クリスティーズの春のイブニングセールは「堅実な売り上げ」を達成。時代を色濃く反映する結果に
5月12日夜、クリスティーズ・ニューヨークは春のオークションシーズンの幕開けとなる2部構成のオークションを開催。手数料込みの合計で4億8900万ドル(最近の為替レートで約714億円、以下同)を売り上げた。ハイエンド市場の堅実さを印象付けた2つのオークションの結果を見ていこう。

5月12日夜、クリスティーズ・ニューヨークで2部構成のイブニングセールが行われた。前半は大手書店チェーン、バーンズ&ノーブルの創業者である故レナード・リッジオと妻のルイーズによるコレクションのセールで、シュルレアリスム、モダニズム、ミニマリズムを中心に38の作品が出品され、売れ行きの見通しは不透明と言われていた中、ほぼ全てに買い手がついた(クリスティーズによる保証付き)。続いて行われた20世紀美術のイブニングセールには、モネ、ロスコ、ウォーホルなど、美術館クラスの大作を含む35ロットが出品されている。
2つのセールの売上総額は手数料込みで4億8900万ドル(約714億円)と、予想落札総額の最低ラインとされた4億4600万ドル(約651億円)を超えたものの、落札額のみの総額は4億900万ドル(597億円)にとどまった。ただし、2024年春に行われた同カテゴリーのセール(出品64ロット、出品取り下げ3ロット)の4億1300万ドル(約603億円)を上回り、昨年11月のイブニングセールの4億8600万ドル(約710億円)に匹敵する出来だった。
全体として今回のイブニングセールでは、ハイエンド市場の堅実さと層の厚さ、著名アーティストの強さがはっきり示されたと言えるだろう。アートアドバイザーのデーン・ジェンセンはUS版ARTnewsの取材にこう答えた。
「見栄えの良い数字を出すための努力が実ったというところでしょう。(クリスティーズの)チームはよく頑張ったと思います。壊滅的というほどではないにしろ、市場が厳しいのは周知の事実ですから」
同じくアートアドバイザーのヒューゴ・ネイサンは、次のように述べている。
「決して華々しい結果ではないものの、堅実な売り上げを達成しました。今は不確実な時代です。出品作品が確定したのはオークションの間際になってからだと思います」
以下、2つのオークションで売れた作品、売れなかった作品、注目を集めたロット、そして来年まで出品を見送るべきだったかもしれない作品を見ていこう。
レナード&ルイーズ・リッジオ コレクションの売上総額は2億7200万ドル(約397億円)
オークションの前半は、ニューヨークでも指折りの大コレクター、レナード・リッジオのコレクションから選び抜かれた作品のセールが行われた。収集作品の幅の広さと質の高さで定評のある同コレクションは、業界関係者の間では昔からよく知られていたが、一般に公開されたことはほとんどない。そしてこのセールは、昨年8月に亡くなったリッジオとの別れを惜しむ機会でもあった。妻のルイーズは現在、有名な邸宅の整理をしている。
事前予想の最低ラインが2億5200万ドル(約368億円)だったのに対し、38ロットの落札総額は2億2800万ドル(約333億円)、手数料込みで2億7200万ドル(約397億円)。23ロットが第三者保証付きで、全ロットが最低価格保証付きでの出品だった。
落札額トップとなったのは、かつてパーク・アベニューにあるリッジオ宅の玄関ホールに飾られていたピエト・モンドリアンの《大きな赤い平面、青みがかった灰色、黄色、黒と青のコンポジション》(1922)。落札額は、5000万ドル(約73億円)前後とされた予想額を下回る4100万ドル(約60億円)、手数料込み4756万ドル(約69億円)で、2022年に記録したモンドリアン作品の最高落札額5100万ドル(約74億円)に届かなかった。

