OpenAIの動画生成AI「Sora」がアーティストに開く可能性を、アーティストたちの実践から考察
AIチャットボットのChatGPT、画像生成AIのDALL-Eにつづき、OpenAIは今年2月に動画生成AI「Sora」を発表した。以来、動画生成AIの開発競争が勢いを増している。この新しいツールをアーティストたちはどう取り入れ始めているのか。その動向を取材した。
動画生成AIに期待を示すアーティストたち
OpenAIは今年2月、最新のAIツールとしてテキストから動画を生成する「Sora」を発表。現在は非公開のため、利用者はプロの映画制作者やクリエイターに限定されているが、既存の生成AIと同じく使い方は簡単だ。テキストでプロンプト(指示文)を入力すると、数分後にはSoraが最長1分間の無音の動画を生成する。
2年前に同社の主力製品であるChatGPTが発表されたときと同じく、メディアはSoraの登場を熱狂的に報道した。その一方で、新しいテクノロジーがクリエイティブ産業に与える影響について、少なからぬ懸念の声も上がっている。
その懸念には理由がある。6月には、Soraを使って作成された最初のコマーシャルという触れ込みで、トイザらスの新しい動画広告が公開された。また、Open AIの競合であるPika、Luma Labs、そして画像生成AI「Stable Diffusion」の開発に携わったRunwayやStability AIなどからも動画生成AIの発表や発売が相次いでいる。
これらのツールで生成された動画が、さまざまなブランドや企業、広告会社のコンテンツ制作に日常的に使われるようになるのは時間の問題だろう。では、アーティストたちはどんな動きを見せているのだろうか。
2020年にOpenAIのツールを使い始め、現在は同社のアーティスト・イン・レジデンスで制作を続けているアレクサンダー・レーベンは、3月にSoraを用いた最初の試みとして、複数の3D彫刻が宇宙空間で回転するショートフィルムをインスタグラムに投稿。コメント欄で、動画中の人型のものを数カ月以内に等身大よりも大きな大理石彫刻にすることを発表した。
また、カリフォルニア州サクラメントのクロッカー美術館では、昨秋から今年の4月までレーベンの回顧展「AI Am I?(AIは私?)」を開催し、OpenAIの生成AI技術を応用した作品を多数展示。そのうちの1つは掲示板の形を取り、AIアートに対する批判がエンドレスに書き込まれていた。
AIはアートの区分ではなくツールの1つ
Soraの公式リリース日は未定だが、レーベンのようにAIツールで新たな意義のある作品を生み出すことができるか、また、どうすればそれを生み出せるかを模索しているアーティストは少なくない。
トルコ系フランス人アーティストのサルプ・ケレム・ヤヴズは、数年前から写真作品の制作にAIを導入。現代のアーティストは、単独のクリエイターというより映画監督に近い存在だという認識を持つべきと考えるヤヴズは、US版ARTnewsの取材にこう答えた。
「AIが生成した作品について、そこに費やされたアーティストの労力を不十分だと切り捨てるのは早計です。映画の場合、完成した作品にはさまざまな関係者の意見が反映されています……だからといって、監督の芸術性や作家性に疑いを抱く人はいないでしょう」
ヤヴズは自分のことを「AIアーティスト」と言わない。AIはアーティストが利用するツールの1つにすぎないと考えているからだ。(ときには100を超える)プロンプトで画像を生成した後、ヤヴズはさらにそれを加工・編集する。最近、彼がAIで生成したポラロイド写真シリーズ「Polaroids from the Ottoman Empire(オスマン帝国のポラロイド)」がニューヨークのレスリー=ローマン美術館に収蔵されたが、このシリーズでは、AIを使って、崩壊することなく現代まで続いているオスマン帝国に生きるクィアの人々を描いている。
ヤヴズのように、AIの使用は自分のカテゴリーを規定しないと考えるアーティストは増えつつある。そして、カテゴリー同士の境界がますます曖昧になる中、Soraのようなプラットフォームの登場は、テクノロジーを活用するアーティストへの見方を変える新たなステップとなるかもしれない。
ナイジェリアで間もなく開館するエド・ミュージアム・オブ・ウェスタン・アフリカン・アートの近現代美術キュレーター、アインドレア・エメリフも、AIをアーティストが柔軟に使うことのできるツールと捉えている。今年のヴェネチア・ビエンナーレでナイジェリア館のキュレーターを務めているエメリフは、AR(拡張現実)とAIを融合させて先住民の工芸品を蝕む植民地化やグローバル化を探究するファティマ・タガーの作品を展示。その彼女は、テクノロジーの活用についてこう語っている。
