成功を収めた2025年のフリーズ・ロサンゼルス、開催前には賛否の声。関係者たちそれぞれの想い
フリーズ・ロサンゼルスが2月23日まで開催された。1月7日から3週間あまりにわたって猛威を振るった山火事のため開催を危ぶむ声も多かったが、フリーズはフェアを決行。しかし、その判断については賛否が分かれている。コレクターやアートディーラーのさまざまな声を取材した。

「予定通りフェアを開催するとフリーズからメールが来た時は驚いたし、少しショックでした」
あるVIP招待客はフリーズ・ロサンゼルスが開幕する数週間前、酒の席で私にそう言った。
「あんな火事の後、飛行機で遠征してホテルを取って、タクシーであちこち移動するなんて。気候変動と関係がないとは言えませんし、何か気が引けませんか?」
1月中旬、ロサンゼルス各地で山火事が街を破壊し続ける中、フリーズはVIP招待客に向けてメールを送信。そこには、2月20日〜23日に予定されているフェアを決行すると記されていた。だが、ニューヨーク在住のコレクターやアート関係者の多くは、そんなことが本当に可能なのかと信じ難い思いを抱いていた。山火事の写真や映像を見る限り、ロサンゼルスの焼け野原は未来のディストピアのようで、高額なアート作品を買うために訪れる陽光きらめく地には程遠かったからだ。
ロサンゼルスに向かうにあたり、いろんな人から現地情報やアドバイスをもらった。「空気の質がひどいだろうからマスクを持参するように」「水は飲まない方がいい。地面に溶けたバイクで汚染されているから」「高速道路はまだ開通していないらしいよ」
ニューヨーク・タイムズ紙によると、1月末までにパシフィック・パリセーズ地区とイートン地区の火災で合わせて約150平方キロメートルが消失し、1500棟以上の建造物が被害に遭い、29人が死亡したという。
「フェア開催は地域社会の回復を支える力になる」
VIP顧客に向けたメールの中でフリーズは、ロサンゼルスのフェアが「創造性や人と人とのつながり、困難を乗り越える力を与える場として重要な役割を果たしてきた」とし、今回のフェアは「コミュニティが必要としているときに、その回復を支える力となる」と強調。その上で、「慎重に検討し、ギャラリーやパートナー、そして市内の全てのステークホルダーと広範な対話を重ねた上で」この決定に至ったと述べている。
フェアは地域社会への支援になるという考えに、ロサンゼルスのアート界は同意した。それどころか、決行に動揺している東海岸の人々の受け止め方がむしろ疑問であり、思慮が浅いと考える向きもあったようだ。
東京にも拠点を持つギャラリー、BLUM(旧BLUM & POE)の共同創設者で、ロサンゼルスのアートシーンで長年活躍してきたティム・ブラムは、US版ARTnewsの取材にこう答えた。
「今回の火災で直接大きな被害を受けたアーティストやアート関係者は大勢います。でも、彼らは皆こう言うでしょう。『この街はこれを必要としている。ここは危険じゃないし、外から人が来ても地元の迷惑にはならない』と」
実際、すでにさまざまな活動が火災後のロサンゼルスで始まっているとブラムは話す。たとえば、ハマー美術館ではジャズミュージシャン、アリス・コルトレーンの展覧会が2月9日に開幕した。長く待ち望まれていたこの企画展では、コルトレーンのアーカイブ資料と彼女にインスパイアされた現代アーティストたちの作品が展示されている。また、グラミー賞授賞式や慈善コンサート、NBAの地元チーム、ロサンゼルス・レイカーズの試合も予定通り行われている。
「人々は街に戻っていますし、さまざまな活動が再開しています。ロサンゼルスに来ることで、この地域全般、そして特にアート界を勇気づけることができるのです」

大規模な自然災害直後のフェア開催は妥当?
しかし、ブラムが期待する来場者のエネルギーが、どの程度フェアの成功につながるか、アメリカ国内、そして海外のコレクターたちの間では逡巡する声も聞かれた。
ヨーロッパとアジアにギャラリーを展開するアートディーラーから聞いた話では、アメリカ中西部のコレクター数人が今回のフリーズ・ロサンゼルス行きを取りやめたという。「人は悪いニュースを聞くと過剰反応してしまう傾向がある」とそのディーラーは付け加えた。また、ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーが主催するアートパトロンのツアーもキャンセルされた。これについて美術館の広報担当者にコメントを求めたが、回答を得られなかった。
別のディーラーによると、いくつものフェアとオークションを渡り歩いた昨年の疲れを引きずっているコレクターの中には、東海岸のフェアに比べて重要度で劣るとされることもあるこのフェアを見送る口実として、火事に言及するケースもあったという。さらに、複数のディーラーが裏話として、誰も今回のフェアで大きな売り上げを期待していなかったと語っている。
ニュースレター「グレイ・マーケット」の発行者であるティム・シュナイダーは、フェアを決行するというフリーズの判断について「賛否が分かれる」と書いた。それを受けて、読者からも厳しいコメントが寄せられた。キュレーターで批評家のビアンカ・ボヴァは、フリーズの決定は「主催者を信頼して出展料を支払った」ディーラーたちに、儲かる見込みがないのに「参加に伴う諸費用を負担」させ、「失敗するように仕向けているように感じる」とまで書いている。
また、@boughtinatauctionというインスタグラムのアカウント名を持つ人物は、フェア開催をめぐる環境的・社会的倫理性について次のように問題提起していた。
「大規模な自然災害の直後に、ラグジュアリー色が強く人目を引くイベントを決行することが、文化的短略と受け止められないかどうか考えてみる必要がある」
だが、US版ARTnewsが取材したアートディーラーの多くが、こうした主張は芝居がかっていて気恥ずかしいと言った。
「言いたいことはわかります。でもそう思うなら、飛行機を使ってマイアミやヨーロッパに行くのもやめたらいかがでしょう。気候変動はロサンゼルスだけで起きているわけではないのですから」
空気清浄機の販売や大気汚染のモニタリングを行っているIQAirのサイトを見ると、フェア開催期間中のロサンゼルスの汚染レベルはニューヨークより6ポイント高いだけで、どちらの大気質の平均値も「良い」のレベルに収まっている。ただ、フリーズ・ロサンゼルス初日の20日だけは、ロサンゼルスの空気は時間帯によって「中程度の汚染」レベルになっていた。

