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「九谷の開放的な環境が自由な創作を後押しする」──南絢子【KUTANIを未来に繋ぐ女性たち】

いま、九谷焼の中でも特に女性の若手作家の活躍が目覚ましい。そんな状況を代表する4人の作家たちに光を当てる、大丸松坂屋百貨店との連携企画「KUTANIを未来に繋ぐ女性たち」。身近な自然の風景と、自然にまつわる美しい日本語の表現を着想源に自分らしさを追求する南絢子のアトリエを訪ねた。

──工芸家を志されたきっかけについて教えてください。

我が家は代々九谷焼に従事していたわけではありません。父である南繁正の祖父は染付絵師でその叔父は上絵付絵師でしたが、父自身は洋食器のデザイナーを経て、独学で作陶活動に専念した人でした。そんな父に、18歳のときにやってみないかと言われたんです。それまで、父の跡を継ぐことが自分の選択肢であるとは考えてもいなかったので最初は迷いましたが、父の表現する瑞々しくクリアで、ただ淡いだけではなく独特の深みがある色が私にも出せるなら挑戦してみたい、そう思って陶芸家になることを決めました。

──お父様の表現と共通するものがありつつも、先生の作品の中に表現された透明感のある繊細な情景に魅了されます。

24歳のときに初めて公募展に出品したのですが、応募するには「自分の作品」を作らなければいけません。自分らしさとは何だろうと思い悩んでいたとき、父から「何を作りたいかを大切にしなさい」とアドバイスを受けました。そのときに浮かんだのが、雪景色の中に真っ赤な椿が咲いている光景であり、「雪衾」という言葉でした。以来、私の制作活動の着想源になっているのは、身近な自然の風景と、そんな自然の状態を表現する日本語ならではの美しい言い回しです。その二つが合致したときに、作品の世界観が浮かんでくるんです。

南の代表的な作品「夏立つころ」シリーズの茶碗。静謐な佇まいとしっとりと柔らかな植物の姿が南らしい作品。

──豊かな自然に囲まれたこの環境があってこそ、先生の作品が生まれているのは非常に説得力があります。

幼少期から外に出るのが好きで、遊びに行ったら帰ってこないような子どもでした。それが、ものづくりを重ねたからなのかわかりませんが、今、ますます日常が大事になっていることに気づきます。毎日見ている変わらないはずの風景や四季の移ろいの映り方や感じ方に変化があるのか、発見が尽きないんです。まるで庭が広がっていくような感覚。それが新しい題材となります。今、父が庭の一角に作った水辺の世話をしているのですが、そこで育つ植物やその生態系に興味があります。暖かくなるとカエルがどこからともなくやってき来て、寒くなるといつの間にかいなくなる……そんな自然の循環に触れることで出合うことのできる美しさに敏感でいたいと思っています。

──そうした自然のありようを表現する上で腐心されていることはありますか?

いつも、なるべく失敗したくないと思っているのですが、それを避けることはなかなか難しい。粘土の厚みや青白の濃さのバランスが保たれて初めて表現できる透明感や繊細さ、ふんわりとした質感を出すために、焼成の温度や釉薬の厚みに変化をつけるなど様々な工夫をおこなっていますが、天然原料を扱う以上、その質や状態にも左右されるためコントロールしようと思ってできるものでもないことが多いんです。失敗を乗り越えたと思ったら別の課題が出てきて、それをまた克服するという試行錯誤の連続で、これは今後もずっと向き合い続けることだと思います。

モチーフの輪郭を細筆で描いたあと、筆に水を含ませて少しずつぼかしていく。
こちらも「夏立つころ」シリーズの水指。蓋にはエレガントな曲線を描くヤマボウシがあしらわれている。

──自然のコントロールできなさが先生を制作に向かわせているとも感じます。

不甲斐なさはずっと感じているんです(笑)。自然を人為的にコントロールできるわけではないので、それが焼き物の難しさと面白さであるといえばそうかもしれません。

そうやって試行錯誤をしていく中で、想像を超えた美しい色に仕上ってくることもあるのが和絵具の面白さであり、感動を覚えます。そんなふうに自分の実力以上のものを見ると、もっと作りたいと思うんです。コントロールできない困難さと同時に、それを乗り越えるための様々な工夫の中から驚きに満ちた美しさに出合えるという経験に導かれて、今までやってこれたように思います。

庭の一角に父・繁正が作ったという「水辺の世話をするのが最近の楽しみ」。
孔雀石とも呼ばれるマラカイト。日本では「岩緑青」と呼ばれる岩絵具として古くから使用されてきた。

──どのような工程を経て一つの作品は出来上がるのでしょうか?

私は地元石川県で採掘される花坂陶石の磁土を使っていて、成形から素焼き、施釉を経て本焼成までに23カ月かかります。その後、加飾と焼成を繰り返し、4カ月から半年ほどで完成します。これら全ての工程を重ねることで生まれる発色や質感の変化を大切にしています。

──現在の九谷焼の世界ではたくさんの女性の作家の方々が活躍されていますが、ご自身の作品が女性性と紐づけて捉えられること、また、現在の九谷焼を取り巻く環境についてどう感じていらっしゃいますか?

父の作品が女性らしいと言われることも少なくなく、そういう意味では、人々が作品から感じ取る性差というのは当てにならないなと思います。ものづくりの世界でも、組織の中核を担うのが男性であるという点で、男社会と言える部分はあると思います。でも、私はこれまで人に恵まれてきたこともあって、そこに不自由さを感じたことはあまりありません。性別にかかわらず、型にはまらない多様な作り手がいるからこそその人らしさが際立ちますし、表現の多様さが受け入れられている九谷の開放的な風土と資源に恵まれた環境が、後進の方々の自由な制作活動を後押ししていると思います。

Photos: Kaori Nishida Text & Edit: Maya Nago 

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