悲嘆と希望──壊滅的な山火事から1年、2026年フリーズ・ロサンゼルスが開幕

2026年のフリーズ・ロサンゼルスが開幕した。甚大な損害をもたらした昨年初めの大規模な山火事から1年、ロサンゼルスのアートシーンの苦境と新しい世代の台頭を、今年のフリーズ出展作品とともにレポートする。

エド・ルシェ《Heaven(ヘブン)》(1988)。Photo: ©Ed Ruscha/Photo Josh White/Courtesy the artist and Gagosian
エド・ルシェ《Heaven(ヘブン)》(1988)。Photo: ©Ed Ruscha/Photo Josh White/Courtesy the artist and Gagosian

アート市場を支える柱の1つであるアートフェアフリーズ・ロサンゼルス 2026が開幕した(3月1日まで)。ロサンゼルス市で1万6000棟以上の家屋が焼失した山火事から1年を迎えたタイミングだ。

「街全体が燃えてしまうのではないかと思った瞬間もありました」

US版ARTnewsの電話インタビューにそう答えたのは、生まれも育ちもロサンゼルスで、2024年に自らの名前を冠したギャラリーをサンタモニカにオープンしたミーガン・マルルーニーだ。

ニューヨークとロサンゼルスを行き来しているアートアドバイザー、アイリーン・パパネストールは、「私のクライアントだけでも、自宅がコレクションとともに全焼したという人が2人いました。大変な損失です」と話す。また、ロサンゼルスのあるベテランディーラーによると、「地元の人間が不安になるくらい街は力を失っている」という。

ロサンゼルスのウィルシャー大通りとニューヨークのトライベッカ地区にギャラリーを構えるアナト・エブジは、「山火事は本当にいろいろな意味でトラウマになりました。みんなが意識しているかどうかは分かりませんが、ロサンゼルスは深刻な不景気に陥り、ようやくそこから抜け出そうとしているところです」と説明し、今のロサンゼルスに漂う雰囲気をこう言った。

「悲しみと希望が入り混じった状態です」

山火事に加え、8カ月前には移民税関捜査局(ICE)による不法移民一斉取り締まりへの抗議活動で、ロサンゼルスは騒然となった。警察の強制捜査や、トランプ大統領による2000人の州兵投入は歴史的な事態として報じられたが、その中には「誰が法の外にいるのか」で始まるバーバラ・クルーガーの壁画、《無題(質問)》の前に州兵が立つ象徴的なシーンもあった。

フェイス・ワイルディング《Symphonies of the Flesh》(1977) Photo: Courtesy the artist and Anat Ebgi, Los Angeles / New York. Photo: Mason Kuehler
フェイス・ワイルディング《Symphonies of the Flesh》(1977) Photo: Courtesy the artist and Anat Ebgi, Los Angeles / New York. Photo: Mason Kuehler

災害、暴動、不況のトリプルパンチ

山火事やICEへの抗議で生じたダメージと並行して、ロサンゼルス経済の牽引役であるエンタテインメント産業では雇用削減が深刻化していた。エンタメ業界メディア大手のDEADLINE(デッドライン)が報じたように、最近数カ月だけでもネットフリックスアマゾン、パラマウントなどでリストラが続いている。それ以前にも、ハリウッドでは2回の大規模ストライキが行われ、コロナ禍では制作の海外移転が進んだ。さらに最近は、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーの一部事業がネットフリックスに買収される可能性も取り沙汰されていた。

アート市場関係者はこの状況について、これまでギャラリーアーティストを支えてきたプロデューサー、脚本家、監督や映画関連業界の人々が、自分たちの立場に不安を感じているようだと指摘する。

ロサンゼルスのアート業界も経済全体の低迷と無縁ではいられず、縮小の動きが相次いだ。2025年にはティム・ブラムが、ロサンゼルス、東京、ニューヨークに拠点を置くギャラリーの30年の歴史に幕を閉じ、ニューヨークのターニャ・ボナクダーは7年間続いたロサンゼルスのギャラリーを閉鎖。同じくニューヨークを拠点とするショーン・ケリーは、2022年にオープンしたロサンゼルスのギャラリーの運営を予約制に変更している。