フェアの費用対効果や環境面への配慮も問題に
ニューヨークのディーラー、アレクサンダー・グレイは、ロサンゼルスを支援するためにもフェアに行くべきだという考えだ。彼は顧客に向けた手紙の中で、ロサンゼルスに行こうと呼びかけた。
「なすすべもなく、無力感に陥っている方たちも多いと思います。私たちにできることは、現地に行くことではないでしょうか」
彼の見解はブラムと同じだ。市内には訪問者が泊まれるホテルも十分にあり、人々はフェアに行くことでアート分野に限らず、広範な分野で地元経済に貢献できるというのが、グレイの考えだ。また、地元コレクターのほとんどは保険金を受け取っており、その多くが火事で失われたコレクションを補うため、新たな作品を手に入れたがっているという。その点もブラムの見方と共通している。
2019年の初回からフリーズ・ロサンゼルスに出展しているグレイは、US版ARTnewsの電話取材でこう語った。
「私たちがアートフェアに参加する大きな理由の1つは関係性の構築です。それを忘れてはいけません。取引が人間関係につながることもありますが、人間関係が取引につながることのほうが多いのです。『関係性を育てる』というフェアの側面がこれほど重要となる局面はないでしょう。今こそ、人々が集まることで生まれる力が必要とされていると思います」
だが、このような方法で関係を構築するには大きなコストがかかる。年間を通しての運営資金をフェアの売上に頼っているギャラリーにとっては特にそうだ。ソウルのギャラリー・ヒュンダイ、サンフランシスコとニューヨークに拠点を置くジェンキンス・ジョンソン・ギャラリー、メキシコシティのOMR、ロサンゼルスに本拠地があり、ソウルとダラスにも展示スペースがあるヴァリアス・スモール・ファイアーズなど、1月時点で公式出展者リストに名を連ねていたギャラリーのうち、少なくとも8軒は参加を見送ったようだ(これらのギャラリーにコメントを求めたが回答は得られていない)。

不参加を決めたギャラリーのうち、2月18日からロサンゼルスの拠点でマーク・ヤンの展覧会を開催しているヴァリアス・スモール・ファイアーズは、不参加の理由を公表している。1月23日付けで一斉送信されたメールで同ギャラリーは、「二酸化炭素排出量を劇的に削減する」ため、2025年はフェアに一切出展しないとし、こう説明した。
「テクノロジーを賢く使い、輸送や移動に関して戦略的なアプローチを取ることで、アーティストをサポートし、世界中のアートコミュニティに彼らの作品を紹介しながら、二酸化炭素排出量を劇的に削減することができると固く信じています」
ヨーロッパの大手ディーラー、タデウス・ロパックにも今回のロサンゼルス行きについての考えを尋ねたところ、現実主義を交えた心境を語ってくれた。
「もちろん、行くのをやめようかと思った瞬間もありました。しかし、私たちは開催が決まれば必ず行くと言ってきました。アートコミュニティが私たちの参加を望んでいるのであれば、行くと決めていたのです。どんな結果になるか分からないにせよ」
こうした不確実性は、ある意味メリットだと考えることもできる。アートフェアは時に苦痛なほど単調になりがちなので、サプライズの要素はいい刺激になる。
フリーズ・ロサンゼルスとハリウッド・ルーズベルト・ホテルで開催されたフェリックス・アートフェア(Felix Art Fair:会期2月19日〜23日)の両方に参加したロサンゼルスのディーラー、カーリー・パッカーは、開催前、今回のフリーズは特別な雰囲気になる、少なくともいつもと違う展開が期待できるのではないかと話していた。
「私たちが生きている時代はますます奇妙なものになってきています。こうした奇妙な時代には面白いことが起こるものです。人々は新しいアイデアに対してよりオープンになり、『こうあるべき』だという前提や思い込みもなくなります。今は西部開拓時代のような何でもありの雰囲気が漂っているので、それを活かすべきだと思います」(翻訳:野澤朋代)
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