アート界で女性作家が直面する障壁の現状──アノニマス・ワズ・ア・ウーマンが最新調査を発表

アート界における男女格差は、1971年にリンダ・ノックリンの「なぜ偉大な女性芸術家はいなかったのか」が発表されて以降、さまざまな形で議論されてきた。近年は、女性アーティストやフェミニスト・アートに光を当てる意欲的な展覧会も各国で行われているが、ジェンダーバランスの不均衡は依然として存在する。その現状を捉えた調査報告書が発表された。

コンスタンティナ・ザヴィツァノス《All the time》(2019) Photo: Greg Carideo
コンスタンティナ・ザヴィツァノス《All the time》(2019) Photo: Greg Carideo

アメリカのアート関連施設や組織に根強く残る男女格差に警鐘を鳴らす新たな調査報告書が発表された。それによると、格差に立ち向かう手段として、キャリアを重ねた中堅の女性アーティストを中心に、ギャラリーなど既存の組織への依存度を減らす道を模索する動きが見られる。

この報告書の発行・出資元である非営利団体、アノニマス・ワズ・ア・ウーマン(Anonymous Was A Woman、以下AWAW)は、ニューヨークアート財団とロックフェラー・フィランソロピー・アドバイザーズの協力を得て独自の助成金プログラムを運営し、毎年15人の女性アーティストにそれぞれ5万ドル(約720万円)を授与している。今回の調査は、アート界のジェンダーバランスの不均衡を是正し、男女格差による長期的な経済的影響を評価するAWAWの取り組みの一環として刊行された。

男女格差を乗り越えるための方策を調査

「Artists Speak: The Anonymous Was A Woman Survey(アーティストは語る:アノニマス・ワズ・ア・ウーマン調査)」と題された報告書の執筆者は、ジャーナリストのシャーロット・バーンズ、ジュリア・ハルペリン、そしてSMUデータ・アーツで、約1200人の中堅女性アーティストを対象に行われたアンケートと、AWAWによる過去の調査に基づいてまとめられている。そこで浮き彫りになったのは、男性優位のアート界でキャリアを築こうとする女性たちの前に立ちはだかるいくつもの障壁だ。

なお、調査回答者の88%はシスジェンダーの女性で、ノンバイナリーやジェンダークィアを自認する回答者は6%だった(*1)。

*1 シスジェンダーは生来の性別と性自認が一致している人、ノンバイナリーは性自認が男女どちらにもはっきり当てはまらない・当てはめたくない人、ジェンダークィアは男女の枠に当てはまらない、あるいは流動的だと自認する人。

この調査では、経済的な不安定さ、美術館からのサポート不足、検閲への懸念といった障壁を乗り越えるための取り組みにも目が向けられている。たとえば、そうした課題を作品の中で表現したり、フルタイムのアーティストとして持続的に活動していくために独自の工夫をしたりと、その方策はさまざまだ。

AWAWの設立者は、現在84歳の写真家スーザン・アンターバーグ。中西部で大手石油会社を経営する家族から受け継いだ資産をもとに1996年に設立されたAWAWの助成金は、アメリカで活動する何百人もの中堅女性アーティストを支援してきた。何十年も匿名を貫いてきたアンターバーグがAWAWの設立者であることを明かしたのは2018年のことで、クリントン政権時代に議会がアーティストへの援助を削減したことが自らの助成金を立ち上げるきっかけになったと話している。

報告書によると、回答者の半数以上(55%)が、障壁に直面する中で自立性を高め、ギャラリーやアドバイザーに頼る代わりに独自の手段で作品を販売するようになったと答えている。この変化を牽引しているのは年配のアーティストで、過去5年間に自分の作品を直接販売したことがあると答えたのは65歳以上で59%、40歳未満では53%だった。

1200人の調査対象者の年齢別や人種別の構成比を見ると、全体的に年齢層が高く、人種は白人が多いことがわかる。70%が白人で、平均年齢は58歳、40歳以上が85%を占める。

