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U2がラスベガスの新名所「Sphere」に降臨! 巨大球体で繰り広げられた音楽とアートの規格外の融合

世界で最も人気のあるバンドの1つ、U2が、1991年の大ヒットアルバム『アクトン・ベイビー』の収録曲を中心としたレジデンシー公演を9月29日からラスベガスで行っている。会場は同地に新設された球体型の巨大アリーナ「スフィア」。音楽とアートを融合した前代未聞の公演を実現した関係者に取材した。

ラスベガスに新たに建設された巨大な球体型ベニュー「スフィア」。Photo: REX/アフロ

これまでの没入型アートとは全く違う異世界

U2によるスフィアのこけら落とし公演の初日が1週間後に迫ったとき、ショーディレクターのウィリー・ウィリアムスの頭の中は、音楽ではなくアートのことでいっぱいだった。40年以上にわたってU2のステージデザインを手がけているウィリアムスだが、公演を前にこう語っている。

「アートギャラリーで拍手をする人はいません。今回のライブのすばらしい点は、まさにそこにあります。作品を提供したアーティストも、U2のメンバーも、観客の反応を即座に感じることができる。インスタレーションがスフィアの内部で動き始めると、観客はその異次元の世界の一部になれるのです」

体験型アートや没入型アートは目新しいものではないが、ラスベガスに新たに現れたスフィアはそのどれとも異なっている。大げさな表現ではなく、まさに世界に1つしかない空間であり体験だ。これに最も近いものの例を挙げると、カリフォルニア州バーバンクでテスト用に建設された小型版スフィアだろう。本物のスフィアの4分の1のスケールの小型版は、U2のメンバーのほか、20日間にわたる公演のステージプロダクションに参加するアーティストやクリエーターたち(ブライアン・イーノ、マルコ・ブランビッラ、エス・デヴリン、ジョン・ジェラード、そしてインダストリアル・ライト・アンド・マジック社)の、本番公演の実験場として使われた。

しかし、本物のスフィアそれ自体、まさに実験の場と言える。ブライアン・イーノがアート作品として制作したLED搭載のレコードプレーヤー《TURNTABLE》(2021)を巨大化したステージは、ライブが行われている間、アルゴリズムに従ってランダムにゆっくりと色を変えていく。リハーサルでこれを目にしたウィリー・ウィリアムスは、アルゴリズムを少し調整できないかとイーノに頼んだという。「個人的な経験からすると、60代の男性が緑色のライトに照らされた姿は魅力的とは言いがたい」というのがその理由だ。

ウィリアムスとU2のメンバーは今回のレジデンシー公演を、音楽ライブであると同時にアートのショーでもある特別な体験にしたいと考えていた。そもそも、これまでのU2のライブもスピリチュアルなイベントとビジュアル要素満載のショーを融合したものだ。しかし今回は、会場の奇抜さや規模感、イベントの内容まであらゆる意味でスケールが異なる。彼らが今回のライブで何を見せるのか、各方面から高い注目が集まっていた。

IMAXのスクリーン9枚分に匹敵する解像度

ラスベガスのスフィアで行われたU2のリハーサルの様子。マルコ・ブランビッラの作品《King Size》が異世界へ誘う。Photo Stufish Entertainment Architects

1万8000人収容のスフィアは、幅157メートル、高さ112メートルの世界最大の球体構造物で、主要部分のアトリウムの容積は約17万立方メートルにおよぶ。特筆すべきなのは、球体内部の湾曲した壁の全面が、16K×16Kという驚くべき解像度のディスプレイで覆われていることだ。公共施設のインスタレーションやビデオアートに3D画像を使用しているマルコ・ブランビッラによると、この解像度はIMAXのスクリーン9枚分に匹敵するという。

球体内部では、温度が突然変化したり、香りがただよったりする演出も可能だ。それに加え、U2のベーシスト、アダム・クレイトンは、これまで演奏したことのあるコンサート会場をはるかに超える音響の良さだと称えた。スフィアの異世界のようなレイアウトとテクノロジーに多大な可能性を見出している彼はまた、音楽やライブは、コンピューター・ゲーム・カルチャーやソーシャルメディアの魅力には太刀打ちできない可能性を認めた上で、こう続けた。

