フリーズ・ソウルのベストブース10選。ペース、SCAIやアジア、アフリカ、韓国の気鋭アーティストが勢揃い
第2回フリーズ・ソウルが、9月6日のVIPプレビューで幕を開けた。世界各国からギャラリーやアートスペースが集結して9日まで開催される同フェアから、10の注目ブースを厳選してお届けする。
昨年を上回る規模となった第2回のフリーズ・ソウルでは、数多くの美術館やギャラリー、そして比較的規模の小さな独立系スペースが、増え続けるアートファンを出迎えた。また、第1回ソウル・アートウィークと同時開催となる今年は、市内各所でトークショーやイベントが開催されている。
会場のCOEXには世界中から100以上のギャラリーが集まったが、韓国のギャラリーはその約5分の1。今回も国際的なアートフェアの常連ギャラリーが並び、中でも昨年より日本からの参加が増えているのが目立った。ちょうど2カ月前に行われた、第1回東京現代の熱気が続いているように感じる。なお、COEXの別フロアで同時開催されているKiafの出展ギャラリーは200、うち6割が韓国からの参加だ。
初回開催の興奮よりはいくぶん落ち着いた雰囲気に包まれた今年のフリーズ・ソウルで、特に際立ったギャラリーやプロジェクトを紹介しよう。
1. Pace Gallery(ペース・ギャラリー)
東京への進出を発表したばかりのペースが出品したのは、2021年に亡くなったコンセプチュアル・アーティスト、ローレンス・ウィナーだ。ペースは8月初め、ウィナー作品のアジアでの取り扱い開始を発表している。ブースでは、テキストベースの作品《ON THE LINE OFF THE LINE》(1997)が、強烈なインパクトを放っていた。なお、ソウル市内にあるペース・ギャラリーの外壁や、アモーレパシフィック美術館で8月31日に始まった回顧展でも、ウェイナーの作品が鑑賞できる(アモーレパシフィック美術館では、いくつかのテキスト作品が韓国語訳されている)。
2. SCAI THE BATHHOUSE(スカイ・ザ・バスハウス)
今年フリーズ・ソウルに初出展した東京のSCAI THE BATHHOUSEは、韓国人アーティストデュオ、ムン・キョンウォン&チョン・ジュンホのビデオインスタレーションなどを出品。昨年、金沢21世紀美術館で個展が開かれた同デュオのインスタレーションは、ブースに展示されている他の作品、特に宮島達男の点滅するデジタル数字の作品とのダイナミックな連動を感じさせた。
3. The Modern Institute(ザ・モダン・インスティチュート)
グラスゴーのギャラリー、モダン・インスティテュートは、壁のスペースを生かしたゆったりした展示が印象的だ。ブースの真ん中に置いてある大きな木のベンチに座り、背もたれに寄りかかりながら、アメリカ人画家ウォルター・プライスの小作品を眺めることができる。15×20センチほどのサイズに統一された作品群は、具象と抽象の間に存在するイメージを表現するプライスの力量を余すことなく示している。フリーズ・ソウルとKiafのブースを回って歩き疲れた来場者が、ほっとできるスペースだろう。
4. Getty PST ART(ゲティ財団 PST ART)
一般の企業や組織がアートフェアに出展するのは珍しいことではないが、フリーズ・ソウルでは昨年よりもギャラリー以外の参加が増えている。その1つが米ゲティ財団パシフィック・スタンダード・タイム・イニシアチブで、2022年のドクメンタ15に参加した韓国を拠点とするアート集団、ikkibawiKrrrの作品を紹介。海藻を採るヘニョ(海女)を題材にしたビデオとインスタレーション《Seaweed Story》(2002)の新バージョンが発表された。2024年には、ゲティ財団が支援する科学をテーマにした展覧会がロサンゼルスのハマー美術館で開催されるが、ikkibawiKrrrはそこにも参加が予定されている。
なお、フリーズ・ソウルの期間中は1日1回、ikkibawiKrrrがインタラクティブ・パフォーマンス《Flavors of the Sea》(2023)を行う。内容についての詳しい事前発表はないが、彼らがこれまでやってきたようなものならば、ブースに人だかりができるのは間違いない。
5. ROH and Whistle(ROH&ウィスル)
フリーズ・ソウルの波及効果の1つに、韓国とアジア地域のギャラリーによるコラボレーションがある。昨年の第1回開催以来、ジャカルタのROHとソウルのウィスルは、それぞれの拠点にアーティストを派遣し、協力してプロジェクトを進めてきた。その成果として、彼らの共同ブースでは、韓国とインドネシアのアーティストがそれぞれ作品を発表している。