経済面、性差別、言論への制約では非白人の不利さが浮き彫りに

この報告書の大きなテーマである経済面での不安定さを見ると、回答者の世帯所得(年間)の中央値は7万5000ドル(約1080万円)で、アメリカ人全体の中央値8万600ドル(約1160万円)を下回っている。

収入格差に関する調査結果で明らかになったのは、フルタイムのアーティストの多くが作品の売上だけでは生活できず、家族の支援に頼っているという点だ。しかしこれが、アート界は「恵まれた人だけが働ける業界」という固定観念を強める要因にもなっている。

フルタイムのアーティストだと回答した女性の多くは、アート以外の方法で生活費を補っている。回答者は平均すると世帯所得のうち2万ドル(約288万円)を作品の売上から得ており、投資の配当や配偶者の支援のような受動的所得が世帯所得の33%を占める(この報告書では世帯の年間所得と累積収入は区別されていない)。

家族の資産からの恩恵を受ける傾向が一番強いのは白人の回答者だ。このグループでは、受動的所得が年収の約37%を占めており、黒人アーティストの2倍以上だった。また、回答者の3分の1は、世帯年収が5万ドル(約720万円)以下だとしており、現役アーティストの多くが経済的な安定を欠いていることを示している。これは、大抵のアーティストは低所得だという、昔から言われている現実を裏付けるものでもある。

女性アーティストの居住地からは、経済的に苦しいであろうことがさらに見えてくる。調査対象者の23%が美術品販売における世界最大の中心地であり、物価の高いニューヨークに居住しているからだ(アメリカ国外を拠点とする回答者は10%未満)。

課題は経済的な不安定さだけでない。性差別や言論への制約のように測定が難しい障壁は、若い世代により大きな影響を及ぼしているようだ。特に、世間一般でも大きな懸念事項となりつつある検閲の問題は、若い世代や有色人種のアーティストに重くのしかかっていることが調査結果から分かる。調査対象者の半数がキャリアにマイナスの影響が及ぶことを恐れ、思った通りのことを自由に発言できないと回答しているのだ。

若いアーティストや有色人種のアーティストほど、物議を醸す恐れのある意見を述べることに不安を感じており、40歳未満のアーティストの63%、アフリカ系アメリカ人および黒人アーティストの68%が、表現の自由について大きな懸念を抱いていると回答。また、アジア系アーティストの51%、アフリカ系アメリカ人・黒人アーティストの49%、ヒスパニック系・ラテン系アーティストの41%が、自分のアイデンティティに基づく作品を作るべきだというプレッシャーを感じている一方、白人アーティストの場合、そう感じているのは22%だった。

さらに、40歳未満のアーティストの30%が、性別による差別やハラスメントを経験したと答えている。しかし、それらの事案がどの程度仕事に関係する環境で起きていたのかは、この報告書では分からない。ただ、マイノリティの女性ほどこのような体験をした割合が高く、ラテン系・ヒスパニック系の女性の42%が性差別を体験したことがあると回答。これは、調査対象となった全グループの中で最も高い割合だった。

AWAWによるこの報告書の内容は、芸術分野で活動する人々のジェンダー比率を調べた世界各地の調査と似た結果になっている。たとえば、アメリカの18の主要美術館を対象とした2019年の調査では、所蔵品を制作したアーティストの87%が男性で、85%が白人だった。

また、イギリスのキングス・カレッジ・ロンドンの分析によれば、美術大学の卒業生は女性の方が多いにも関わらず、ロンドンの主要ギャラリーに所属するアーティストのうち女性は32%。オーストラリアで2022年に行われたカウンテス・レポートでは、州立美術館に作品が展示されているアーティストのうち、女性の割合は33.6%と、以前より減少するという結果だった。(翻訳:野澤朋代)

AWAWの調査レポート「Artists Speak: The Anonymous Was A Woman Survey」全文はこちら

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