「アートにとって、無限ともいえる可能性を探求する機会は、潜在的な解放の源となるものです。そして、アーティストは革新者。新しいテクノロジーの真の可能性を理解するために、彼らの創意工夫に目を向けるべきです」
カメラでは映せないものをAIツールは表現できる
一方、Soraのような動画生成プラットフォームは、予算がふんだんにあるハリウッド映画以外の独立系映画制作に新たな可能性を開くと主張する映像作家もいる。最近この動きをリードする存在になっているのが、動画生成AIを駆使して実験的なショートフィルムやミュージックビデオを制作しているポール・トリロだ。アーティストで映像作家の彼は、Soraの初期限定ユーザーとしてルーブル美術館を舞台にしたショートフィルム《Absolve(赦し)》や、マドリードのテレフォニカ財団美術館で公開されたばかりのビデオアート作品《Notes to My Future Self(未来の自分へのメモ)》を制作している。
トリロはまた、音楽プロジェクト「ウォッシュト・アウト」のミュージックビデオの制作にあたり、700を超えるシーンをAIで生成。それを用いた「無限のドリーショット」(*1)で、あるカップルの生活をストーリー化した。このビデオにはいくつものシーンやそのためのセット、俳優たち、ロケーションが必要だったため、トリロによると、従来の制作方法なら数百万円の費用と数カ月の期間がかかるはずだという。
*1 移動しながら被写体を撮影すること。「ドリー」とはカメラを取り付ける台車で、レールの上を走らせて撮影する。
動画生成AIの活用について、トリロはこう説明した。
「生成AIは忘れ去られたアイデアに再挑戦し、復活させることができるだけではなく、仕事のやり方を根本的に変えるものです。構想から実際の制作に至るまでには、行ったり来たりする流動的なプロセスがあります。私は絶えず編集をやり直し、ほかのプロセスでは決して到達できなかった新しいアイデアを生み出しました。AIは夢や記憶といったシュルレアリスム的な世界を描いたり、潜在意識を表現したりするのに最も適していると思います。AIの生み出す幻覚は、不確かな現実を表現するのにぴったりなのです。カメラではどうやっても映すことのできないものを捉えることができます」
一方、AIと人間、ロボットの関係を探求する作品を手がけるアーティスト、マデリン・ギャノンは、AIを応用する間口をさらに広げるのがSoraだと言う。
「Soraのようなツールのおかげで、最先端のテクノロジーがアーティストにとってより身近になりつつあることにワクワクしています。恩恵を受けるのはビデオアーティストだけではありません。多くのインタラクティブな空間メディアが、ライブビデオフィードを基盤として構築されています」
ギャノンは、Soraによって人間とロボットの関係を新たな方法で探究できるようになりそうだとして、一般公開されればぜひ試してみたいと抱負を語った。
「AIやデータはもう1本の絵筆のようなもの」
AIを使ったアートやAIをテーマとしたアート作品は、今後もますます増えていくだろう。今年のヴェネチア・ビエンナーレでは、ナイジェリア館のタガーの作品に加え、ジョセファ・ネジャムがAI生成による海洋生物のSF風ビデオ作品をアカデミア美術館の中庭で公開。また、マルタ館では、マルタ人アーティスト、マシュー・アタードが、AI生成画像と絵画、写真を組み合わせた作品を展示している。
一方、今年のホイットニー・ビエンナーレでは、「Even Better Than the Real Thing(本物よりも、もっと良い)」というタイトルのもと、AIへの考察をテーマとして掲げているが、直接的にAI技術を扱った作品はほとんど見られない。
そして今、最も注目されているアーティストの1人にトルコ系アメリカ人のニューメディアアーティスト、レフィク・アナドルがいる。AI生成によるインスタレーション《Unsupervised—Machine Hallucinations(教師なし—機械の幻覚)》(*2)は、約1年間にわたってニューヨーク近代美術館(MoMA)ロビーの大型スクリーンで展示された後、2023年に同館に収蔵された。
*2 unsupervisedはAIを支える技術の1つである機械学習のunsupervised learning(教師なし学習)で用いられる言葉。
アナドルはこの10年、人間と機械の創造性の境界を問い続けている。昨年、US版ARTnewsのインタビューで語った言葉を借りれば、「人間と機械のコラボレーションにおける役割は五分五分」で、アーティストにとってAIやデータはもう1本の絵筆のようなものだという。
そう考える現代アーティストはアナドルだけではない。たとえばヤヴズもこう発言している。
「アーティストたちが、AIツールを今までにないもっと破天荒な方法で使うようになるのが楽しみです」(翻訳:清水玲奈)
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