奴隷制とロンドン・ナショナル・ギャラリーの歴史、最新調査結果
ロンドンのナショナル・ギャラリーが、197年にわたる同美術館の歴史に奴隷制が果たした役割について、これまでで最も詳細な調査結果を発表した。調査データは1824年から1880年までの期間に焦点を当てたもので、奴隷制に関わりのあった67人の人物が挙げられている。この中には、直接的に関与した者、親族が関わっていた者、間接的なつながりがあった者が含まれる。
報告書ではさらに、奴隷制廃止運動に関わった27人、奴隷制廃止運動と奴隷制の両方に関係していた27人の人物にも言及している。たとえば、奴隷所有者と奴隷廃止論者の両方を描いた画家、トーマス・ローレンスなどだ。
ナショナル・ギャラリーのウェブサイトに掲載されている声明文によると、このプロジェクトは「美術館が奴隷所有とどのような関わりがあるのか、植民地での奴隷労働から得られた利益が美術館の初期の歴史にどの程度影響を与えたのかを調べること」を目的としている。一方、「このリストに名前が載っているからといって、奴隷制への直接的な関与を意味すると理解されるべきではない」とも述べられている。
「Legacies of British Slave-Ownership(英国における奴隷所有の遺産)」と題されたナショナル・ギャラリーの研究プロジェクトは、2018年に同美術館がニコラス・ドレーパー氏に声をかけたことから始まった。同氏は、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの英国奴隷制遺産研究センター(Centre for the Study of the Legacies of British Slavery)の創設者で、当時のセンター長だった。最初の調査対象となったのは、ナショナル・ギャラリーが設立された1824年に、初の所蔵品となった38点の絵画を保有していた、金融家で慈善家のジョン・ジュリアス・アンガースタインだ。
サンクトペテルブルクに生まれたアンガースタインは、生涯の大半をロンドンで過ごし、海上保険事業を起こして財を成した。「割合は不明だが、この保険の対象には奴隷船や、奴隷となった人々がカリブ地域で栽培した農産物を英国に運ぶ船が含まれていた。アンガースタインは、グレナダやアンティグアの領地や奴隷にされた人々の管財人だった」と研究者たちは結論づけている。
報告書は、美術館が数点の作品を所蔵している18世紀後半の英国を代表する肖像画家、トマス・ゲインズバラにも着目。調査チームは、奴隷制や奴隷制度廃止運動と関係のある人物の肖像画を3点確認している。その中には、バースのホルバーン美術館に長期貸し出しされている《The Byam Family(バイアム家)》(1762-66)と、1857年にナショナル・ギャラリーに遺贈され、現在はテートに展示されている《The Baillie Family(ベイリー家)》(1784年頃)がある。どちらの絵に描かれている人物も奴隷を所有していた。
ゲインズバラはまた、1768年に作家イグネイシャス・サンチョの肖像画を描いている。その当時、サンチョはモンタギュー公爵の従者だった(この作品はオタワのカナダ国立美術館から貸し出されているもの)。サンチョは奴隷として生まれたが、若いうちに解放され、音楽家や作家として活躍。後に奴隷廃止論者となった。
ナショナル・ギャラリーによると、1640年以降のコレクターや、1880年から1920年までの理事および寄付者を対象とした第2次報告書がまとめられている途中だという。これら全てのデータは、美術館のウェブサイトで公開される予定だ。(翻訳:野澤朋代)
※本記事は、米国版ARTnewsに2021年11月8日に掲載されました。元記事はこちら。