ギルバート&ジョージやサラ・ルーカスら大物アーティストから次世代へのメッセージ。「Frieze Masters Talks」リポート

毎年「フリーズ・ロンドン」と同時開催されるアートフェア「フリーズ・マスターズ」。トークプログラム「Frieze Masters Talks」では今年、アート界の第一線で活躍してきたアーティストやキュレーター、美術史家たちが、長いキャリアで得た気づきや学びを共有した。

Photo: Paul Hempstead

毎年恒例のアートフェア「フリーズ・マスターズ 2023」。その会場で、第一線で活躍するアーティストが出演する「Frieze Masters Talks」が開かれた。アーティストとキュレーター、美術史家らとの対話を通して、アートの現代史と今日のアーティストの活動のあり方との関係を探求する企画だ。

ラグジュアリーメンズブランドのダンヒルとのパートナーシップのもとで開催された2023年の「Frieze Masters Talks」では、レイチェル・ホワイトリード(Rachel Whiteread)やマギー・ハンブリング(Maggi Hambling)やサラ・ルーカス(Sarah Lucas)、ギルバート&ジョージ(Gilbert and George)といった国際的に影響力をもつイギリスのアーティストのほか、美術評論家のブリオニー・フェール(Briony Fer)や美術評論家のルイーザ・バック(Louisa Buck)などが登壇し、その長いキャリアで得た気づきや知見を共有した。

無名の若手作家の大胆な挑戦

美術史家のブリオニー・フェールを聞き手に、現代彫刻家のレイチェル・ホワイトリードが自身のキャリアをたどりながら観客とアーティストとの関係性の構築について議論した回の冒頭、フェールは、イギリスのアーティストの登竜門といわれる「ターナー賞」をホワイトリードが1993年に女性として初めて受賞した作品《Untitled (House)》に触れた。通称《House》と呼ばれるこの作品は、ちょうど30年前にあたる1993年10月、ロンドン東部の住宅街で取り壊しが決まった3階建の家の内部にコンクリートを流し込んで型取りした彫刻だ。大衆紙にも報道され、それまで現代アートとは縁のなかった人たちも含めて1日数千人もの見学者が訪れたという。

ホワイトリードは当時を振り返り、「スレード美術学校卒業して4年しか経っていなかったのに、スケールもビジョンもマインドも非常に大きなプロジェクトでした」と、無名の若手アーティストであっても気概をもって制作に取り組むことの大切さにも触れた。

ホワイトリードはこの作品によってキャリアを打ち立てたのち、世界各地で土地の記憶を止めるようなパブリックアートの作品を多く制作してきた。代表作は、ウィーンに2000年に登場したホロコーストのメモリアルだ。「メモリアル作家という枠組みに押し込められることは避けたいので、あくまでもアート作品として制作しました」と、ホワイトリードは語る。「いまではアートは至るところにありますが、30年前はそうではありませんでした。《House》から、長年取り組んできたさまざまなパブリックアートまで、作品に親しんでくれた一般市民の方たちに感謝しています」

また、ホワイトリードは、メガギャラリーの代表格であるガゴシアンのパリ拠点で今年行われたグループ展「Hurly-burly」において、美大時代に師事しアシスタントを務めたこともあるフィリダ・バーロウ、アリソン・ウィルディングとともに新作を展示した。40年間、友人であり続けた3人のグループ展は、「大型作品をそれぞれ3点ずつ制作して見せることだけを決め、打ち合わせをしたり事前に作品を見せあったりすることはなかった」という。フェールが「不協和音による不思議に魅力的な音楽のよう」と称える展示は、「作品どうしの対話ではなく、背後にある継続的な交友関係の記録」(ガゴシアンのリリースより)でもある。かつて美術史上に現れてきたさまざまな芸術運動とは異なり、それぞれが個人で独自の道を切り拓いているように見える現代アーティストも、舞台裏では仲間のアーティスト同士の交流に支えられ、刺激を与え合っていることをうかがわせた。

登壇した現代彫刻家のレイチェル・ホワイトリードと美術史家のブリオニー・フェール。Photo: Paul Hempstead

次世代への恩送り

やはりイギリスを代表する現代アーティストであるマギー・ハンブリングとサラ・ルーカス(1962年生まれ)は、美術評論家で「アート・ニュースペーパー」の編集者でもあるルイーザ・バックと鼎談した。ハンブリングとルーカスは、長く続く二人の交流関係について、まるでふだんの友人同士のおしゃべりを聞かせるかのように、ざっくばらんに語った(その様子はポッドキャストとしても公開されている)。