「過去のどんなコンサートよりも、コミュニティに根差したものになるだろう。うまくいけば、観客はめくるめくような没入体験を味わえる。音楽と映像に対する感情の高まりを覚えるはず。我われは、これこそがライブミュージックの未来像だと思っているんだ」

今回U2とコラボしたアーティストの作品は、演劇で幕ごとに変わるセットのように投影される。ウィリアムスによれば、パフォーマンスが行われるメインの空間には角がなく、全体が途切れることのない連続したディスプレイになっているため、観客は暗闇の中に果てしなく広がる空間の中にいるような感覚を味わえる。ツーリスト向けのゴッホの没入型展覧会などとは異なり、壁と天井の継ぎ目で映像が分断されるようなことはない。

ブランビッラはスフィアを「ゴーグルのいらないバーチャル・リアリティ」と表現する。

「初めてスフィアを体験したとき、スクリーンに近い側に歩いて行って『ワオ、本当に信じられない!』と驚いたのを覚えている。中にいると、サイズ感覚がすっかり狂ってしまうんだ。巨大なアリーナだが、全体が45度に傾いているので、誰もがステージや壁を近くに感じられるんだ」

ラスベガスという特異な場所を表現したアート作品

ブランビッラがこのショーのために制作したビデオインスタレーション《King Size》は、この上なくラスベガスらしい作品だ。主役は、ラスベガスの守護聖人ともいうべきロックンロールの帝王、エルヴィス・プレスリー。プレスリーは1969年の夏、ラスベガスでオープンしたばかりのヒルトン・インターナショナルで1カ月間の公演を行い、衰えつつあったキャリアを電撃復活させた。

とはいえ、ブランビッラの作品の主役は、豊かなもみあげに象徴さえるただ一人のプレスリーではない。人工知能によって、プレスリーがキャリアを通して映画やテレビの出演作品で見せた腰の振り方、唇を曲げた表情など、「何人ものエルヴィス」の全てを盛り込んでいる。

このインスタレーションのテーマは、U2がアルバム『アクトン・ベイビー』とそれに続いて行われた「ZooTV」ツアーで見せた過剰さ、消費主義、耽溺の探求にもつながる。それについてブランビッラはこう説明する。

「U2とのコラボレーションを依頼されたとき、すぐにコンセプトが浮かんだ。ラスベガスでやるならエルヴィスを題材にして、アメリカ帝国の衰退をテーマにしようと。エルヴィスの死、そして彼の名声の絶頂と神話的なレベルでの追悼の類似性を描こうと考えたんだ」

一方、現代を代表するステージデザイナーでアーティストのエス・デヴリンによる《Nevada Ark》は、気候変動と、その影響による地球環境の破壊を物語るビデオ作品。ネバダ州の絶滅危惧種リストは、実に152種にものぼるというショッキングなデータもあるが、彼女の作品は在来生物のうち絶滅が危惧される26種の彫刻の映像で構成されている。同作はもともと、カルティエの委託で制作され、ロンドンのテート・モダンの前庭に展示されているインスタレーション、《Come Home Again》から派生したものだ。

ウィリアムスはこう語る。

「私たちが目指したのは、集団的な想像力の可能性を生み出すこと。私たちは皆、何らかの恐れを持っている。だからU2が60代になって、『まったく未知のことを、これまで誰もやったことがなく、大失敗するかもしれないことをやろう』と考えたのはすばらしいこと。リハーサルを見ていると、彼らはそれをやってのけたことがわかる。まさに快挙だよ」

ウィリアムスがU2のメンバーとともに楽しみにしているのは、公演中や公演後の観客たちの反応だ。彼は、自身の友人であるクロノス・クァルテットのデイヴィッド・ハリントンが新曲を発表するときの気持ちを語った言葉を借りて、期待をこう表現した。

「それは、その場にいる人たちだけが知っている秘密であると同時に、世に放ったとたん世界中に知れ渡ってしまうもの。私たちはまさに今、すばらしい秘密を手にしているように感じている。なぜなら、これまで誰も行ったことのない空間に足を踏み入れるんだから」(翻訳:清水玲奈)

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