知る人ぞ知るポップアート作家、トム・ウェッセルマンがパリを席巻! 取引額の高騰なるか?
アート・バーゼル・パリに改名して初のVIPプレビューが10月16日に開催された。195のギャラリーが参加した本アートフェアの出品作品の中でも最も注目されたのが、トム・ウェッセルマンだ。
大盛況に終わったVIPプレビュー初日
アート・バーゼル・パリのVIPデーが10月16日、ついに幕を開けた。午前10時の入場開始時刻が近づくにつれ、グラン・パレの入り口には長蛇の列ができていた。その後、青空が広がり、その壮麗な天窓から強い日差しが降り注ぐなか、来場者が次々に会場に押し寄せていく。正午になると大勢の人が会場を訪れ、通路は混雑どころの騒ぎではなくなった。ガゴシアンやハウザー&ワースなど、メガギャラリーのブースに入ると身動きを取ることはまったくできない。午後になると、会場内にある3店のカフェから食べ物がなくなり、VIPラウンジに入るには列に並んで待たないと入れない(幸いにも、屋外のフードトラックはまだ営業していた)。
何が言いたいかというと、仮設施設で2回開催された「Paris +, par Art Basel」からグラン・パレに会場を移して生まれ変わったアート・バーゼル・パリは大盛況で幕を開け、前の週に開催されたフリーズ・ロンドンと同等の活気が会場内にあふれていたということだ。このため、各ギャラリーの正式な売上額が発表されるまで数日ほど待たなければならないが、ハウザー&ワースではすでに高額取引された作品がいくつかあり、マーク・ブラッドフォードの絵画が350万ドル(約5億2300万円)、バーバラ・チェイス=リブードの彫刻が220万ドル(約3億2900万円)、ルイーズ・ブルジョワの水彩画が200万ドル(約2億9900万円)で買い手が付いたという。また、Paceはブースに出品していた作品が午後1時前に完売したほか、グラッドストーンはアレックス・カッツの作品を80万ドル(約1億1900万円)で売却し、デヴィッド・ツヴィルナーが出品したビクター・マンの絵画は120万ドル(約1億8000万円)で販売された。
だが、今年のアート・バーゼル・パリで最も注目すべきアーティストの一人は、ポップアート作家のトム・ウェッセルマンと言えるだろう。それも不思議なことではない。というのも、VIPプレビューの前日である10月15日から、トム・ウェッセルマンの回顧展「Pop Forever, Tom Wesselmann &...」がフォンダシオン・ルイ・ヴィトンで開催されているのだ。この展覧会は、ウェッセルマンに対する評価を変えるために意図的に開催されたのかもしれない。彼の代表作は1961〜1973年にかけて制作されたシリーズ《Great American Nude》というだが、賛否が分かれる作品でもあり、フェミニストの批評家たちに批判されている。
知る人ぞ知るポップアート作家
ウェッセルマンの回顧展では、彼と同世代のポップアート作家と、今をときめく現代アート作家の作品も同時に展示するという巧妙なアプローチが用いられていた。序盤の展示スペースには、2022年のクリスティーズ・ニューヨークで1億9500万ドル(当時の為替で約253億円)で落札されたアンディ・ウォーホルの《Shot Sage Ble Marilyn》が展示されていた(この作品の持ち主であるラリー・ガゴシアンも展覧会のオープニングイベントに参加していた)。また、大物コレクターのスティーブン・コーエンが1億1000万ドル(現在の為替で約164億円)で落札したジャスパー・ジョーンズの《Flag》(1958年)も展示されている。しかしこの展覧会を見る限り、ウォーホルとジョーンズと肩を並べているウェッセルマンの最高傑作は、2008年にサザビーズ・ニューヨークで記録された1070万ドル(現在の為替で約16億円)のオークション落札価格よりも高い価値がある、とまで思えてくる。
ウェッセルマンの作品はウォーホルほど高額で取引されているわけではないが、過小評価されているとも言いがたい。彼は早くから、キュレーターのヘンリー・ゲルツァーラーやディーラーのアイヴァン・カープといった有力者たちに支持されていたほか、タッシェンから上梓されたポップアートの概説書では、《Smokers》シリーズの作品が取り上げられている。それでも、彼を忘れられた存在として位置づけようとする試みは定期的に行われてきた。2016年には、『T: The New York Style Magazine』が「知られていない著名なポップアーティスト」として紹介している。
一方、展覧会後半の展示スペースでは、現代のアーティストによる作品が展示されている。ミカリーン・トーマスは黒人のオダリスクを描いたペインティングを展示するために1室を、デリック・アダムスは男性ヌード画で壁一面を独占していた。その後には、ジェフ・クーンズの《バルーン・ドッグ》や、ガラスケースに浮かべられたバスケットボールをモチーフにした彫刻作品が続く。また、アイ・ウェイウェイの陶芸作品や、ゼネラル・ミルズの「Monster 」シリアルをモチーフにしたカウズの最新作も展示されている。
アート・バーゼル・パリの会場では、ヨーロッパにおけるウェッセルマンの遺産管理を担当するアルミネ・レックが、《Smoker #27》(1980年)を含むウェッセルマンの作品を複数出品し、475万ドル(約7億1000万円)の値がつけられていた。ウェッセルマンは、習作も含め、生涯に90点以上の《Smokers》を制作したほか、彼が手がけた大型作品は、ニューヨーク近代美術館、アーカンソー州ベントンヴィルのクリスタル・ブリッジズ美術館、オスロ国立美術館、富山県美術館など、著名な施設に展示されている。 アメリカでウェッセルマンの遺産を管理するガゴシアンは《Smoker #20》(1975年)を所有しており、本作の推定価格は425万ドル(約6億3700万円)前後とされている。ギャラリーがVIPデーの終わりに送信したメールによると、同作品に買い手が付いたようだ。また、ヴェドヴィ・ギャラリーでは、個人コレクションの別の《Smoker》シリーズの1作が448万ユーロ(約7億3000万円)で販売されていた。
ウェッセルマンは再評価されるのか?
