インドのアート市場は需要旺盛。今年も大盛況のインディア・アート・フェアをレポート

2023年に人口が中国を抜いて世界一になり、経済の拡大も続いているインド。独自の文化を育んできたこの大国のアート市場とアーティストに、世界から熱い視線が注がれはじめている。インドのアートシーンの今を、ニューデリーで最近行われたアートフェアで取材した。

2月6日-9日に開催された2025年インディア・アート・フェアの会場風景。Photo: Courtesy India Art Fair
2月6日-9日に開催された2025年インディア・アート・フェアの会場風景。Photo: Courtesy India Art Fair

今年で16回目の開催となった、インド・ニューデリーのインディア・アート・フェア(IAF)は、昨年起きた大混雑の二の舞を避けるべく、2月6日午前11時から午後3時の「ウルトラVIPプレビュー枠」の招待者数を例年より減らす対応を取った。それでも、時計の針が3時を回った数分後には来場者が殺到し、会場は熱気に包まれ、インドがアート市場のハブとして成熟してきたことを感じさせた。普段はスモッグで覆われているニューデリーだが、この日は活発な取引を予感させる青空が広がっていた。

長らくインドのアート市場の旗手として君臨してきたIAFは、2024年9月、さらなる高みを目指すため、ムンバイに進出すると発表した。この決定は驚きをもって受け止められたが、直後の11月にライバルのアート・ムンバイが同地で開催したフェアが大成功を収め、主要ギャラリーがこぞって2025年度の同フェアへの参加を表明したことで、IAFはムンバイ進出を中止せざるを得なくなった(IAFはムンバイでのフェアをアート・ムンバイと同じ日程で開催する予定だった)。そんな経緯もあり、IAFは今回、地元ニューデリーでその実力を証明する必要があった。 

「私たちは、より強力なコレクター基盤をインドで構築し、市場の拡大を目指しています」

US版ARTnewsの取材にこう答えたのは、IAFの親会社であるアンガス・モンゴメリー・アーツのスコット・グレイCEOだ。同社はこの戦略の一環として、インド各地の都市におけるフェア展開を考えているという。ムンバイでの開催は当面見送られるかもしれないが、同社はニューデリーでのフェア終了後、中南部の都市ハイデラバードで立ち上げる新プログラムについて発表する予定だという。

アンガス・モンゴメリー・アーツは、シンガポール台北東京、シドニーなどで運営されるフェアへの出資者としてグローバルなネットワークを持つ。それがIAFの強みであり、「インターナショナルな顧客をデリーに呼び込める可能性は高い」とグレイは意気盛んだ。

デイヴィッド・ツヴィルナーのブース(2025年インディア・アート・フェア)。Photo: Courtesy India Art Fair
デイヴィッド・ツヴィルナーのブース(2025年インディア・アート・フェア)。Photo: Courtesy India Art Fair

インドのアート国際芸術祭や世界的美術館などでも注目

今年のIAFが大盛況だった理由の1つに、デイヴィッド・ツヴィルナーリッソン・ギャラリーのような世界的大手ギャラリーが戻ってきたことがある。リッソンのディレクター、エリー・ハリソン=リードいわく、13年ぶりにこのフェアに戻ってきたのは、オトボン・ンカンガやオルガ・デ・アマラルといった所属アーティストの作品が、ヴェネチア・ビエンナーレや各国の主要美術館で紹介されたことで、昨年は「インドの顧客との重要な接点が生まれ、彼らとの新たな対話が始まった」からだという。

デイヴィッド・ツヴィルナーのブースでは、初日にポーシャ・ズババヘラ、オスカー・ムリーリョ、ソーサ・ジョセフの絵画や、フマ・ババによる彫刻などが売れたが、その買い手の多くは現地のコレクターだった(中東のコレクターが例年より少なかったのは、シャルジャ・ビエンナーレの開幕と日程が重なったためだろう)。

世界7都市に拠点を置き、長年IAFに出展を続けているガレリア・コンティニュアは、今回インド人アーティストのスボード・グプタ、シルパ・グプタ、ニキル・チョプラの作品に加え、アルゼンチン出身でフランスを拠点とするジュリオ・ル・パルクによるオレンジ色のプレキシガラスの彫刻を展示した。同ギャラリーの共同設立者、マウリツィオ・リジーロの話では、この彫刻はインド人コレクターに34万ユーロ(直近の為替レートで約5400万円、以下同)で売れたという。

