家具? それともアート? その境界を曖昧にするアーティストたちが目指す「やさしい世界」

アートと家具・インテリアの境界線はどこにあるのだろうか。この問いは、たとえば日本を代表するデザイナーの倉俣史朗が1988年に生み出した美しい椅子の名作、「ミス・ブランチ」が提起するものでもある。そして今また、2つの境界を溶け合わせるような作品が注目されている。その潮流を牽引している8人の作家を紹介しよう。

メレット・オッペンハイムの毛皮のティーカップや、サルバドール・ダリのロブスター電話のように、身近なものに遊び心を加えたシュルレアリスムのオブジェに通じる制作活動をしているアーティストたちがいる。その作品が私たちに促しているのは、日常を新たな視線で見るということだ。

彼らの中には、コロナ禍でのロックダウンがきっかけで居住空間について真剣に考えるようになり、家具を作り始めた者もいる。また、普段の作品制作と並行して家具メーカーとコラボレーションする者もいる。数量限定品として家具を製造する者もいれば、一点物を手作りする者もいる。しかし、全員に共通するのが、ギャラリーを飛び出し、これまでとは違うオーディエンスに作品を届けようとする意欲だ。

以下、アートと家具の融合について8人のアーティストに話を聞いた。

1. リアム・リー

リアム・リー《Chair 08》(2021) Photo: Clemens Kois/Courtesy Liam Lee

コロナ禍で、それまでしていたファッション写真のセットデザインの仕事がなくなってしまったので、代わりにテキスタイルの作品を作り始めたんです。自分のアパートでも無理なく制作できるというのがテキスタイルを選んだ主な理由で、まずはニードルフェルトで表面を仕上げたモヘアのタペストリーを作ってみました。伝統的な布張りの家具にはクッション材としてウレタンフォームやコットンの中綿が使われていますが、私の作品は中まで密度の高いウールでできています。

そうやっていろいろ作っているうちに、自然と彫刻的なオブジェが生まれてきました。みんなが家に閉じこもっていたあの頃、私は家の中にあるさまざまな物について考えをめぐらせたり、ニューヨークのアパートの中にどうやったら自然界の要素を持ち込めるだろうかと考えたりしたものです。試行錯誤しながら数カ月かかりましたが、合板で作ったシンプルな椅子のフレームの上に羊毛を重ね、ボリュームを出す方法を編み出しました。形や色について参考にすることが多いのは、キノコや花、種子を包むさやなどです。当初は作品ごとに特定の種の生物をモチーフにしていたのですが、今はそこにはこだわらず、より自由に作っています。

2. オーレン・ピナッシ

オーレン・ピナッシ《The Walker》(2020)(左)、《Toothbrush Tree (Wall Mount LA)》(2020)(右) Photo: Courtesy Commonwealth & Council, Los Angeles

コロナ禍の最中に、《Lone and Level》(2021)というソファのような作品を作りました。その頃、公園で雪だるまを作っている人たちを見ていて考えさせられたのは、物を手でこねたり、土の塊から何かを作り出したりという人間の基本的な欲求についてです。それは、遊び心や発明の衝動と関係があると思いますが、一方で死すべき運命、つまりいつかは土に還るのだということを心の底で意識していることとも関係がある気がします。そうやって考えているうちに、砂で彫刻を作りたいと思うようになりました。私たちの脆さについて気づかせてくれる砂に惹かれたんです。砂はまた、浸食作用の原因であると同時に、そこから生まれるものでもあるという二面性があります。

《Lone and Level》は、当時使っていたロッシュ ボボア(*1)のヴィンテージフロアマットをベースに作ったものです。ユニットの配置によってさまざまなアレンジが可能で、床に近い位置でリラックスして寝転がることができ、とても官能的で親密な雰囲気になります。家具でありながら、砂丘のような風景としても楽しめるものを作りたかったので、透明なビニールに砂を詰めました。透明なので中で水分が結露した様子が見えますし、そのソファとセットになっている砂の枕は、地面が盛り上がった風景のように見えます。


