トランプ関税でアート市場に暗雲? 投資対象に変化、中小ギャラリーの収益性が大幅低下の可能性

ドナルド・トランプが関税政策を打ち出したことで世界各国の企業に影響が及んでいるなか、アート業界も同様に、顧客離れと運営コスト増による打撃を受けることが予測されている。

2024年のアート・バーゼル香港の様子。Photo: Courtesy of Art Basel
2024年のアート・バーゼル香港の様子。Photo: Courtesy of Art Basel

2025年が始まって間もないが、アート業界にとってすでに厳しい年となっている。売上の減少と市場の分断化、ロサンゼルスで起きた大規模火災、ガザ地区とウクライナで続いている戦争といった混乱に加えて、ドナルド・トランプが再び大統領に就任したことで事態はさらに複雑化している。

とくに、2月20日から始まるフリーズ・ロサンゼルスや3月のアート・バーゼル香港など、アートフェアが本格的に始まるこの時期において、関係者らは、アメリカと複数の国々が打ち出した関税と対抗関税の影響を懸念している。関税措置が導入されることでどういった影響が及ぶのかアート・バーゼル香港に問い合わせたところ、広報担当者は声明で次のように述べた。

「私たちは変化する貿易市場と出展者への潜在的な影響を注意深く監視しています。貿易の専門家に相談し、ギャラリーと密に連絡を取り合いながら、出展者と来場者に最高の体験を提供することに引き続き尽力しています」

アートは投資の対象外に?

業界関係者は今後の見通しについて厳しい見解を示している。関税により混乱が生じると同時に運営コストが増加し、コレクターの購買行動が変化する一方で、リソースが限られた中小規模のギャラリーが最も大きな打撃を受ける可能性があるという。美術専門のコンサルティング会社、ファイン・アート・グループの創業者兼CEOのフィリップ・ホフマンは、関税が及ぼす影響について次のように話す。

「1000万ドル(約15億円)のアート作品を海外から購入する際に、100万ドル(約1500万円)や200万ドル(約3000万円)、あるいは250万ドル(約3900万円)もの関税を支払うことになれば、『250万ドルの損失は受け入れられないから不動産か株式に投資しよう』という考えに変わり、アート業界は致命的なダメージを受けることになるでしょう」

また、新しい関税率が発表されたとしても、すぐに導入されないことが多いため、最新の情報を頭に入れた上で取引に臨まなければならない。例えば、アメリカとカナダ、メキシコの首脳は、25%の関税と対抗関税を30日間延期すると2月3日に合意したが、これは、メキシコシティ・アートウィークが始まるたった2日前のことだった。

同時に、関税の適用範囲もかなり複雑だ。カナダの対抗関税の対象には、オリジナルの手描き絵画、素描、パステル画が含まれている。また、中国からの輸入品に対する新たな10%の関税は2月3日の深夜に発効され、合計関税率は17.5%となった。しかし、2月5日の米税関・国境警備局の通知によると、「出版物、フィルム、ポスター、レコード、写真、マイクロフィルム、テープ、CD、CD-ROM、アート作品、ニュース配信」は免除の対象とされている。

アート作品に対する免除は、米税関国境警備局の職員の解釈に委ねられている。とはいえ、職員の誤った解釈やアメリカの追加措置により17.5%の関税が課される、という潜在的なリスクによって、アメリカを拠点とする多くのコレクターが中国や香港で制作された作品の購入を躊躇してしまう可能性は十分にある。マッシモ・デ・カルロの香港拠点でディレクターを務め、香港ギャラリー協会(Hong Kong Gallery Association)の共同ディレクターであるクラウディア・アルベルティーニはこう語る。

「10%の追加関税は今のところアート作品には適用されていません。しかし、状況は常に変化していて、適用される可能性はあるので、注視しておく必要があります」

関税による運営コスト増を懸念

ファイン・アート・グループのホフマンは、「悪夢」と表現したイギリスのEU離脱(ブレグジット)後に関税を回避するために用いられた方法について言及した。それらの方法には、作品を他の地域や国に先に輸送すること、オリジナルの絵画を倉庫やフリーポートに保管すること、高品質な複製品を展示するといった対策が取られていたといい、こう続ける。

「富裕層のために、アートを移動させる仕組みが作られるでしょうが、それを負担する余力を持ち合わせている人はそう多くいないでしょう。何らかの新たな仕組みが生まれたとしても、世界全体のアート市場にとっては悪影響が及ぶ可能性は否めません」

アート作品に対する関税免除があったとしても、中国で製造された多くのアート用品、事務用品、電子機器、梱包用木箱やキャンバス枠といった木材、イベント用品、安価なアート関連商品(トートバッグ、スウェット、Tシャツ、靴下、傘、玩具など)がアメリカに輸入される場合、17.5%の関税の対象となる。

コーネル大学の准教授でファッションデザイン・マネジメントを研究するデニス・ニコール・グリーンは、ユニクロが近年発表しているアートをあしらった衣料品を例に挙げ、US版ARTnewsに次のように語った。

「これまで手ごろな価格で買えていたものが、手の届かないものになってしまいます。海外で安価に製造されていたものは、ユニクロなどの入手しやすいブランドにおいて、高価になる可能性が特に高いです」

アートの輸送料金も、必要な追加書類の作成費や新たな運営費用により上昇すると予想されている。アメリカのシンクタンク、ブルッキングス研究所上級研究員で経済学者のウェンディ・エーデルバーグは、「輸入業者が関税に先んじて可能な限り多くの輸入を試みるなか、すでに混乱が始まっていてもおかしくはありません。この混乱のせいで物価が上昇することもあるでしょう」と語る。

トランプはまた、アメリカへのすべての鉄鋼とアルミニウムの輸入に25%の関税を設けることを2月10日に発表した。鉄鋼は、建設業界のみならず、ジェフ・クーンズ、アニッシュ・カプーア、草間彌生、アントニー・ゴームリーなど、現代アーティストによる大規模インスタレーションの素材としても欠かせない。

ダメージが一番大きいのは中小規模ギャラリー

関税問題は、2025年を通してアート業界とその関係者に悪影響を及ぼす可能性が高い。トランプはEU、台湾、その他の国々に対しても関税の導入をほのめかしている。小規模なギャラリーは、サプライチェーンの乱れや契約の再交渉、政府へのロビー活動など、関税への対応がより困難になるだろうとエーデルバーグは語る。中小規模のギャラリーすでに不利な立場にあり、世界中に複数の拠点を持つメガギャラリーと比べて交渉力が弱いため、さらなる損失を被ることになるだろう。エーデルバーグはこう続ける。

「顧客との交渉力が弱くなり、価格を商品に転嫁することが難しくなることが予想されます。つまり、顧客に商品を買い続けてもらうためには、取引価格に上乗せされる金額を自社でまかなわなければならない可能性があり、ビジネスの収益性が大幅に低下する可能性があります。つまりは、運営コストが全体的に上昇することになるのです」

しかし、他のアート専門家はそれほど悲観的ではなく、ホワイト・キューブのアジア事業ゼネラルマネージャーを務めるウェンディ・シューはこう語った。「現時点では大きな影響が及ぶとは思っていませんが、状況を注意深く見守ろうと思います」(翻訳:編集部)

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