10月16日に行われたVIPプレビューでは、ニューヨークのコレクションから出品された《Great American Nude #73》(1965年)を、ニューヨークを拠点とするディーラーのクリストフ・ヴァン・デ・ウェグが販売した。ヴァン・デ・ウェグは本作の取引価格について明言しなかったが、同様の《Great American Nude》は現在、500万〜800万ドル(約7億5000万〜12億円)で取引されているという。ヴァン・デ・ウェグはUS版ARTnewsの取材に対し、ウェッセルマンの小規模作品にも買い手が付いたと語り、こう続ける。
「ウェッセルマンは、最も過小評価されているアーティストの一人ですが、彼の作品を楽しみに20人くらいの人が私のブースを訪れました」
ニューヨークやロンドンに拠点を置くレビー・ゴービー・ダヤン(LGD)は、6月に開催されたアート・バーゼルで《Smoker》(1975年)を670万ドル(約10億円)で出品したが買い手を見つけることはできなかったという。しかしパリでは、習作をいくつか出品しており、《Study for Bedroom Painting #2》(1968年)には60万ドル(約9000万円)、《Study for Smoker Banner》(1971年)には45万ドル(約6700万円)の値をつけている。フォンダシオン・ルイ・ヴィトンで開催された展覧会と同様に、《Study for Bedroom Painting #2》はジェフ・クーンズの《Relief with Hummingbird》(1971年)の隣に展示し、《Smoker》の習作は、ミカリーン・トーマスが2021年に制作した元パートナーの肖像画の横に並べられている。ギャラリーのディレクターを務めるエミリオ・スタインバーガーによると、前者の並置は偶然だったが、後者は綿密に計画されたものだったという。午後には《Study for Bedroom Painting #2》に興味をもったコレクターからオファーがあったほか、《Study for Smoker Banner》にも関心が寄せられているとスタインバーガーは話す。
また、LGDの共同創業者であるドミニク・レヴィは、フェアにウェッセルマンの作品が多すぎるのではないか、と疑問を呈しており、「日和見主義的にビジネスを行っていると思われたくありません」と語った。
「人が持っているものを皆欲しがる」
回顧展によってがウェッセルマンの価格が上昇するか否かについては、ディーラーの間でも意見が分かれているようだ。10月10日に公開されたル・モンド紙の記事では、その可能性は低いと結論づけており、レヴィ自身も懐疑的な見解を示している。だが、回顧展に展示されている14の作品は、ウォーホル作品を熱心に集め、同アーティストの取引額に影響力をもつムグラビ家のコレクションから提供されていたことから、楽観的な考えをもつディーラーも存在する。
ムグラビ家は1980年代からアート作品をコレクションしており、ウェッセルマンの回顧展のオープニングイベントに立ち会ったアルベルト・ムグラビは、「父がアートを購入し始めたのは1986年のことです。私たち家族はいつも父を偉大なポップアーティストとして見ていました」と語り、ウェッセルマンの作品は、必ずしも同世代のポップアート作家と同等の価格になるとは限らないが、他の著名な作品と近しい金額で取引されることは確実だと自信を見せた。しかし、それには時間がかかり、より多くの露出と再評価が必要となるだろう。
「今後2年で5000万ドルで取引される可能性は低いと言っていいでしょう。とはいえ、多くの美術館で展示されることで取引額は早く高騰するでしょうし、作品もより魅力的に映るに違いありません。影響力のあるコレクターが1人でも購入すれば、それでいいのです。人々は、他の人が購入しているものを買いたくなるものですから」(翻訳:編集部)
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