ハンブリングは長年、生まれ育ったサフォークの海辺に暮らし、毎朝、身の回りの風景を絵に描き、海を題材にした油彩のほか、身近な女性や家族のポートレートでも知られている。一方、現在テート・ブリテンで回顧展「Happy Gas」を開催中(2024年1月14日まで)のルーカスは、性的な要素や毒気のあるユーモラスな立体作品を多く手掛けている。

作風も年代も異なるハンブリングとの交友関係について、ルーカスは、「私たちは、生まれた年は違うけれど(編注:ハンブリングは1945年、ルーカスは1962年生まれ)、誕生日が10月23日で同じ。今ではマギーの故郷であるサフォークに私も引っ越しました。特に(シニア向けの)バスの定期券がもらえるようになってから、海のあるサフォークが大好きになったし、マギーがいつも海の絵を描いている気持ちがわかるようになった」と語る。

ルーカスとハンブリングがお互いのポートレートを制作したことについて、ルーカスは「相手が自分をどう見ているかがわかる貴重な体験だった」と振り返り、今後について「友人のアーティストたちと、グループ展をたくさん開きたい。年金生活者になったらね」と続け、会場の笑いを誘った。

「あなたはずっとアートスクールで教え続けていますが、それはなぜですか」という会場からの質問を受けたハンブリングは、「私は偉大な先生たちに恵まれました。だから、自分も学生たちに手渡しをするのは当然のことです。アーティストとして活動できることは、神からの贈り物ですから」と語り、長いキャリアについての感慨と、次世代に御恩送りをすることの大切さに触れた。

 

マギー・ハンブリングとサラ・ルーカス。Photo: Paul Hempstead

若者よ、反逆精神を抱け

現代アートユニットのギルバート&ジョージ(ギルバート・プロッシュとジョージ・パスモア)は、今年6月末にリニューアルオープンしたロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリー(NPG)で開かれたセッションに出演した。NPGのニコラス・カリナン館長が司会を務めたこのセッションでは、半世紀を超える二人のアーティストとしての軌跡を振り返った。

二人は1967年に出会ってから常にデュオとして活動し、英国紳士の典型のようなスーツ姿で同じポーズを取るパフォーマンス「生きた彫刻」シリーズで人気を得た。今に至るまでセルフポートレートを素材に写真や絵画を手がけ、今年4月、東ロンドンにギルバート・アンド・ジョージ・センターを開館し、若い世代の見学者を多く集めている。カリナンから若きアーティストへのアドバイスを求められると、ジョージは「世界に対して何を言いたいかを思いつくまでは、朝、ベッドから出ないこと。先生なんてクソ食らえ!」と80歳になっても変わらない反逆精神を見せ、会場は賛同の拍手に包まれた。

アーティストたちの変わらぬ気概

フリーズ・マスターズは、「美術史に新しい視点をもたらす」ことを目的に、古今東西のさまざまなアートを扱うユニークなアートフェアだ。そのイベントとして開かれた今回のトークは、私たちと同じ時代を生きる大物アーティストたちがライブで語る話に耳を傾け、彼らが日々、美術史に新しいページを刻み続けているという当たり前の事実を改めて実感できる機会になった。現代アートを鑑賞することは、その現場に立ちあうこととも言えるのだ。

また、成功を収めているアーティストたちが、幅広い人たちに作品を見てもらえることの喜びとともに、先入観を持って作品が語られることへの違和感を示していたのも印象的だった。ホワイトリードは「メモリアル作家の枠に押し込められたくない」と述べ、ハンブリングは「作品をどう描くのかと聞かれることが多いけれど、筆を取って、絵の具をキャンバスにのせるだけ」と言い放った。ギルバート&ジョージは「自分たちの姿を写真に撮って使っているけれども、セルフポートレートとは呼んでほしくない」「絵がステンドグラスのようだと言われるのは、私たちは無宗教だから見当違いだ」と語った。数十年のキャリアがあっても、アーティストはデビュー当時から変わらず、ただほかの何にも似ていないオリジナル作品を作り続けるだけだという気概を表明しているようだった。

どのアーティストたちも、長いキャリアを振り返り、仲間のアーティストとの交流によって創作につながる刺激を得ることのかけがえのない価値を共有し、さらには次世代に作品や教育などの形で遺産を引き継ぐことへの決意を語る。アートの裾野が広がり、多くの人が現代アートに親しむようになった時代を築いてきたアーティストたちの言葉は、これからのアート界を作り手として、業界関係者として、あるいは鑑賞者として支える新しい世代にとって大きな励ましになるだろう。

取材協力:dunhill (Frieze Masters Talks 2023オフィシャルパートナー)

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