米大手銀行の「アート担保ローン」が拡大中。作品を売るよりお金を借りる方が得策?
高金利や不安定な世界情勢が重石になり、低迷が続くアート市場。そんな中、市場の一部を構成する金融サービスは、どのような状況にあるのだろうか。美術品を担保としたローンを提供する銀行や専門業者に、業績やコレクターの動向を取材した。
今年6月、経済・テック系のオンラインメディア、Puckでアート分野の記事を担当するマリオン・マネカーが、これまで話題に上らなかったアート市場低迷の影響を指摘して話題になった。マネカーによると、近年富裕層コレクターの間で需要が拡大していた美術品担保ローン(アートレンディング)に、高金利が急ブレーキをかけたというのだ。この美術品担保ローンとは、銀行やアート専門の貸金業者が高額の美術品を担保に融資を行うビジネスのことを指す。
マクロ経済からすれば、この見方は正しいように思える。2010年代からコロナ禍の時期にかけ、金利は過去数十年で最低水準にあり、美術品の価値は着実に上昇した。しかし、かつてないほど安くお金を借りられたこの頃とは打って変わって、ここ3年ほどは金利が上がり続けた。そしてアート市場が完全に勢いを失った今年は、美術品担保ローンのビジネスも失速するだろうとささやかれていた。
ところが、大手銀行や専門業者に話を聞いてみると、美術品担保ローンは減速するどころか活気づいているという答えが返ってきた。アート市場が停滞していることも、かなりの追い風になっているという。
美術品担保ローンを提供している最大手の銀行はバンク・オブ・アメリカだ。マネカーが取材したある関係者は、同行の融資残高が過去18カ月で100億ドル(直近の為替レートで約1兆5400億円、以下同)から80億ドル(約1兆2300億円)に減少したと推測していた。しかし、同行のアートサービス部門責任者、ドリュー・ワトソンはUS版ARTnewsの取材に対し、融資残高はむしろ今年に入ってから10%増加したと述べている。
ワトソンによると、この成長はアート界の長期的なトレンドと関係しており、そちらのほうが金利より重要な要素だという。顕著なのは、コレクターたちが以前にも増して、保有するアート作品を「総合的な資産運用戦略」に組み込むようになってきている点だ。彼は、デロイトとアートタクティック(アート市場を専門とする調査会社)が発表したアート&ファイナンス年次報告書の内容を挙げながらこう続けた。
「それに加えて起きているのが世代交代です。若い人たちは、コレクションやその他の実物資産で利益を上げることに対し、より機動的なスタンスを取る傾向にあります」
2023年11月に発表されたこの報告書の推定によると、美術品担保ローンの市場規模は2022年から11%成長し、292億ドル(約4兆5000億円)から341億ドル(約5兆2500億円)の範囲に達しているという。
現在のアート市場が「堅調」とは言えないことも、コレクターが積極的に融資を受けるようになった要因の1つだとワトソンは付け加えた。
「市況が悪い時に作品を売るより、お金を借りる方が得策だと考えるコレクターもいるのです」
バンク・オブ・アメリカに続く規模で美術品担保ローンを提供しているのがシティバンクとJ.P.モルガンだ。J.P.モルガンからはコメントを得られなかったが、シティバンクのアートファイナンス部門を率いるフォティニ・ザイダスはUS版ARTnewsの取材に応じ、過去10年間で融資件数はほぼ倍増、融資額も拡大していると答えた。
「私たちにとって最大の市場は依然として北米で、全融資先の約70%を占めています。しかし、特にEMEA(ヨーロッパ、中東、アフリカ)とAPAC(アジア太平洋)地域では驚くほどの成長が見られ、過去7〜8年間の年平均成長率は前者が18%、後者は100%を超えています」
とはいえ、一口に「美術品担保ローン」と言っても、実際にはまったく性質が異なる2つのビジネスに分かれているとワトソンは言う。1つはバンク・オブ・アメリカのような大手銀行で、多岐にわたるローン・ポートフォリオを持つこうした金融機関は、プライムレートかそれに近い低金利で融資を提供できる。それに対し、美術品を担保にしたローンに特化した企業は、大手銀行よりもはるかに高い金利を提示せざるを得ない。
ここである疑問が生じる。「低迷するアート市場で所有作品を安く売らずに、別の手段で資産を流動化したい」と考えるコレクターからの需要で、大手銀行の美術品担保ローン事業は業界の推測を上回る成績を上げている。だが、美術品に特化した貸し手も同じように好調なのだろうか?