*1 フランスの高級家具ブランド。世界各国のデザイナー、アーティスト、建築家とのコラボレーションから生み出されたクリエイティブな商品で知られる。

《Toothbrush Tree》(2020)は、ICAフィラデルフィアで今年後半に開催された「Moveables」という(「アートと家具」を大まかなテーマにした)展覧会で展示されました。この作品も、インテリアと自然を結びつけたいという思いから制作したもので、木の葉の部分に開いた無数の楕円形の穴が歯ブラシホルダーになっています。この木は、歯磨きのためにここに集まってくる大勢の人々を暗示しています。そこにはある種の性的なニュアンスもありますが、それ以上に、人々が柔らかい口腔を無防備にさらけ出しながら、いたわりと相互ケアの行為に参加している場面を想像させるのです。

3. クリス・ウォルストン

クリス・ウォルストン《Daisy Chain Chair》(2023) Photo: Joseph Kramm/Courtesy The Future Perfect

私は、素材に導かれて仕事をしています。素材のおかげで制作のプロセスやテクニックの歴史を研究することができますし、コロンビアのメデジンに仕事場を構えるきっかけを作ったのもテラコッタという素材です。この土地のモノづくり文化にテラコッタが果たしているさまざまな役割を調査するため、フルブライト奨学金を得てここに来ました。ここでは特別な場所に出かけて行かなくても、そこら辺で土を掘れば粘土になるんです。

植木鉢にもなるテラコッタの椅子を作り始めたのは2014年です。テラコッタと聞いて多くの人々が最初に思い浮かべるのは植木鉢ではないでしょうか。2023年にデザインギャラリーのフューチャー・パーフェクトで開催した個展「Flower Power」は、コロンビアの風景の視覚的な性質を探求したもので、かわいらしくデフォルメした花の形の作品や、粘土にさまざまな花を押し付けてテクスチャーを与えた作品を制作・展示しました。

風景を抽象化した作品もあります。1ドルショップで買い集めたプラスチック製の昆虫をもとにしてブロンズのムカデやアリをたくさん作り、風景を模した作品のあちこちを這いまわっているように並べたものです。テラコッタの椅子は1つのユニットとして焼成するので、制作には非常に高度な技術が必要とされます。風船でできた動物のようなかわいらしいフォルムにしたのは、そうした技術的な面を感じさせないようにしたかったからです。

4. ドジー・カヌ

ブルックリン・ブリッジ・パークに設置されたドジー・カヌの《On Elbows》(2022)。Photo: Courtesy Public Art Fund

私にとって機能とは、コンセプトのためのツールです。黒人が活躍している表現分野は、言語的なスキルを要するものやダンス、スポーツなど、非物質的なジャンルが多いと感じるのですが、その理由は費用面での参入障壁が低いからでしょう。でも私が関心を持っているのは、黒人が物質的な領域でどのような表現をしてきたかです。アートの世界はエリート主義的な表現空間ではありますが、私は誰もが毎日向かい合うものに興味を惹かれます。

子どもの頃は美術館に行くことはありませんでしたし、住んでいた地域の人たちは車をカスタマイズすることで自己表現をしていました。だから私の作品は、テキサス州ヒューストンの「スラブカルチャー」(ヒューストンの独特なカスタムカー文化)を参照したものが多いのです。たとえば、コンクリートの平板を使ったり、大きく突き出たワイヤースポークホイールで椅子を作ったりしています。

2022年には、《On Elbows》(*2)というパブリックアート作品をブルックリン橋のたもとに設置しました。コンクリートの上に精神分析時に使うような長椅子を置いたインスタレーションで、無意識が日常の何気ない決断に影響を与えていることを暗示しています。私の場合、人格形成に大きく影響したのはスラブカルチャーでした。


