構想約30年! ノルウェーに欧州最大規模の博物館がオープン。「ムンクの部屋」も
6月11日にリニューアルオープンしたノルウェーの国立美術館。総面積は5万4600平方メートルで、パリのルーブル美術館やサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に次ぐ欧州最大級の規模になった。初年度には100万人の来館者を見込んでいる。
新しい国立美術館は、首都オスロのウォーターフロント、ノーベル平和賞センターの隣にある。1989年までオスロの主要駅があった場所に立つ巨大なスレート張りの建物は、これまで10年近く建設が続いたことで賛否両論を巻き起こしてきた。また、濃い灰色で窓のないモノリス(一枚岩の塊の意味)のような外観のため、刑務所か病院だと思う人もいたという。設計を手掛けたのは、ドイツのクライフス+シュヴェルク。
ノルウェー文化省が、国立美術館、建築博物館、装飾美術・デザイン博物館、現代美術館などを統合して新しい国立美術館を建設するプロジェクトに着手したのは90年代のこと。それから実現まで、かなりの年月が費やされた。
2017年から国立美術館の館長を務めるカリン・ヒンスボーは、最近のインタビューでこう語っている。「これほど恵まれた立地は他にありません。振り返ってみると、全ての施設を1つの建物の中に収めるべきかどうかという議論がなかったことが、いかに幸運だったか実感しています。保管や所蔵品管理施設は、もっと安くあがる別の場所に置くこともできましたから」
この巨大プロジェクトには6億4500万ドルの資金が注ぎ込まれた。今後も運営予算の90%は政府が負担し、残りは入館料、ショップの売り上げ、スポンサー料、寄付、民間イベントからの収入などで賄われる。19世紀半ばから収蔵してきた絵画、彫刻、織物、家具、建築模型などは約40万点にものぼり、うち6500点以上の作品が、2フロアにわたる86の展示室に設置される予定だ。なお、美術館の最上階は企画展示用のスペースになっている。
エドヴァルド・ムンク《叫び》(1893) Photo: The National Museum / Børre Høstland
常設展示エリアの面積は1万3000平方メートルと、統合前の約2倍になった。そのおかげで、これまで公開されてこなかった所蔵品の展示が可能になっただけではなく、新たに「ムンクの部屋」も設けられた。ムンクの展示室では、ノルウェーの誇りとも言うべき《叫び》(1893)が、《マドンナ》や《思春期》(ともに1894–95)などの有名作品と並んで展示されている。
さらに、他の作家別展示室では、ロマン派の風景画家ヨハン・クリスチャン・ダール(1788-1857)、1963年のヴェネチア・ビエンナーレのパビリオンが一部再現されている建築家スヴェレ・フェーン(1924-2009)、そしてハリエット・バッカー(1845-1932)といった様々な時代のノルウェー人アーティストが紹介されている。バッカーは、2023年にこの美術館で回顧展が開かれ、その後パリのオルセー美術館に巡回する予定だ。
ノルウェー国立美術館の展示風景 Photo: Iwan Baan
常設展示は時系列に沿って各時代のテーマが設定され、同美術館のキュレーター陣による共同作業で入念に構成されている。
「これがノルウェー流なんです!」と、ヒンスボー館長は新しい常設展の作業過程について、冗談交じりに話してくれた。「できる限り民主主義的にしようと思って、15のチームからキュレーター、教育者、プロジェクトマネージャー、コミュニケーション担当者に参加してもらい、各展示室に何をどのように展示すべきか検討しました。確かに時間がかかりましたが、もし1つの部署だけに任せていたら、このように重層的な展示にはならなかったでしょう」
たとえば、1100年から1530年までが「信仰に仕える」時代だったとすれば、その後1630年までの1世紀は「グーテンベルクによる影響」の時代だったという歴史の積み重ねが分かる展示になっているというわけだ。そして、「信仰に仕える」の展示では、いかにこの美術館のコレクションが膨大なものであるかを実感できる。
見どころは、ロシアのヴォルホフ川沿いにあるゴスチノプレ修道院の聖ニコラス教会にあったダビデ王と預言者エゼキエルのイコンだろう。これは、ロシア革命後にソ連によって売却されたものだ。また、バルディソールのタペスリーは、ヨーロッパでは1200枚しか残っていないうちの1枚で、ヘドマルク地域の17世紀に建てられた教会で発見された。このタペスリーは4月と5月を描いたもので、12か月全てを描いたとされる大作の一部だ。
2階では、レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナリザ》の模写から始まり、6世紀にわたる絵画の歴史をたどることができる。2階へ向かう階段の壁には、ソル・ルウイットの《Wall Drawing(#839)(ウォールドローイング〈#839〉)》がある。この作品は、1988年にノルウェーの金融機関ストアブランド本社のために制作されたもので、2021年にルウィット・コレクションによって再構築された。階段を上った右側には1500年から1900年までの作品(ルーカス・クラナッハ、ティツィアーノ、パウル・ブリル、アルテミジア・ジェンティレスキなど)が展示され、左側では1900年から60年までの作品(ロダンやピカソ、そしてハラルド・ソールベリやグスタフ・ヴィーゲランなどノルウェーの代表的作家)の展示が見られる。
