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ジェフ・クーンズの初NFTプロジェクトに誰も驚かない理由

2022年3月29日、ジェフ・クーンズによる初のNFTプロジェクト、「Moon Phases(ムーン・フェーズ)」が発表された。しかし、この超大物アーティストの作品について少しでも知っている人なら、特に驚きはなかっただろう。

ジェフ・クーンズ。アシュモレアン博物館にて AP
ジェフ・クーンズ。アシュモレアン博物館にて AP

このNFTは、民間航空宇宙会社インテュイティブ・マシーンズの月着陸船によって月面に運ばれる彫刻作品とリンクする予定だ。デザインなどの詳細はまだ明らかにされていないが、彼のスタイルはNFTアート向きだろう。

というのは、クーンズはアートとコレクターズアイテムとの境界線が曖昧になるような作品を生み出したパイオニアだからだ。たとえば、おもちゃのようなバルーン彫刻作品は、ほとんど同じ形のものが、色違い、サイズ違いで繰り返し制作されている。そして、言うまでもなく、目が飛び出るような金額で販売されているのだ。

どこかで聞いたような話だと思わないだろうか?

ある意味、今日のNFTはクーンズや彼のようなアーティストがいなかったら存在しなかったと思われる。彼らのアート制作は、簡単に複製して普及させることができる、わかりやすいアバター的作品によって特徴づけられている。クーンズといえば、《ラビット》(1986)や《バルーン・ドッグ(オレンジ)》(1994)など、バルーンアートの動物のような作品がすぐ思い浮かぶ。ダミアン・ハーストは、死んだ動物をホルマリン漬けにした作品のほか、難破船から引き上げられたように装飾されたミッキーマウスやグーフィーの彫刻が出世作となった。

KAWS(カウズ)も、ミッキーマウスのイメージに手を加えて成功を収めた1人だ。彼のフィギュア作品は、コレクションしやすいサイズのものも、美術館に展示されるような大きなものも、クールなストリートスタイルの演出に欠かせないものになっている。また、村上隆のアイコンである虹色の笑っている花も、NFTのシリーズになることが決まっている。

昨年、爆発的にヒットしたBored Ape Yacht Club(ボアード・エイプ・ヨット・クラブ)、CryptoPunks(クリプトパンクス)、そのほか何千ものPFP(プロフィール画像)NFTなど、NFTシーンではアバターが主流だ。

クーンズがいなければ、NFTの大量生産アバターが肯定されることはなかっただろう。彼は、アンディ・ウォーホル以降、アートを通じて市場メカニズムを探求しただけではなく、作品を複製することに関心を持つアーティストたちの世代に属している。

クーンズは、早い時期からブランディングや広告をテーマとした制作に取り組んできた。たとえば、1986年の「Luxury and Degradation(高級品と劣化)」シリーズの作品は、アルコール類の広告をリプリントし、額装したものだ。その2年後には、「Banality(陳腐さ)」シリーズの展覧会のために自ら広告「Art Magazine Ads」を制作し、米国各地の美術雑誌に掲載した。

ジェフ・クーンズ《バルーン・ドッグ(ブルー)》(2021) Jeff Koons Studio
ジェフ・クーンズ《バルーン・ドッグ(ブルー)》(2021) Jeff Koons Studio

しかし、それ以前にもアバター的な作品はあった。1970年代には既に、「Statuary(彫像術)」シリーズでバルーン彫刻を制作していた。後に彼は人気マンガやセレブリティのイメージを題材にした作品も制作しているが、常に自分のバルーン作品に立ち戻っている。

ハースト、村上、カウズの彫刻やイメージと同様に、クーンズのバルーン作品は、ある種の幼児化を楽しんでいるようにも見えるが、どんな解釈が成り立つか、何が永続的な形なのかは不明確だ。こうしたアーティストたちは、自分の作品はマーケットの姿を映す鏡と考えているのかもしれない。しかし、皮肉を込めた作品を制作することと、自分が批判していたものになってしまうことは背中合わせだと言える。

この2つの間の線引きは、それがビジネスになった時点で崩れてしまうというのが筆者の考えだ。工場で生産するおもちゃを商売にしているなら、おもちゃメーカーにすぎないのではないだろうか。

クーンズは、市場とアートの境界線を完全に破壊しないまでも、曖昧にすることに自分のキャリアを費やしてきた。そして、この線引きが崩れたことで、NFTプロジェクトの中からアート作品になり得るとされるものが出てきている。ボアード・エイプ・ヨット・クラブには何の意味もなく、バルーンドッグにも意味はない。これらは単なる資産であり、それが彼らのアートなのだ。

自分が築き上げてきたアートの世界で生きる今、クーンズがNFTを始めるのは不思議なことではないだろう。存命アーティストで最高額の作品はクーンズによるものだが、NFTアート作品で昨年6930万ドルの落札額を記録したデジタルアーティストのビープルとの差はそれほど大きくはない。(翻訳:平林まき)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年3月29日に掲載されました。元記事はこちら

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