「ロサンゼルスは時間がかかります」とエブジは言う。彼女をはじめ同地の市場関係者たちは、他の都市から進出しているギャラリーにとってロサンゼルスはあくまでも前哨基地に過ぎず、この街独自のカルチャーシーンにコミットしていないと捉えている。それを裏付けるように、ボナクダーとケリーが撤退する以前の2023年から2024年にかけ、少なくとも10軒のギャラリーが閉鎖または事業縮小したことを当時アートネット・ニュースが報じていた。

一方、ナイト・ギャラリーの創設者であるダヴィダ・ネメロフは、火災による被害があまりにも甚大で、慈善家も一般市民も多方面から支援を求められているため、アートコレクションへの意欲が削がれているのではないかと指摘する。

ロサンゼルスに広がる新世代の息吹

とはいえ、悲観的なニュースばかりではない。閉鎖や規模縮小の一方、ここ数年、ロサンゼルスでは数多くのギャラリーやアーティスト・ラン・スペースが新設されており、地元民ですら全容を把握しきれないという。その一部を挙げると、Fernberger(ファーンバーガー)、Gattopardo(ガットパルド)、Gene’s Dispensary(ジーンズ・ディスペンサリー)、Giovanni’s Room(ジョバンニズ・ルーム)、La Loma(ラ・ロマ)、Nonaka-Hill(ノナカ・ヒル)、Sea View(シー・ビュー)、Soldes(ソルデ)、Timeshare(タイムシェア)などだ。

16年前にロサンゼルスにギャラリーをオープンしたネメロフは、「LAのクールなところは、どこが一番シックなギャラリーになるのか予想がつかないところ」だという。

前出のマルルーニーは、「新しい世代の息吹が感じられます」と話す。新進気鋭のギャラリーには、従来とは異なるコラボレーションベースの運営をしている女性オーナーが少なくない。マルルーニー自身も、ファッションデザイナーのマーファ・スタンスとフリーズウィークのオープニングディナーでタッグを組んだ。マルルーニーは、スタンスのアイテムはそれ自体がアート作品だと評価している。また、新進ギャラリーのラ・ロマは地元の有力ディーラー、スザンヌ・ヴィールメッターとのコラボレーションによる展覧会を開催し、シー・ビューはセバスチャン・グラッドストーン・ギャラリーと共同でパーティーを企画した。

ロサンゼルスの美術館に対する期待も高まっている。その筆頭は、ロサンゼルス・カウンティ美術館で5月に一般公開が始まるピーター・ズントー設計の新本館だ。ザ・ブリックとゲフィン現代美術館(ロサンゼルス現代美術館分館)で共同開催中の「モニュメンツ(Monuments)」展は、撤去された南軍記念碑をカラ・ウォーカーなど現代アートのスターたちの作品と並べて展示し、全米で評判になった。さらに、ザ・ブロードのロバート・セリエン展の巨大化した家具や日用品の作品も、SNSで大きな話題を呼んでいる。

初参加や新進ギャラリーのデビューにも注目

ボブ・トンプソン《The Circus》(1963) Photo: Michael Rosenfeld Gallery
ボブ・トンプソン《The Circus》(1963) Photo: Michael Rosenfeld Gallery

こうした状況を見てくると、世界24カ国から100あまりのギャラリーが集結した今年のフリーズ・ロサンゼルスには、これまでとは違う感慨を覚える。サンタモニカ空港を会場に2月26日から3月1日まで開催中のフェアでは、ファーンバーガーやシー・ビューなどの新しい注目ギャラリーがデビューし、ほかにも15のギャラリーが初参加している。

ハリウッド・ルーズベルト・ホテルでは8回目を迎えるサテライトフェア「フェリックス」が開催され、ロサンゼルスのディーラー、クリス・シャープはサンタモニカ郵便局を会場に第2回の「ポスト・フェア」を主催。また、9軒のニューヨークのギャラリーがエコー・パークでの第1回「エンゾ」に臨んだ。

