズミたちの寝言|We Squeak」展示風景 Photo: 齋藤裕也

──なぜ、1人で行うデモをテーマにしたのでしょうか?

自由、権利、存在の尊重、リソースの分配など、これまで僕たちが闘わずして手に入れてきたものなんてほとんどありません。投票と同じぐらいに、デモやSNSを通した運動は必要ですし、とても重要だと感じます。でも、例えば思想のわずかな相違や、運動の組織化による束縛や分断、商業化への違和感など、様々な理由から思うように参加できない人もいる。僕自身、過度な連帯や結託を要求されているような気がして、そうした運動から距離を取ってしまうことがあります。そんなジレンマや自己嫌悪、鬱憤を受け止めたり、受け流したりしながら、毎日なんとか暮らしている……。でも、次第にそんな日常も立派な運動なんじゃないかと考えるようになりました。弾き出された、または弾き出ることを選んだ、選ぶことしかできなかった、ネズミのように小さな存在である一人ひとりの静かなる抗議運動に、スポットを当てたいと思いました。

──「一人のデモ」は決して孤独なんかじゃない、という印象を受けました。

以前、何気なく流れてきたユーチューブで、勝間和代さんが「海の水は沸かせないけれど、ビーカーの水は沸かせる」というマッキンゼーの名言を引用されていたのがすごく印象に残っています。国や地域、社会と捉えると、とても大きく動かし難い感じがしますが、それを変えられるのは、その構成員である一人ひとりの個人だという当たり前のことに、あらためて気づかされました。それにビーカーの水も微生物にとっては大海ですし、ネズミたちにはお風呂ぐらいになりますよね。ほんのひとすくいの水だとしても、とりあえず自分の喉を、もしかしたら自分と隣の人の喉を潤すことができるかもしれない。展示を見て、そういったことに思いを巡らせてもらえたら嬉しいです。


ネズミたちの寝言|We Squeak
会期:7月28日(金)~ 9月2日(土)
会場:KEN NAKAHASHI(東京都新宿区新宿3-1-32 新宿ビル2号館5F)
時間:11:00 ~ 18:00  日月休み


森栄喜(もりえいき)
1976年石川県生まれ。2001年 パーソンズ美術大学写真学科卒業。写真集『intimacy』で第39回(2013年度)木村伊兵衛賞を受賞。主な展覧会に「高松コンテンポラリー・アート・アニュアル vol.10 ここに境界線はない。/?」(2022年、高松市美術館、香川)、「フェミニズムズ/FEMINISMS」(2022年、金沢21世紀美術館、石川)、「シボレス|破れたカーディガンの穴から海原を覗く」(2020年、KEN NAKAHASHI、東京)、「小さいながらもたしかなこと 日本の新進作家vol.15」(2018年、東京都写真美術館、東京)など。


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