美術館のロビーに設置されたマレト・アンネ・サラの《Pile o'Säpmi》(2017) Photo: Iwan Baan
特筆すべきは、ついに現代アートが常設展示の中に組み込まれたことだろう。たとえば、マレト・アンネ・サラは、今年のヴェネチア・ビエンナーレに出展したサーミ人(先住民)アーティスト3人のうちの1人だ。400頭のトナカイの頭蓋骨を集めてカーテンのようにつるした《Pile o'Säpmi(ピレオサプミ)》は、2017年のドクメンタ14で初めて紹介されたもの。頭蓋骨の前額部には穴が開いていて、政府の割り当てが変わるたびにサーミ人が飼うトナカイが強制的に殺処分されてきたことを象徴している。現在、美術館に入ってすぐ右手に展示されており、来場者が最初に目する作品になっている。
また、ARTnewsの「トップ200コレクター」にもランクインしているツェツィーリエ・フレデリクセンとカトリーネ・フレデリクセン姉妹の所有作品の展示室もある。フレデリクセンファミリーとのパートナーシップの一環として展示されているのは、シモーヌ・リー、シーラ・ヒックス、ルイーズ・ブルジョワ、リネッテ・イアドム=ボアキエ、エヴァ・ヘス、ヘレン・フランケンサーラー、リー・クラズナー、カルメン・へレラ、アリス・ニールなどの作品だ。
美術館の内部デザインは、フィレンツェを拠点とするグイチャルディーニ&マグニが手掛けている。来館者を中心に考えて設計され、細部に至るまで美術館を訪れる人が快適に過ごせるように配慮されているのが分かる。壁に掲示されている説明テキストも専門的な用語や難解な表現を使わず、「〜イズム(〜主義)」と名付けられた美術運動の説明をできる限り避けた分かりやすいものになっている。
たとえば、モネ、モリゾ、ルノワールなどの作品を集めた展示室の紹介には、「風景のフレーミングの仕方や絵画技法が、かしこまらない伸び伸びとした印象を与えている。そして、この現象は印象派と呼ばれるようになった」とある。他の芸術運動も同じようなスタイルで、こんなふうに説明されている。「緑色の肌と黄色い鼻を持つ顔。ヨーロッパの美術界は、伝統を覆そうとする画家に挑まれていた。その狙いは挑発なのか、感情表現なのか。この現象は表現主義と名付けられた」
ノルウェー国立美術館 Photo: Iwan Baan
展示では、マルチメディアも大きな役割を果たしている。各部屋にはインタラクティブベンチと呼ばれるものが設置され、そこにはスピーカー、点字用タブレット、子供用工作セット、タッチスクリーンなどの装置が隠されている。
オープニング展の「I Call It Art(私はそれをアートと呼ぶ)」でも、インタラクティブな試みが行われた。この展覧会では150人以上の作家が紹介されているが、そのうち7人は、キャメロン・マクレオドが開発したキュラトロンというアルゴリズムによって選出されている。これは、公募で作品を提出し、自分の作品と並べて展示したい他の作家を選べるというもの。7人の作品は、ライトホールと呼ばれる最上階の企画展示スペースの一部に、シヴ・バットネ、マルクス・リ・ステンスルード、アンドレ・テラーニ、ヨハンネ・ヘストヴォルト、マルティン・セーサー、 リンダ・レーセス、メラニー・キティとともに展示されている。
また、最上階では、同館のキュレーターが選定した、ノルウェーを拠点とするアーティストやアーティスト集団の作品も紹介されている。たとえば、ボルニー・スバラストク、 マルテ・ミンデ、イングン・ウツィなど、どれも最近所蔵コレクションに加わったものだ。
ヒンスボー館長は、「この展覧会がきっかけで、新しい所蔵作品が増えました」と話す。彼女は、アイデンティティ、帰属意識、国籍、民主主義、社会や美術界からの排除についての議論を喚起するような展覧会を開催し、それによって所蔵品の拡大と充実を実現しようと考えていた。展覧会を準備する中で、彼女とそのチームはこう自問したという。「なぜ、才能ある人を見過ごしてしまうのか。脚光を浴びるべき人たちを、どうして見逃すことができるだろうか」
ノルウェー国立美術館に展示されたシモーヌ・リーの《Cupboard XII(カップボード XII)》(2020) Photo: National Museum / Annar Bjørgli
企画展示には、一般の人々の意見も取り入れられている。スタンフォード大学が開発したNABC(Needs, Approach, Benefits, Competition)という手法に基づいて、19歳から25歳の若者を対象に、展示に何を期待するか、展示のデザインやテキスト、美術館のソーシャルメディア戦略やプログラムについてどう思うかを聞いている。
同美術館では、これからもこの手法を活用する方針だ。今後、11月からは英国の代表的アーティスト、グレイソン・ペリー展が行われ、2023年にはルイーズ・ブルジョワ展や、1940年代に抽象絵画を始めたノルウェー人イラストレーター、アンナ=エバ・バーグマンの展覧会などが予定されている。
「紆余曲折を経て美術館が完成した今だから言えることがあります」とヒンスボー館長は語った。「オスロの中心部には多額の投資が行われ、我われの美術館のほかにもオペラ劇場や図書館などの文化施設が集中しています。世界がどれほど急速に変化しているかを見れば、2022年の今、やり直したとしてもこれほどのものができるとは思えません」(翻訳:平林まき)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年6月8日に掲載されました。元記事はこちら。