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巨大な浮遊彫刻が空を舞う! トマス・サラセーノが語る、持続可能性とコミュニティ

人間と環境との関係や持続可能な生活のあり方を問いかけるアルゼンチン出身のアーティスト、トマス・サラセーノ。ソウルサムスン・リウム美術館と協力して巨大な浮遊彫刻プロジェクトに取り組んだ彼に、プロジェクトのコンセプトや意義について話を聞いた。

ソウルのサムスン・リウム美術館で開催中の「ムゼオ・アエロ・ソラール(Museo Aero Solar)」プロジェクトで、空に浮かべる気球型作品の内部を見上げるトマス・サラセーノ。Photo: JUN MICHAEL PARK

フリーズ&キアフ・ソウル終了後も、ソウルでは国際的アーティストの作品に触れる機会が山ほどある。たとえば、サムスン文化財団が運営するサムスン・リウム美術館で開催されているアニカ・イのアジア初個展は見逃せない展覧会の1つだろう。そのリウム美術館で同時開催されているのが、エアロシーン財団とのコラボレーションで実現した3カ月間にわたる公共プロジェクト、「エアロシーン・ソウル(Aerocene Seoul)」だ。

エアロシーン・ソウルは、シャネル文化基金が支援するリウム美術館初の公共プログラム、「IDEAミュージアム」の一環として実施されている。IDEAは、Inclusivity(包括性)、Diversity(多様性)、Equality(平等)、Access(アクセス)の頭文字をとったもので、環境、アート、哲学、テクノロジーが重なり合う分野を複数年にわたって探求する取り組みだ。

今回のプロジェクトでは、一般の参加者がポリ袋を再利用して巨大な浮遊彫刻を制作する「ムゼオ・アエロ・ソラール(Museo Aero Solar)」などのイベントも行われている。浮遊彫刻の制作は、まず無数の使用済みポリ袋を切り開くところから始まる。それらをテープで貼り合わせて巨大な一枚のシートを作り、風を利用してその中に空気を注入。太陽の熱で温めると、さながら化石燃料不要の熱気球のように浮かび上がる。

エアロシーンとは、化石燃料を使用せず、空気を汚染しない未来を描くプロジェクト。発案者であるアーティストのトマス・サラセーノは、これまでもクモの巣や風船などの浮遊する物体、光といった要素を取り入れ、エコロジーへの意識向上を世界規模で促す作品を制作してきた。しかし、エアロシーンはアート作品というよりも1つの「コミュニティ」で、組織のように機能するものだとサラセーノのスタジオは説明している。ソウルでも、地元や他地域のコミュニティを巻き込み、一般の人々の参加によって持続可能なアートやエコ社会に関する議論を活発化することを目指している。

9月29日まで開催されているこのプロジェクトについて、US版ARTnewsはサラセーノとコラボレーターの2人、ヘレン・ジュンヨン・クー(リウム美術館の研究・公共プログラム部門の責任者で「IDEAミュージアム」のキュレーター)とホアキン・エスクラ(エアロシーン財団所属)に話を聞いた。

地域の持続可能性に寄与するアート

──「ムゼオ・アエロ・ソラール」をソウルのIDEAミュージアムで実施することにしたのはなぜですか?

ヘレン・ジュンヨン・クー:「エアロシーン・ソウル」プロジェクトには、昨年私たちが主催したシンポジウムと多くの共通点があります。「Idea Museum: Ecological Turns(IDEAミュージアム:エコロジカルな転換)」と名付けられたシンポジウムでは、科学者、理論家、アーティスト、活動家を招いて、持続可能性を実現するさまざまな方法について話し合いました。トマスはZoomで参加していましたが、熱意あふれるアイデアを示してくれたことから、実際に美術館に来てもらいたいと考えるようになりました。それに、彼がエアロシーンで形成しているコミュニティは、リウム美術館が一般の人たちとどう関わっていきたいかという方向性と合致しています。彼を迎えることによって、持続可能な思考を軸とした独自のコミュニティを構築し、それをグローバルなエアロシーンのコミュニティに結びつけることができればと考えています。

──ムゼオ・アエロ・ソラールが空中に浮かんでいるところと、空気を送り込んで膨らんでいる中に人がいるところを見たことがあります。2年前にはニューヨークのアートセンター、ザ・シェッドの室内で、送風機の風で膨らませている形での展示がありました。この作品のさまざまな形態について教えてください。

トマス・サラセーノ(以下、サラセーノ):この作品には、人と人とを結びつける働きがあります。地域コミュニティの人々が結集してポリ袋を集め、美術館に持ち寄るのです。でも、私が考えるに、この彫刻が最も印象に残るのは、横断幕のように使うときだと思います。これまでさまざまな活動家が、膨らませた彫刻をアドバルーンのように使ってメッセージを掲げてきました。浮遊彫刻の表面に直接メッセージを書き込むことができ、空に舞い上がると、遠くからでもその文字を読むことができます。

──「エアロシーン・バックパック(Aerocene Backpack)」という、誰でも作れる浮遊彫刻キットも発表していますが、その仕組みについて教えてください。 また、そこにはどんな意味が込められているのでしょうか?

サラセーノ:エアロシーン・コミュニティの大きな目的は、所有という概念から離れ、持続可能な暮らし方や共有に基づく社会を目指すことです。エアロシーン・バックパックも、この考えを下敷きにしています。私たちは美術館やギャラリーと協力していますが、コレクターがエアロシーン・バックパックを買うことはできません。私たちが禁止していますから。ただし、作り方をウェブサイトで公開しているので、制作方法を学ぶことはできます。それと、貸し出しもしています。作ってみた人がそれ以上使わない場合は、コミュニティ内の誰かに回してもらうことを期待しているからです。私たちの願いは、人とモノの関係について考え直し、使う頻度の少ない道具を近所の人たち同士でシェアできるようになるきっかけを作ることです。共有することで廃棄物の量を減らし、消費財への依存を軽減していくことができるでしょう。こうした分割所有や共同所有が、エアロシーン・コミュニティの根幹になっています。

──つまり、持続可能性というテーマに加えて、シェアとリユースという考え方が、エアロシーン・コミュニティのミッションと、リウム美術館の双方にとって不可欠な要素だということですね。

サラセーノ:その通りです。たとえば、ソウルのムゼオ・アエロ・ソラールで制作したシートは1200平方メートルという巨大なもので、これまでで最大級の構造物になりました。素晴らしいことに、その一部には昨年タイのコミュニティで制作されたムゼオ・アエロ・ソラールが再利用されています。

ホアキン・エスクラ(以下、エスクラ):さらに、アルゼンチンからはるばる運ばれてきた2つの浮遊彫刻も再利用する形で組み合わされました。1つは学校における民主主義というコンセプトに基づくもので、もう1つは公共教育を守れというメッセージを掲げて飛ばされたものでした。これうしたメッセージや経験が集まって、ソウルの浮遊彫刻ができたのです。

──ソウルのムゼオ・アエロ・ソラールは無事に飛び立ったのでしょうか?

エスクラ:ええ! それはまさに魔法のような瞬間でした。リウム美術館のチーム全員と一緒に彫刻を公園に運び、何千立方メートルもの空気を送り込むのに1時間ほどかかりましたが、空へ浮かび上がったときは感動しました。まさにパフォーマンスアートとして、彫刻として、物理的原理の応用として、世界がどうあるべきかを示しているのです。 (翻訳:清水玲奈)

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