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患者に摘出した臓器の写真コラージュ作品をプレゼントしていた、奇妙な外科医アーティストの展覧会

インド系アメリカ人の外科医、K・C・ジョセフは、15年にわたり患者の臓器の写真を使ったシュールなアートを制作。現在、その一部がニューヨークのソロウェイ・ギャラリーで公開されている。

《Stephen(スティーブン)》(制作年不詳) Courtesy Soloway

手術が終わって目覚めると、執刀医から摘出されたばかりの胆嚢の写真を手渡される。胆嚢はトマトの上に置かれ、ペリカンに食べられようとしている。そして、患者である自分の名前が装飾文字で手書きされている。なぜならこれは記念のプレゼントだからだ。

ペンシルベニア州セントメリーズでは、こんな体験をした患者が大勢いる。

ジョセフ医師の娘で、ソロウェイ・ギャラリーの展覧会を企画したアーティストのメリッサ・ジョセフはこう語る。「2010年のことでした。父は作品が入った箱を差し出し、『私を有名なアーティストにしてほしい』と言ったんです。でも、気味が悪いと思って10年間ベッドの下に放置してしまった」

当時、メリッサはまだアーティストになっていなかった。その後、自分がクリエイティブな仕事をするようになったことで、父の作品を理解し、評価できるようになったという。

「父をアウトサイダー・アーティスト(*1)として見るようになり、制作活動に真摯に取り組んでいたんだと認識を改めたんです」

*1 正規の美術教育を受けていない、独学で作品を制作するアーティスト

ジョセフは2015年に60代後半で亡くなった。「生前、もっといろいろなことを父に聞いておけばよかったと、いま本当に後悔しています」

彼は手術の前に毎回、丁寧な装飾文字でカードに患者の名前を書く。そして、待合室に置いてある雑誌の切り抜きを使って、シンプルで、たいていはコミカルな背景を作る。雑誌を使うようになる前は、風景画を手描きしていた。

そして、摘出した胆嚢や時には胆石を背景の中のちょうどいい位置に置き、手術に使った内視鏡で写真を撮る。患者が手術台から降りる頃には、ジョセフは記念として家に持ち帰れるよう作品を完成させていた。

彼は街で唯一の非白人だったが、こんなことをするべきではないという考えはいっさい持たなかったらしい。

メリッサは、「小さな街で、みんなが個性的だった」と、父の患者たちが奇妙な贈り物を気軽に受け取ってくれたことを説明する。「父は、自分がみんなに愛されていると言っていました。でも私は、本当にそうなのか不安だった。その後、展覧会が開催されると、作品に愛着があると言ってくれる人が現れ、中には額装してくれていた人もいます。ただ、展覧会が開かれるまで、手術痕を見せてくれる人はいても、写真のことに触れる人はいなかったですね」

ジョセフは絵も描いたが、芸術家志望ではなかった。1947年、インドのケーララ州でカトリックの家庭に生まれた彼は、72年に米国に移住。外科医としての仕事にやりがいを感じていたという。

展示風景 Soloway

ジョセフの作品には、今となっては答えの見つからない疑問がいくつもある。彼はいつから、なぜ作品を作り始めたのか? 雑誌の切り抜きを使うようになったきっかけは何だったのか? 作品のインスピレーションは患者から得たのか? この作品をプレゼントされた患者たちは、実際どのような反応を示したのだろうか?

最大の疑問は、比較的若くして亡くなった彼が、もしまだ生きていたらどんな作品を作ったかということだ。これは難問だが、ジョセフには叶わなかった願望もあったので、それが作品に影響したかもしれない。メリッサはこう言った。「父が本当になりたかったのは(美容手術などを手掛ける)形成外科医だったけれど、結局その道に進むことはできませんでした」(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年5月24日に掲載されました。元記事はこちら

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