ビヨンセのニューアルバムと“ゴディバ”のアートな関係
6月30日の午後、ビヨンセが最新アルバム「Renaissance(ルネサンス)」のジャケットデザインを発表した。するとすぐに、多くのファンが、19世紀の有名絵画に似ている! と、SNSに投稿。
フォトグラファーのカーリン・ジェイコブスが撮影したジャケットには、銀色に輝く馬にまたがる、ほぼ裸同然のビヨンセの姿が。この図が、英国人画家ジョン・コリア(1850-1934)が描いた《Lady Godiva(ゴディバ夫人)》(1880年/98年)によく似ていると話題になっているらしい。
ゴディバ夫人は11世紀に生きた英国人だ。英国人のルーツと呼ばれるアングロサクソン人にとっては伝説的な人物で、彼女にまつわるこんなエピソードが今日まで伝わっている。ある日、夫のレオフリック伯爵が、英国の小さな町コベントリーの市民に厳しい税金を課そうとしたことに抗議するため、ゴディバ夫人は衣服を纏わず馬に乗ったという。レオフリックが、彼女が裸で馬にまたがり町に現れれば税の引き下げに従うと告げたことに対し、彼女はこの挑戦に応えたというわけだ。ゴディバ夫人は自身の威厳を保つために市民全員に家から外出しないように伝え、一人の男(「のぞき魔」を意味する「Peeping Tom」の語源になった人物)を除いて全員が従った。(現在、この部分は作り話だと考えられている)
ちなみに、高級チョコレートブランド「GODIVA」の創始者ジョセフ・ドラップスと妻ガブリエルは、ゴディバ夫人の行動に感銘を受け、ブランドのシンボルマークに起用したことでも有名だ。
ラファエル前派(*1)を代表するジョン・コリアの絵は現在、ゴディバ夫人を描いた作品のコレクションで知られる、コベントリーのハーバート美術博物館が所蔵している。
*1 1848年に英国で、ジョン・エヴァレット・ミレイやダンテ・ゲイブリエル・ロセッティらの画家や批評家によって結成されたグループ。イタリアの盛期ルネサンスを代表するラファエロ(1483-1520)の絵画を規範とする美術学校に対抗し、ラファエロ以前の中世や初期ルネサンスの自然描写に理想を見いだした。
ビヨンセ自身は、アルバムジャケットを公開した際、ゴディバ夫人やコリアの絵画について言及したわけではない。だが、インスタグラムに投稿したコメントからは、アングロサクソンにまつわる前述のようなエピソードに共鳴していることが読み取れる。
「私の意図は、安全で、ジャッジされることのない場所を作ることでした」とビヨンセはアルバムについて語った。「完璧主義や考え過ぎから解き放たれる場所。叫び、解放し、自由を感じるための場所。それは美しい探検の旅でした」
ツイッター上では、ジョン・コリアの絵とビヨンセのジャケットを比較するツイートが拡散された。なかには、1977年に女優ビアンカ・ジャガーが馬に乗り、ニューヨークの有名なクラブ「スタジオ54」に到着した姿と、ビヨンセのジャケットを関連づける人も。
ARTnewsは、フォトグラファーのカーリン・ジェイコブスの代理人に、コリアの絵との関連性についてコメントを求めているところだ。
事実、ビヨンセはこれまでに、美術史から引用したプロジェクトを数多く行ってきた。夫であるラッパーのJay-Zとともに、ルーブル美術館の《モナリザ》の前でMVを撮影したり、めったに見ることのできないバスキアの絵の隣に登場したり。他にも、デイヴィッド・ハモンズ、リチャード・プリンス、デリック・アダムス、コンラッド・エギール、ロバート・プルイットらの作品をMVに取り込んでいる。また、アウル・エリックやタイラー・ミッチェルのような若手フォトグラファーを起用し、彼女のポートレートを撮影するなど、多くのアーティストを巻き込んでいる。
6月21日にリリースされた新曲 「BREAK MY SOUL(ブレイク・マイ・ソウル)」には、そのような明らかな引用は見当たらない。しかし、このアルバムのタイトル「ルネサンス」には、何かが隠されているように思えてならない。発売は7月29日。そこで真相を知ることになるだろう。(翻訳:編集部)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年6月30日に掲載されました。元記事はこちら