*2 「エルボー」とは、スラブカルチャーの大きな特徴の1つである大きく横に突き出たワイヤースポークホイールのこと。

《Chair xvi》には、2018年にポルトガルに移住してからの作風の変化がよく表れています。ここは田舎なので素材になる物をたくさん保管することができ、それで作品の幅が広がりました。アンティークショップや廃品置き場から集めてきたあれこれをスタジオに置いておいて、モノたちが何になりたいのか私に語りかけてくれるのを待ちます。この椅子の作品は2つの物体を合体させただけで、そこに足を溶接したものです。

私は、ポルトガルの歴史と、大西洋をまたいだ奴隷貿易でこの国が果たした役割についてよく考えます。ナイジェリア人の両親はテキサスに移住しました。そして今、自分がポルトガルに来て、この地の物質的な文化の中に歴史の断片を見出しているのです。

5. クオリシャ・ウッド

クオリシャ・ウッド《BUBBLE sofa》(2022) Photo: Mirra Studio

ルイ・ヴィトン創業者の生誕200周年を記念する巡回展のためにトランクを作った後、ロッシュ ボボアと組んでソファを作らないかというメールをもらい、「私が!?」と驚きました。

ソファというのは、安心感や慣れ親しんだ日常、自分の家族や友人たちを連想させるアイテムですし、私自身いつもソファの上で仕事をしています。そこで私は、自分のパソコンのデスクトップ画面を織り込んだ特注のジャガード生地でロッシュ ボボアの有名なバブルソファを包み、クリスタルのフリンジと宝石でデコレーションしました。このソファをデザインするうちに蘇ってきたのが、「ザ・シムズ」というゲームで夢の家を建てていたときの記憶です。自分が育った小さなアパートとはまったく違う豪華な家で、そこに置いたのが私にとって初めての高級家具でした。

完成したソファが家に届いた日のことは忘れられません。大雪が降ったのに加えて書類に不備があったので、配達員の人たちはなかなか帰ることができなかったのです。私がソファの包装を解いていると、彼らは「それを自分で作ったのかい? すごい!」と言ってくれました。それで気付かされたのが、家具のような身近な物を手がけることで、思いがけない人と会話ができるということです。私と同じように、アートを見る習慣がない環境で育った子どもや若い人たちにインスピレーションを与え、どんなことだってできるんだと彼らに知ってほしいと思います。

6. ファイカス・インターフェイス

ファイカス・インターフェイス《Pool Table》(2023) Photo: Courtesy Deli Gallery, New York and Mexico City

我われ(ライアン・ブッシュとラファエル・マルティネス・コーエン)は、8年前からファイカス・インターフェイスというユニット名で、主にテラゾー(*3)の作品を制作しています。テラゾーというのは通常は床に使われることが多い内装材ですが、我われのユニットはそれで絵を作っています。


*3 砕いた大理石や花崗岩などをセメントや樹脂などと混ぜて固め、表面を滑らかに削って仕上げた人造石。主に床材や洗面所、キッチンのカウンターなどに使われる。

常に試しているのは、テラゾーの素材に何が使えるかです。たとえば、香りの付いた作品《Sidewalk Panel》(2023)には、イタリアのフレグランスブランド、サンタ・マリア・ノヴェッラの特徴であるザクロの香りが染み込んだテラコッタの容器を用いています。また、ガラスの瓶やオリーブの種など、自分たちの暮らしから出るゴミを使ったこともあります。《Grandfather Clock》(2022)はテラゾーでできた時計ですが、針の部分に骨を使いました。時間の流れを連想させると思ったからです。

コミッションワークは大好きですが、アートとデザインの狭間で仕事をしている我われに、アイデアを提案するのをためらう人がいるんです。クリエイターとしてのエゴを踏みにじってはいけないと遠慮しているのかもしれません。でも、2人組で仕事をしている時点でそれほどエゴが強くないことが分かると思いますし、作品は対話を通してできあがっていくもので、そこにやりがいがあります。自分たちだけでは思いつかないようなクールなアイデアを、他の人からもらえるのはいいことです。