フリーズ・ロサンゼルスでは、多くのギャラリーがロサンゼルスゆかりのアーティストの作品を出展する。今年もガゴシアンではクリス・バーデンフランク・ゲーリーエド・ルシェ、メアリー・ウェザーフォードなどを、スプルース・マーガスでは会場のあるサンタモニカのヒーロー、ジョン・バルデッサリとその教え子たちの作品を目にすることができた。ペース・ギャラリーもメアリー・コース、デイヴィッド・ホックニージェームズ・タレルの作品を揃え、カルマは南カリフォルニアのライト&スペース・ムーブメントに参加したカナダ生まれのノーマン・ザミットに焦点を当てた展示を行っている。

高額作品で挑むメガギャラリー

アレックス・カッツ《Jamian 7》(2026) Photo: Evan John, ©Alex Katz / Artists Rights Society (ARS), NY. Courtesy of the artist and Gladstone
アレックス・カッツ《Jamian 7》(2026) Photo: Evan John, ©Alex Katz / Artists Rights Society (ARS), NY. Courtesy of the artist and Gladstone

昨年はフリーズ・ロサンゼルスの開幕直前に大規模な山火事が発生し、その開催が危ぶまれた。しかし、グラッドストーン、マイケル・ローゼンフェルド、デイヴィッド・ツヴィルナーといった大手ギャラリーでは、VIPプレビューだけで販売額が100万ドル(約1億5500万円)を超えた。フェア開催には賛否両方の声が上がっていたが、決行した背景にはフェアが地域社会への支援になるというコンセンサスがあった。今回もトップギャラリーには、100万ドル以上、あるいはそれに近い価格の作品がいくつも並んでいる。

ニューヨーク、ブリュッセルソウルに拠点を置くグラッドストーンは、アレックス・カッツによる高さ約213cmの《Jamian 7(ジャミアン7)》(2026)を出品。これは、アーティストであり、ギャラリストとしても活動していたジャミアン・ジュリアーノ=ヴィラーニの肖像画だが、ニューヨーカー誌の最近の記事によると、ジャミアンは現在アート制作を休止し、職探しをしているという。

ニューヨークのマイケル・ローゼンフェルド・ギャラリーは、ベニー・アンドリュースからウィリアム・T・ウィリアムズまで、20世紀アメリカ美術における音楽とアートの交わりをテーマとした幅広いセレクションでブースを構成。また、ロマーレ・ベアデン、サム・ギリアム、ボブ・トンプソン、チャールズ・ホワイトなどの品揃えの中には、100万ドルを超える作品が8点含まれている。

世界中に拠点を置くメガギャラリーでは、ガゴシアンがフランク・ゲーリー、エド・ルシェ、ウェイン・ティーボーの作品を数十万ドルから100万ドルを超える価格帯で出品。ペース・ギャラリーはジェームズ・タレルのインスタレーション《Carat and Schtik(カラットとシュティック)》(2021)を出展した。この作品は、空間と色彩の感覚的知覚を探求する「Glassworks(グラスワークス)」シリーズの未公開作品で、価格は95万ドル(約1億4700万円)。

若手コレクターの台頭にも期待

ジェームズ・タレル《Carat and Schtik》(2021)。Photo: ©James Turrell, courtesy Pace Gallery
ジェームズ・タレル《Carat and Schtik》(2021)。Photo: ©James Turrell, courtesy Pace Gallery

不況感が漂うロサンゼルスで100万ドル以上の作品が全て売れるかどうかは分からないが、マルルーニーはミレニアル世代やZ世代の若いコレクターの台頭に期待を寄せている。そうした若手の中には不動産や金融業界のコレクターもいるので、エンタテインメント分野の低迷による打撃が緩和されるかもしれないというのが彼女の見方だ。一方、ナイト・ギャラリーのネメロフはこう語った。

「確かに、少なからぬギャラリーが閉業しましたし、ロサンゼルスは自分たちに合わないと判断を下した関係者もいました。けれども、ここには非常に強力なアーティストコミュニティがあります。彼らはここにとどまって、作品を作り続けているのです」

エブジが言うように、悪いニュースが続く中でも「人々がアートを強く求める気持ちはしぼんでいない」のだ。(翻訳:清水玲奈)

from ARTnews

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