たとえば、韓国の彫刻家ナム・ヒョンの《Extructed Mountain (Single Peak)》(2020)には、インドネシアの火山地帯を訪れたときの経験が反映されている。一方、インドネシアのアーティスト、アグス・スワゲの《Teach Your Children》(2016)は、両国の社会政治状況を風刺したもので、頭がビーグル犬になった人間が足元のビーグルたちに何かを説教するような様子が描かれている。
6. CYLINDER(シリンダー)
「フォーカス・アジア」セクションでは、過去12年間に設立されたアジアのギャラリー10軒が紹介されているが、中でも最も新しいのがシリンダーだ。2020年に設立されたこのアートスペースは、2014年から16年にかけて起きたギャラリーブームの盛衰を経て、若い世代が始めたソウルの新しいアートスペースの1つとして注目されている。しかし彼らは、自らを反アート市場的な立場に位置づけているわけではない。むしろ、商業ギャラリーとしての活動を積極的に行い、同時にオルタナティブスペースに期待されるような実験的活動も行っている。
フリーズ・ソウルでは、韓国出身でスイスのベルンとソウルを行き来するアーティスト、ユ・シネをフィーチャー。アジアの加速主義(*1)を鮮烈に感じさせる作品を展示している。
*1 社会変化を引き起こすためには、産業革命以降の近代化や資本主義制度の発展を、AIなどの最新技術を使って加速するべきだとする考え方。
7. Galerie Quynh(ギャルリー・クイン)
ベトナム・ホーチミン市のギャルリー・クインが設立されたのは2003年。以来20年にわたり、ベトナムの現代アートシーンの発展に寄与してきた。この間、ベトナムは目覚ましい発展を遂げ、東南アジアの経済大国へと成長した。フリーズ・ソウル初参加の同ギャラリーは、ベトナムを拠点とする若い世代の画家、ドー・タン・ランとウィル・サーマンの作品を出品。2人とも1980年代後半に生まれ、抽象性を帯びた具象的絵画で、現代を生きる人々の複雑な感情を描いている。以前から韓国のコレクターとの取引があるギャルリー・クインにとって、フリーズ・ソウルは今後のさらなる市場開拓につながるだろう。
8. Gallery 1957(ギャラリー1957)
ガーナのアクラを拠点とするギャラリー1957は、西アフリカのアーティストを世界に紹介するという目標を掲げている。フリーズ・ソウルでのデビューとなった今回は、アモアコ・ボアフォ、ギデオン・アパ、クウェシ・ボッチウェイ、ジョアナ・シュマリ、テゲネ・クンビ、カロキ・ニャマイ、ナディア・ワヒードの作品を出品。国際的な知名度のあるアパやシュマリ以外は、ソウルではほとんど目にする機会のないアーティストたちだ。同ブースでは、テニスをする人物を描いたアモアコ・ボアフォの《White Overgrip》(2023)が特に目を引いた。
9. Kurimanzutto(クリマンズット)
ギャラリーがアートフェアに参加する目的は、もちろん短期的な利益追求が中心だが、アーティストとその活動の認知向上に注力する場合もある。昨年に続いて出展したメキシコのクリマンズットはその両方を狙い、国際的なアートシーンでおなじみの有名アーティストの作品を揃えて売り上げとファン層の拡大を図っている。
カンバスにテンペラと金箔を用いて描かれたガブリエル・オロスコの繊細な絵画、麻布に新聞紙や金箔を貼ったリクリット・ティラヴァニの作品、鈴と韓紙で作られたヤン・ヘギュの彫刻、3Dプリンターで制作されたアドリアン・ビジャール・ロハスの生き物のような彫刻など、出品作品は多岐にわたる。この中には、韓国などアジア地域で開催された展覧会やビエンナーレで紹介されたことのあるアーティストもいるが、フリーズ・ソウルによってさらに人気が高まることだろう。
10. Gallery Hyundai(ギャラリー現代)
フリーズのソウル進出で韓国のギャラリーが直面したジレンマは、これまで長い歴史のある国内アートフェア、Kiafへの出展をやめてフリーズに参加するべきか、というものだった。この難問は、ギャラリー現代のような韓国の大手ギャラリーに、一種の原点回帰を促した。それを象徴しているのが、ギャラリー現代が今回フリーズ・ソウルの「マスターズ」セクションに出展したイ・ソンジャ(李聖子)(1918-2009)だ。
絵画、版画、陶磁などに優れた才能を発揮しながら、同時代の男性ほどの評価を受けられなかったイは、20世紀半ばにパリやニューヨークといった芸術の都に移り住んだ一群の非西洋アーティストの1人だった。こうした作家の中には、欧米のアート界で中心的な存在とはならずとも、成功を収めた者もいた。イの宇宙を思わせる抽象画は、女性であることを土台に、物質と精神のバランスを尊重しながらカンバスに描かれた東洋と西洋の調和なのだ。(翻訳:石井佳子)
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