「アートマーケットの仕組みなんて知らなかった」──ビープルが更新するコレクターと作品の関係

森美術館で2025年6月8日(日)まで開催中の「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展に、自身初の立体作品を出展しているビープル。NFTアーティストとしても有名な彼は同作を通じて、作品とコレクターの関係、そして従来のアートマーケットの仕組みに新しい風を吹かせようとしている。

ビープル《ヒューマン・ワン》(2021年-)

「NFT作品が約6935万ドル(当時のレートで約75億円)で落札された」──NFTアートが表舞台に躍り出た2021年、そんな見出しで世界を驚かせたのがアーティストのビープルだ。

デジタルアーティスト、グラフィックデザイナー、アニメーターとして活動する彼は、NFTが登場するずっと前から作品をインターネット上で発表してきた。

そのなかで特に有名なのは、毎日デジタル作品を制作し、オンライン投稿する2007年開始のプロジェクト「エブリデイズ」。クリスティーズで高額落札された《エブリデイズ:最初の5000日》(2021年)もまた、このプロジェクトの作品をコラージュしたものだった。

デジタル作品が特に有名な彼だが、実は立体作品も手がけてきた。そのひとつが森美術館で2025年6月8日(日)まで開催中の「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展に出展されている《ヒューマン・ワン》(2021年)だ。直方体の側面に4つのスクリーンが取り付けられた彫刻作品で、「メタバースで生まれた最初の人間が変わり続けるデジタル世界を旅する」というコンセプトで映像が流れていく。

このビデオ彫刻には大きな特徴がふたつある。ひとつは作品が更新され続けること。そしてもうひとつはこれ自体が別の作品の流通プラットフォームになっていること。

作品とコレクターの関係、そして従来のアートマーケットの仕組みに新しい風を吹かせる《ヒューマン・ワン》について、ビープルに訊いた。

ふたつの世界を橋渡しする作品として

──ビープルさんと言えば、2021年3月に《エブリデイズ:最初の5000日》が高額で落札されたことが話題になりました。今回展示されている《ヒューマン・ワン》は、同年に制作された初めての立体作品ですよね。

そうです。1999年からデジタルアートを制作してきましたが、実はNFTについて知ったのはクリスティーズでの落札の4カ月前でした。ソーシャルメディアのフォロワーたちからも勧められてはいたのですが興味がわかず、自分には関係ないと思っていたんです。でも、あまりにいろいろな人から勧められたので試しに調べてみたら、すぐにピンときた。そこから作品をNFTとして発表するようになりました。

NFTと出合うまで、自分の作品を物理的に表現することもまったく考えていなかったんですよね。でも、自分の作品をNFTとして発表したり、作品が売買されるようになるなかでアート界やアートマーケットに対する視野が広がり、作品を美術館のような物理空間に展示するという考えも現実味を帯びていきました。

──「メタバースで生まれた最初の人間が変わり続けるデジタル世界を旅する」という《ヒューマン・ワン》コンセプトについて、もう少し詳しく教えていただけますか?

《ヒューマン・ワン》は、物理世界とデジタル世界という、一見分離して見える二つの世界を橋渡しするような作品なんです。見た目は彫刻という物理的な形態を持ちながらも、コンテンツ自体は3D効果によってデジタル的かつ仮想的な感覚を与えます。

私たちはいまや、ふたつの世界の間で生きています。物理的な世界にいながらも、多くの時間をPCやスマートフォンに釘付けになって過ごしていますよね。この彫刻は「メタバースで生まれた最初の人間」という設定を通じて、ふたつの世界の狭間にいる感覚を表現しています。

作品とコレクターの関係を変える

──《ヒューマン・ワン》にはいくつか特徴があります。ひとつは、作品が更新され続けること。例えば、映像に登場するバックパックには、これまで作品が展示された美術館のロゴが追加されていくとか。

そうです。作品完成当初にはなかった音がついたり、展覧会の会期中にも映像の内容が変わったりもします。

──そもそも、なぜ同じ作品を更新し続けることにしたのでしょうか? 例えば、バージョン1の映像をひとつの彫刻として発表し、バージョン2の映像を別の彫刻として発表することもできたと思うのです。

考えもしませんでした。ただ言えるのは、この彫刻は静的なオブジェクトではなく、長期間にわたってストーリーを伝える「システム」なんです。だからこそ、この作品が更新可能であることが重要なんです。どう更新するかは自分自身も決めていませんが、更新することだけは作品を制作したときから決めていました。

──ということは、作品のオーナーは「作品は更新されるが、その更新内容は未定」という前提で作品を購入したということですね。

そのとおりです。例えば、過去の更新内容のなかにはロシアのウクライナ侵攻に関連するものがありました。この侵攻は作品が売却された時点では始まっていなかったので、購入者はその更新内容を知る由もなかった。

これは従来のコレクターと作品の関係とは大きく異なります。絵画の場合、作品を購入したあとに画家が突然やってきて作品を描き変えていくなんて思いませんよね(笑)。でも、将来のデジタルアートはより動的で、コレクターとの関係も異なるものになると私は考えています。コレクターはアーティストを信頼し、アーティストは常にコレクターの望む通りに表現するのではなく、自分自身に忠実に作品を更新していく。ひとつのキャンバスを通じて、長期的な対話を実現するのです。

作品であり、作品流通のプラットフォームでもある

──もうひとつ、この作品は映像内のヒントを集めることでNFT作品を手に入れられるという仕組みもあります。これも当初から考えていたことなのでしょうか?

ゲーム的な要素を盛り込むことは最初から決めていましたし、そもそもこの作品は多くの人の目に触れることを前提としているんです。それによって、美術館、オーナー、アーティスト、そして作品の間のダイナミズムに変化が生まれます。

──《ヒューマン・ワン》は作品であり、作品流通のプラットフォームでもあるのですね。とはいえ、それは公共の場に展示されてこそ生きる仕組みですよね。

私はラッキーでした。この作品のオーナーは、購入時から作品の継続的な展示に興味をもっていた。それゆえ彼は作品を常に美術館から美術館へと移動させています。

NFTは新しいタイプのコレクターと、アーティストとファンの間の新しい交流を生み出しました。例えば、従来のアート界ではギャラリーが作品の仲介に入りますが、デジタルアートは必ずしもそうではありません。私は、自分の作品の所有者を全員知っていますし、話したこともあります。私のスタジオに来たことがある人も多い。ほかのアーティストに言わせれば珍しいことらしいですね。

──その意味で《ヒューマン・ワン》のふたつの特徴は、アーティストとコレクターの関係が近いからこそ成しえる新しいシステムだとも言えます。

私はNFTで自分の作品が「所有」されるようになったことでようやく、アートマーケットの仕組みというものを知りました。それまでは、そもそもコレクターという概念すら自分のアート観になかったんです。

──そんなビープルさんがアートマーケットについて考えるきっかけとなる作品を生み出しているのは面白いですね。

そもそも、私にとってはそっちのほうが当たり前なのです。作品を発表し、そこから別のアート作品が生まれることこそが、インターネット上で活動する私にとってのアート。だから、ほかの方法を知らなかっただけなんです。

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