原口典之の代表作「オイルプール」でパフォーマーが事故。直後に発表されたテヘラン美術館館長交代
3月半ば、イラン政府はテヘラン現代美術館(TMoCA)の館長交代を発表した。同美術館では、空中パフォーマンスを行なっていたアーティストが、演技中に誤って重要な展示作品に接触する事故が起きていた。
同美術館の吹き抜けには、日本人アーティストの原口典之による名高い作品、オイルプールのインスタレーション《Matter and Mind(物質と精神)》(1977)が設置されている。約430×640cmの四角い鉄のプールに4500リットルの廃油を満たしたものだ。ところが3月12日、作品の上で空中パフォーマンスを行っていたアーティストが、プールの表面に接触して油を床にぶちまけてしまった。
その2日後、イランのマフムード・サラーリ文化副大臣(芸術分野担当)が、テヘラン現代美術館の新しい館長としてエバドレザ・エスラミ=クライを任命すると発表したが、事故についての言及はなかった。同美術館はインスタグラムに投稿した声明の中で、この件を遺憾に思うと述べ、作品の修復を約束している。
声明には以下のように記されている。「この事故でインスタレーションが破壊されたわけではない。パフォーマーの体の一部が油に接触し、一定量がこぼれてしまったが、その分は補充を予定している。収蔵作品の保存は、美術館の主要な仕事の一つだ。我われは、これまで以上に細心の注意を払い、今後このようなミスが起きないように努める」
テヘラン現代美術館にはコメントを求めているが、これまでのところ返答は得られていない。
《Cat of the Silk Road(シルクロードの猫)》と題されたヤセル・ハサブの空中パフォーマンスは、12世紀のペルシャの詩人、ニザーミー・ギャンジャヴィーを称える展覧会「Panj Ganj(パンジュ・ガンジュ)」のオープニングイベントの一環として行われた。
ハセブが自身のインスタグラム・アカウントに投稿した動画には、事故の様子が映っている。美術館の天井からロープで逆さまに吊るされたハセブは、オイルプールの上に浮かびながら、腕を伸ばしている。そして、プールの縁に立つ協力者がハセブを振り子のように押し出したとたん、彼の上半身が鏡面状の液体に突っ込んでしまった。うめきながらロープで持ち上げられたハセブは、あ然とする観客の前で床に下ろされ、ためらいがちな拍手を受けるまでパフォーマンスを続けようとしていたように見える。
ハセブのインスタグラムには、パフォーマンスアートの自然発生的な要素が保存より重視されるべきだという意見が述べられ、次のように書き込まれている。「芸術作品は、他の作品とつながりを持つことで生まれ変わることができる。2つの作品の相互作用によって、新しい作品が生み出されるのだ」
原口の代表作であるオイルプールの1作目にあたるこの作品は、1977年にドイツのカッセルで開催されたドクメンタ6で初公開され、同年にテヘラン現代美術館に設置された。2020年に亡くなった原口は、テヘランでの作品設置40周年を期に同美術館を訪れ、作品の修復に協力している。その時に彼は、世界各地に設置した20のオイルプールのうち、今も展示されているのは同美術館のものだけと語っていた。(翻訳:野澤朋代)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年3月22日に掲載されました。元記事はこちら。