VIPプレビューには、US版ARTnewsのTOP 200 COLLECTORSにも選ばれているインドの代表的コレクター、キラン・ナダールの姿もあった。ニューデリーに自らの名を冠する美術館を設立したナダールは、デイヴィッド・ツヴィルナーとリッソン・ギャラリーのブースを訪れ、それぞれから作品を購入。さらに、インドのアートシーンのサポートも怠りなく、地元ギャラリーからも多数の作品を購入していた。

リッソン・ギャラリーのブース(2025年インディア・アート・フェア)。Photo: Courtesy India Art Fair
リッソン・ギャラリーのブース(2025年インディア・アート・フェア)。Photo: Courtesy India Art Fair

ニューヨークに拠点を置き、主に南アジアのアーティストや南アジアにルーツを持つアーティストを扱うアイコン・コンテンポラリーも、ナダールの旺盛な収集熱の恩恵を受けたギャラリーの1つだ。ナダールはここでアリス・ケトル、アビシェック・セン、タルール L.N.などの作品を購入。ギャラリーのパートナーであるプロジャル・ダッタによると、彼女は2019年にIAFに初出展して以来の顧客で、「大御所や中堅、そして新進作家まで、幅広い価格帯の作品を購入」している。

私設美術館の拡大を計画しているナダールは、インドのトップフェアに大手ギャラリーが戻ってきたのは、インド市場が現在最も急成長を遂げている市場の1つであることを反映していると言う。ナダールはまた、1941年に28歳で死去したインドのモダニスト、アムリタ・シェルギルが2024年のヴェネチア・ビエンナーレで紹介されて世界的に関心が高まっていることに触れ、「インドのアートは大きな進化を遂げています」と胸を張った。

「近代の作品だけではありません。アメリカではインドの現代アートに対する認知が爆発的に高まっています。これを主導しているのはニューヨーク近代美術館(MoMA)などの主要美術館ですが、この傾向は近年ますます強まっています」

ケモールド・プレスコット・ロードのブース(2025年インディア・アート・フェア)。Photo: Courtesy India Art Fair
ケモールド・プレスコット・ロードのブース(2025年インディア・アート・フェア)。Photo: Courtesy India Art Fair

コレクターの関心は近代アートから現代アートへとシフト

インドのアート市場において、高額取引の牽引役となっているのは、依然として近代に活躍した同国の巨匠たちだ。コルカタのアート・エクスポージャー・ギャラリーの創設者ソマク・ミトラは、「トップコレクターを惹きつけるには、近代の巨匠たちの作品も取り揃えておく必要があります」と語る。

一方、同ギャラリーは今回のIAFで、ブッダデヴ・ムカルジーのような若い現代アーティストたちに焦点を当てていた。ムカルジーの作品6点は合計4万4000ドル(約680万円)で売れ、うち3点はナダールが、1点は別のインド人コレクターが、残りの2点はアメリカを拠点とするコレクターが購入したという。また、現在80歳代のアーティスト、ジョゲン・チョードリーの作品はブースには展示されていなかったが、取材時には購入可能とのことだった。

近代アートを専門とする大手ギャラリーのDAG(旧デリー・アート・ギャラリー)は、40人の近代アート作家の作品が並ぶ大規模なブースを出展。その中には、M・F・フセインの作品もあったが、フセインに関しては、つい先日同ギャラリーに展示されていた絵がインドの裁判所に押収されるという事件が起きたばかりだ。この騒動の中、DAGのアシシュ・アナンドCEOは今後もこの作家を扱い続けると表明し、こう述べている。

「M・F・フセインは、ニューデリーの国立近代美術館や国際空港に作品が展示されている重要なアーティストです。彼は現在も、インドのモダニストの中で最も賞賛され、鑑賞され、収集されているアーティストの1人。2025年のインディア・アート・フェアによって、彼の人気は改めて証明されたはずです」

また、チェンナイ(旧マドラス)のギャラリー、アシュヴィタズは、1960年代に盛り上がった「マドラス・アート・ムーブメント」のアーティストたちの作品を展示。この運動の初期に活躍したD・P・ロイ・チョードリーの作品5点は、ムンバイ在住のコレクターに6万9000ドル(約1060万円)で売れている。