美術品担保ローン専門業者は市場の動きをどう見ているか
ロンドンを拠点とするファイン・アート・グループは、20年以上にわたって美術品のみを担保に融資を行ってきた。同社のフィリップ・ホフマンCEOによると、現在の融資残高は2億ドル(約310億円)近くで、融資可能な上限は8億ドル(約1230億円)だという。しかし、現在の高金利に加え、同社が利益を得るには4~6%のマージンを上乗せする必要がある。そのため、融資は「現時点では安上りなものではない」とホフマンは認めた。その上で、こう分析する。
「今後3、4年の間に、美術品の価格が今の水準から20〜50%上昇するとすれば、そして、手持ちの美術品を売らずに、今すぐ資金を調達する必要があるならば、それを担保にお金を借りることは理にかなっています。しかし、おそらく今後1年半の間に金利は1〜2%下がるでしょう。今は多くの人が美術品を担保にした借り入れを抑制しているか、まったくしていないと思います」
サザビーズの元最高執行責任者(COO)で、現在は美術品担保ローン専門のインターナショナル・アート・ファイナンス(IAF)でマネージングパートナーを務めるアダム・チンはもう少し強気だ。IAFは2023年の設立以来、1億8000万ドル(約280億円)の融資を行っており、さらに「大きな需要」があるとチンは強調した。実際、同社の融資残高は、年末までに2億ドル(約310億円)近くまで拡大すると見込まれている。
「金利は4年前と比べれば明らかに高くなっています。しかし、アートビジネスは常に資金不足の状態にありますから、現在は専門の貸金業者にとって大きなチャンスです。私たちの主な融資先であるディーラーやギャラリーは、基本的には資本調達の手段がありません。これまで長い間、ディーラーが資金を得るための典型的な方法は、お金のある人に出資してもらうというものでした。しかしその方法だと、出資者に利益の50%を渡さなければなりません」
オークションハウスの金融サービス部門、クリスティーズ・ファイナンシャル・サービスとサザビーズ・ファイナンシャル・サービス(SFS)も、美術品担保ローン分野の一角を占めている。SFSの融資部門グローバル責任者、スコット・ミライセンはUS版ARTnewsの取材に、同社の融資残高は2021年以降、8億ドル(約1230億円)から16億ドル(約2460億円)へ倍増したと回答。この16億ドルという数字については、信用格付け会社のモーニングスターDBRSの調査で裏付けられている。
クリスティーズからは融資事業についてのコメントを得られていないが、同社は100万ドル(約1億5400万円)からの美術品担保ローン提供を公表している。クリスティーズ・ファイナンシャル・サービスをよく知る大手美術品担保ローン企業の社員は、同社の融資事業は「非常に好調」だとし、融資残高は「約5億ドル(約770億円)」と推定している。しかし、別の業界関係者によると、クリスティーズは「市場が崩壊した」2008年以降は融資事業を縮小しており、現在はオークションへの出品作品を確保する手段として融資を行っているという。
ホフマンは、自身が経営するファイン・アート・グループだけでなく、クリスティーズ・ファイナンシャル・サービスとSFSも、現在の融資残高は潜在的な貸出能力の10%程度、言い換えれば、5~8年後に到達するであろうレベルの10%程度にとどまっていると話す。SFSのミライセンはこの点について詳細を明かさなかったが、今後数年の間にいっそうの金利低下が予想されることもあり、融資残高を再び倍増させることができると見ている。彼は、アート市場が回復して価格が再び上昇に転じれば美術品担保ローンビジネスはさらに過熱するとして、こう意気込みを語った。
「市場全体を見る必要があります。デロイトは美術品担保ローン市場の規模を約300億ドル(約4兆6200億円)と推定していますが、そこでいかにシェアを獲得できるかが成功の指標になると思っています。SFSは美術品のみを担保とする1億ドル(約154億円)以上の大型融資を扱い、新たな地平を切り拓きました。これはかつてなかったことです。15億ドル(約2300億円)から30億ドル(約4600億円)へ融資残高を増やすのは十分に達成可能です」
今年4月、SFSは美術品やコレクターズアイテムを担保としたローン債券を証券化し、その販売を開始した。そこから7億ドル(約1080億円)を調達したことで、同社の貸出能力は20億ドル(約3100億円)に達している。
独立系の貸金業者はどんな問題を抱えているのか
ここまで美術品担保ローンに関する景気のいい話を紹介してきたが、誰もが貸出残高の膨張シナリオを信じているわけではない。
SFSの元マネージングディレクターで、現在はアートコレクターと資金調達先のマッチングを行うJPアート&ファイナンス・アドバイザリーの代表を務めるジャン・プラセンスは、美術品担保ローン専門の貸し手は本当の融資残高を必ずしも公表したがらないと語る。それに加え、貸し手の中には自社の資本をリスクにさらしているところもあれば、外部投資家の代理を務めているだけのところもあると指摘した。
