オースティン・バトラー主演の映画『ザ・バイクライダーズ』でダニー・ライアンの名作写真が甦る

1960年代〜70年代にアメリカ中西部のバイカー集団の日常を捉えたダニー・ライアンのドキュメンタリー写真にインスピレーションを得た映画、『The Bikeriders(原題)』がオースティン・バトラー主演で公開された(日本では今秋公開予定)。監督のジェフ・ニコルズは、ライアンの伝説的写真集の世界観を映画でどう描いたのだろうか。

映画『The Bikeriders』で主演を務めるオースティン・バトラーと写真家のダニー・ライアン。Photo: Eric Charbonneau/Getty Images for Focus Features

ダニー・ライアンの伝説的写真集に着想を得た映画が公開

写真家のダニー・ライアンが1966年に撮影した《Crossing the Ohio River, Louisville(オハイオ川を渡る、ルイビル)》は、いつまでも記憶に残る名作だ。そこに写っているのは、バイクで橋を渡る1人の男。なぜか前を向かず、後ろを振り返って画面の外の何かを見ている彼の髪は、風で逆立っている。撮影者のライアンも同じスピードで移動しながらシャッターを切っているため、道路はブレている。

この写真は、細部に至るまで全てが大胆で刺激的に感じられる。そして、ライダーの革ジャンにプリントされた「OUTLAWS(無法者たち)」という文字が、さらにワイルドさを強調している。しかし、遠くのほうに見える別の橋以外に、この男の周囲には何もない。彼は世界から切り離され、自らが作り出した孤独の中にいる。彼の大胆な振る舞いを目撃する者は誰もいないのだ。

2016年にホイットニー美術館回顧展が開催されたライアンは、1968年に伝説的な写真集『The Bikeriders(ザ・バイクライダーズ)』を発表。そこに収録されているこの場面が、6月下旬にアメリカで劇場公開が始まった映画の中で再現された。写真集と同じタイトルが付けられた映画の主演俳優は、『エルヴィス』や『デューン 砂の惑星 PART2』などで知られるオースティン・バトラー。アメリカ中西部のバイカー集団の日常を捉えた写真集でライアンが実際に撮影した人々も、何人かこの映画に登場している。

ライアンの世界観や写真家としての姿勢をリスペクト

監督と脚本を兼任したジェフ・ニコルズの『ザ・バイクライダーズ』は、フィクションではあるがライアンの写真の世界観に忠実で、社会からはみ出すことを自ら選んだ男たちの生き方と、男性性の概念に振り回される彼らの苦悩に迫っている。ちなみに、ライアンの写真集に登場するバイカーたちのグループ名は「アウトローズ」で、最終的にはライアンもメンバーに数えられていた。ニコルズ監督は、この映画がフィクションだと分かるようにグループ名を「ヴァンダルズ」に変えたと語っている。

映画には、若かりし日のライアンが登場人物の1人としてさまざまな場面に出てくる。ライアン役は2021年にリメイクされた『ウエスト・サイド・ストーリー』や今年公開の『チャレンジャーズ』での演技が高く評価されたマイク・ファイスト。映画の中のライアンは、バイカー集団ヴァンダルズのメンバーたちとビールを飲んだり、バイクに乗ったりしたりしながら、彼らの写真を撮影している。

しかし、ライアンがスクリーンに映る時間の大部分を占めるのは、キャシー・バウアーという女性をインタビューしている場面だ。ジョディ・カマーが演じるこの女性は実在の人物で、ライアンの写真集にも登場する。彼女はベニー(オースティン・バトラー)との結婚生活や、彼がヴァンダルズのメンバーであることが結婚生活に与えるインパクトについて語る。2人のシーンでは主にキャシーが話し、それに耳を傾けるライアンは、10年近くにわたって彼女の言葉を粘り強く記録していくことになる。

ニコルズ監督がライアンのアプローチを的確に理解していることは、これらのシーンからも明らかだ。ライアンは撮影対象となる人々と長期的な関係を結ぶことを何よりも優先させていたが、大抵のドキュメンタリー写真家は被写体の人生の一コマを切り取るだけで、彼らとの距離を縮めることはない。そのライアンに扮したファイストは、過度に存在感をアピールすることなく、荒くれ者たちの中に溶け込む優しく屈託のない人物を好演。ニコルズの脚本も同様に、ライアンをあくまで脇役として描いている。

映画『ザ・バイクライダーズ』には、ライアンの写真を再現したシーンがいくつも出てくる。Photo: Courtesy Focus Features

「写真集に登場する人物たちに魅了された」

物語は、トム・ハーディ、マイケル・シャノン、カール・グルスマン、ノーマン・リーダスなどが演じる荒くれ者たちを中心に展開する。しかし、最も存在感が大きいのはキャシーで、それが写真集と大きく異なるところだ。ライアンはキャシーとかなりの時間を一緒に過ごし、何度もインタビューをしている。しかし写真集には、彼女が大きく髪を膨らませた流行のヘアスタイルで鏡の前にいるのを捉えた1枚しか収録されていない。一方、映画はキャシーが主人公だと言ってもいいほどで、彼女のナレーションで物語が進行する。

この映画は、単に作品として提示された写真そのものだけではなく、ライアンの写真家としてのあり方を讃えている。なぜなら、写真は、ライアンと被写体となった人々との対話の産物でもあるからだ。人物造形を主体にこの映画を制作したニコルズ自身も、グローブ・アンド・メール紙のインタビューで次のように述懐している。

「正直に言えば、現代のバイカーカルチャーには特に関心はありません。ダニーの写真集に出てくる人物たちが私を惹きつけたのです」

(翻訳:野澤朋代)

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