1月には、ロサンゼルスのイーサン・テート・ギャラリーで、初めてテラゾー以外の素材を使ったテーブルを見せる展覧会を開催しますが、今回使うのはガラスです。

7. ニコール・ケルビーニ

ニコール・ケルビーニ《Antiquities Bench, Circles》(2023) Photo: Courtesy September Gallery, Kinderhook, New York

私が最初に作った家具は、(ニューヨーク州サラトガ・スプリングスにある)タン・ティーチング・ミュージアムで展示するためのもので、そのとき考えたのは鑑賞者がどのように空間を体験し、私の彫刻を体験するだろうかということでした。また、自分の制作活動では常に機能と存在理由について考えていましたし、長い間、物を引用したアート作品を作ってきたので、いっそのこと実際に機能するものを作ってみたらどうだろうと考えたのです。コロナ禍が始まったばかりの頃で、物理的に存在するものがひどく恋しく感じられたのもあります。

私は長い間、アートと機能の接点ついて考えてきました。私が使う粘土という素材には、そうした問いが内在しているからです。とはいえ、機能と存在理由には大きな違いがあります。機能とは、その物が何をするかということであり、存在理由とは、何のためにそれをするのかということです。そして、私の仕事は存在理由に関わるものなのです。

私が椅子を好きなのは、それが人々に休息するよう促すところにあります。陶器の椅子のシリーズは、タフツ大学の展覧会用に制作しました。タフツ大学には、裕福な理事会メンバーから寄贈された古美術品のコレクションがあるのですが、どれも来歴の記録がないので、大学側はそれらの扱いに困っていました。その存在を世に知らしめるため、大学は法的な手続きを踏んだうえで何人かのアーティストを招き、コレクションを使って作品を作るよう依頼したのです。

私は陶器の椅子を作り、骨董の壺の模様をシルクスクリーンでその上に転写しました。この作品は座って鑑賞してもらうためのもので、ゆっくりと時間をかけて休息をとりながら、そこにある古美術品について理解し、それが大学にあることの意味を考えてほしいのです。鑑賞者には、自分自身もまた作品の歴史の一部であるのだと分かってもらえたらと思います。

8. グスタヴォ・バローゾ

グスタヴォ・バローゾ《Carrot Chaise》(2023) Photo: Aaron Maldonado

高価なブランドの服を着て、自分の外見にとても気をつかっている人の家に遊びに行くと、全然掃除していなくて散らかり放題だったりする。これはよくあることで、実は自分もそういうタイプなんです。どうしてこんな落差が生まれるのかと考えてみたのですが、今の時代、みんな40歳くらいまでルームメイトと一緒に住んでいるのが大きな理由の1つではないかと思います。つまり、居住空間にお金をかけていないのです。そこで、普通の子どもたちが親しみやすい家具を作ってみたらどうだろうと考えました。

VRで造形してフレームを切り出した椅子もありますが、全て自分のスタジオで作っています。大学を卒業したばかりの頃、椅子張り工場で安い賃金のアルバイトをしながら多くのことを学びました。《Carrot Chaise》は、お気に入りのラウンジチェアの1つでもあるル・コルビュジエの「LC4」のプロポーションを参考にしています。ロサンゼルスのブランド、キャロッツ・バイ・アンワーとのコラボレーション作品で、心地よさとイマジネーションの広がりを追求したシリーズの1つです。

このブランドの創設者でクリエイティブディレクターのアンワーは、ニンジンが彼にとって何を意味するのか、深く掘り下げて考えています。ニンジンは根菜なので、「あなたのルーツは?」という問いにつながるというわけです。彼はアフリカ系アメリカ人で、私はブラジルから来た白人の移民です。両親はアメリカに移住するときに持っていたものを全て売り払い、私にディズニーワールドに行くよと言いました。でも、それきり帰ることはありませんでした。つまり、自分にとってアメリカとの出会いはディズニーです。それもあって、オーランドチェアというミッキーマウスのような椅子も作りました。これは、私により多くの機会を与えようと力を尽くしてくれた両親へのオマージュなのです。(翻訳:野澤朋代)

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