アメリカを拠点とする個人経営のアート専門貸金業者、AOIアドバイザーズのマネージングパートナー、メーガン・カールトンも融資残高は眉に唾をつけて見るべきだと話す。また、クリスティーズでEMEA地域アートファイナンス担当のマネージングディレクターを経験し、現在はAFアドバイザリーのマネージングディレクターを務めるアレッサンドロ・フィオロットも、美術品担保ローン事業が活況を呈しているという話には懐疑的だという。彼は、市場は「貸し手が増えすぎて飽和状態になりつつある」という見解を示し、その実情をこう説明した。
「3000万ドル(約46億万円)、あるいは5000万ドル(約77億円)といった規模の借り入れを検討しているコレクターは、当然クリスティーズやサザビーズなどのローンを比較し、最も低い金利を提示しているところを選ぶでしょう。実際のところ、オークションハウスは(アート専門の貸金業者よりも)はるかに低金利で融資を行うことができます。そのため、専門業者が高額な融資を行うことはほとんどありません。オークションハウスのような特典もなく、同じような金利で貸すこともできないので、大口の融資案件を勝ち取れることは稀なのです。
また、アート専門の貸金業者は、オークションハウスから独立した存在であることをアピールしたがります。しかし実際には、アート界の主要コレクターであれば誰しもクリスティーズやサザビーズを通して作品を売買したことがあるでしょう。すでにオークションハウスとの関係性がありますし、今後も取引することがあると考えているはずです」
結果として独立系のアート専門貸金業者は、クリスティーズやサザビーズが貸したがらない融資先を奪い合うことになる。たとえば、財務基盤が脆弱な顧客や、額が小さかったり、リスクが高かったりする案件などだ。
「独立系の貸金業者の多くは、今のところローンを提供できていますが、やがて統廃合が始まるでしょう」
美術品担保ローンにコレクターは何を求めているのか
一方、JPアート&ファイナンス・アドバイザリーのプラセンスは、美術品担保ローン市場が飽和状態だというフィオロットの意見に同意しながらも、コレクターは専門の貸金業者を選ぶことも多いと語る。売却と購入の取引を分けることを好む人も多く、オークションハウスから融資を受ける際の条件にされる独占契約から自由でいられるからだ。プラセンスはこう説明した。
「大局的に考えて、担保にする作品の出口戦略に合致すると納得がいけば、独占契約の縛りを気にしない人もいます。オークションハウスは、ローンの最終的なコストを低く抑え、顧客にとってのインセンティブを作れるユニークな立場にあります。プライペートバンクが顧客に提供している別のサービスとの兼ね合いで、低コストで融資を提供できるのと似ています」
また別の専門業者、アテナ・アート・ファイナンスのレベッカ・ファインCEOも事業は堅調だと語る。親会社のイールドストリートが最近従業員の一時解雇を実施しているにもかかわらず、同社の2024年における現時点での成長率は45%で、融資残高は8億ドル(約1230億円)ほどになる。
ファインによると、同社の主な競合相手はオークションハウスで、最近は、非中核的な融資事業から手を引きつつあるプライベートバンクも競合として意識するようになったという。その理由を彼女はこう述べた。
「アテナにとって独立性は大きな強みです。私たちは顧客に委託販売や売却を迫ることはありません。顧客が作品を売ろうと決断した際には、オークションハウスやギャラリーを互いに競争させ、最も有利な条件を提示したところに売ることができます」
また、アートアドバイザリー企業ガー・ジョンズの共同CEO、ステファン・ルドウィグは、美術品担保ローンのビジネスは飽和状態とは程遠く、市場は金利上昇に適応していると主張する。
「私たちの融資先の多くは、手持ちの資産にレバレッジを効かせ、より高い利回りの資産に再投資するためにお金を借りています。たとえばプライベートエクイティに投資する場合、25%のリターンが期待できれば11%の利率で借り入れをしたとしても十分な利益が出ます。それと同じで、この市場には魅力があるのです」
秋のアートフェアシーズンの最中で、重要なオークションが開催される11月を迎えた今、専門貸金業業者への問い合わせは増える一方だろうと話すのは、オーストラリアの専門業者、TPCアートファイナンスの元マネージングディレクター、ナオミ・ベイジェルだ。
「自分のポートフォリオを管理する最適な方法を考え始める人が増えています。そんな中で検討されるのが美術品担保ローンです。コレクターの多くは、将来の委託販売を考えて作品を担保に取りたいオークションハウスや、手続きに時間がかかる銀行ではなく、専門の貸し手から融資を受けることを選びます。たとえば、アートフェアでギャラリーと価格交渉する際にも、手元に資金があれば有利でしょう。即金で支払いが可能なら、かなり良い条件で取引できるはずです」(翻訳:野澤朋代)
US版ARTnews編集部注:本記事の内容は、最新のアート市場動向やその周辺情報をお届けするUS版ARTnewsのニュースレター、「On Balance」(毎週水曜配信)から転載したもの。登録はこちらから。
from ARTnews