ヴァデーラ・ギャラリーのブース(2025年インディア・アート・フェア)。Photo: Courtesy India Art Fair
ヴァデーラ・ギャラリーのブース(2025年インディア・アート・フェア)。Photo: Courtesy India Art Fair

だが、インドの近代アートの価格があまりにも高騰しているため、若手コレクターの多くは、まだ世界的に知られておらず、値段も手頃な新進・中堅アーティストの作品に目を向け始めている。実際、そうした作家を扱うニューデリーのヴァデーラ・ギャラリーでは、初日に出品作の約9割に買い手が付き、スディール・パトワルダン、アトゥル・ドディヤ、シルパ・グプタ、ヴィヴァン・スンダラムらの作品が2500ドルから30万ドル(約39万円〜4600万円)の価格で売れた。

ニューデリーのギャラリー、ナチュール・モルトの創設者、ピーター・ナギはUS版ARTnewsにこう説明した。

「(先行世代に比べ)インドの若手コレクターたちがより主体的にアーティストを選び、熟考して作品を購入していることは間違いありません。20年前のように、ごく少数の有名作家を誰もが追いかけるような時代ではないのです」

ナチュール・モルトのほか、ケモールド・プレスコット・ロードやエクスペリメンターなどいくつかのギャラリーは、15人ほどの所属アーティストを紹介するブースを出していた。コレクターの嗜好が進化しつつある成長市場で、より大きなシェアを獲得するためだ。

コレクターの購買傾向の変化は、インドの2大アート拠点であるムンバイとニューデリー以外のギャラリーにも影響を与えている。インド西部の都市、アーメダバードに拠点を置くイラム・ギャラリーのハーシュ・シャーは、プロミティ・フセインとサンギータ・サンドラセガーのほか、ディナール・スルタナの大作がインドのコレクターに2万4000ドル(約370万円)で売れたと話していた。

ナチュール・モルトのブース(2025年インディア・アート・フェア)。Photo: Courtesy India Art Fair
ナチュール・モルトのブース(2025年インディア・アート・フェア)。Photo: Courtesy India Art Fair

インド人コレクターの間で海外作家への需要が高まる

昨年IAFは、他フェアとの差別化を図るためにデザインセクションを新設した。IAFのディレクター、ジャヤ・アソカンはこう語る。

「これが大成功を収め、一般の観客やコレクターから高く評価されました。今年さらに拡張されたこのセクションには、インドの伝統工芸に着想を得た作品を制作する11のデザインスタジオが参加しています」

ヨーロッパとアメリカに拠点を持つカーペンターズ・ワークショップ・ギャラリーは、初出展した昨年に引き続き今回もブースを出したが、初日にマーティン・バースの《セルフ・ポートレイト・クロック》がインドの著名コレクションに50万ドル(約7700万円)で売れたという。また、デザインセクションが伝統工芸に焦点を当てた今年、アシーシ・シャーがクンブメーラ(ヒンズー教の行事)とインドジュエリーの要素を取り入れ、鏡を用いて制作した作品も展示された。これは限定8点のうち、2点に買い手が付いたという。

スタジオ・ロー・マテリアルのブース(2025年インディア・アート・フェア)。Photo: Courtesy India Art Fair
スタジオ・ロー・マテリアルのブース(2025年インディア・アート・フェア)。Photo: Courtesy India Art Fair

インドの著名コレクターたちをクライアントに持つアートアドバイザーのアメイヤ・ディアスは、インド市場の状況をこう分析する。

「この市場は現在、成長と開拓の段階にあるため、新進アーティストや中堅アーティストの作品に関してはまだ買い手市場だと言えます。一方、成功したアーティストに関しては、インド国内だけでなく国際的な美術館からの関心も高まっているので、作品価格は着実に上昇しています」

最近のもう1つの傾向に、インドのコレクターたちの間で海外作家の作品に対する需要が高まっていることがある。これがデイヴィッド・ツヴィルナーとリッソン・ギャラリーがIAFに戻ってきた最大の理由だろう。両者の存在は、外国の作品への「アクセスを容易にし、市場に活気を与えている」とディアスは強調した。(翻訳:野澤朋代)

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