落札額第2位はルネ・マグリットの《L'empire des lumières(光の帝国)》(1949)で、クリスティーズ・グローバル・プレジデントのアレックス・ロッターとの電話で入札した買い手が、オークション開始直後に3000万ドル(約44億円)、手数料込み3490万ドル(約51億円)で落札した。面白いことに、マグリットの《L'empire des lumières(光の帝国)》は、2017年11月、そして2023年11月にもクリスティーズ・ニューヨークのオークションに出品されている。しかも後者の落札額は、手数料込みで今回とぴったり同額だった。
アートアドバイザーのメーガン・フォックス・ケリーはこうコメントしている。
「とにかく値下がりはしませんでした。そもそも、値上がりすると思っていた人がいるでしょうか?」
リッジオのシュルレアリスムへの傾倒を物語る作品、マグリットの《Les droits de l'homme(人間の権利)》(1947-48)と、アルベルト・ジャコメッティの《Femme de Venise I(ヴェネツィアの女I)》は、いずれも予想落札額が1500万から2000万ドル(約22億~29億円)のところ、前者は1350万ドル(約20億円)、手数料込み1594万ドル(約23億円)、後者は1500万ドル(約22億円)、手数料込みで1766万ドル(約26億円)という結果だった。
また、ピカソ、リヒター、バーバラ・ヘップワース、アグネス・マーティンへの入札は、慎重さの中にも需要の高さを感じさせるもので、モダニズムの強さを印象付けた。

結果が振るわなかった作品には、スタン・ダグラスの写真プリント《A Luta Continua(闘いは続く)》(1974)がある。最低価格保証が付いていたこの作品は、予想最低落札額6万ドル(約879万円)に対し、落札額は1万ドル(約146万円)、手数料込み1万2600ドル(約184万円)に終わった。また、出品が取り下げられたフリオ・ゴンザレスの《Forme sévère(厳格なフォルム)》の予想落札額は、800万から1200万ドル(約12億~約18億円)に設定されていた。
20世紀美術イブニングセールの売上総額は2億1700万ドル(約317億円)
後半に行われた20世紀美術のオークションでは、ヘビー級の名品がリングに登場。予想最低額1億9400万ドル(約283億円)のところ、落札総額は1億8110万ドル(約264億円)、手数料込みで2億1700万ドル(約317億円)となった。35の出品作のうち15点が第三者保証付きで、同一作家の2作品が出品取り下げになっている。
トップロットはクロード・モネの《Peupliers au bord de l'Epte, crepuscule(エプト川沿いのポプラ並木、夕暮れ)》で、3000万から5000万ドル(約44億~73億円)の事前予想に対し、落札額は3700万ドル(約54億円)、手数料込みで4290万ドル(約63億円)。これも第三者保証が付いており、落札したのは、クリスティーズ・ロンドンの印象派・モダンアート担当責任者、キース・ギルとの電話による入札者だった。
それに次ぐ高額落札となったのは、マーク・ロスコの《No.4 (Two Dominants) [Orange, Plum, Black](No.4[2つのドミナント]〈オレンジ、プラム、黒〉)。これを含むシド&アン・バス夫妻のコレクション9点は、有名建築家ポール・ルドルフが設計したテキサス州フォートワースの邸宅で所蔵されていた。この作品はセールの中でもとりわけ重要性の高い戦後美術作品として存在感を示し、3500万ドル(約51億円)前後の事前予想に対して、手数料込み3785万5000ドル(約55億円)という結果を残した。
3番目はゲルハルト・リヒターの《Korsika(Schiu)(コルシカ[シフ])で、事前予想が900万から1200万ドル(約13億~18億円)のところ、落札額は1290万ドル(約19億円)、手数料込みで1520万ドル(約22億円)となった(第三者保証付き)。入札は7分間にわたり、小刻みに金額が上がっていったため、オークショニアを務めたクリスティーズ・プライベートセールス部門責任者のエイドリアン・マイヤーが、「ゲストのディナーは手配済みでしょうか?」と言って笑いを取っていた。
この3作品の落札額が予想を大きく超えるところまでいかなかったのは、アート・バーゼルとUBSによる直近の調査報告書に示された傾向を裏付けている。同報告書によると、1000万ドル(約14億6000万円)を超える超高額作品の市場規模は、2023年に前年比27%減、2024年には前年比で39%減少。オークション売上高に占める超高額作品の割合も2022年の33%から減少を続け、現在は18%にまで落ち込んでいる。
前出のアートアドバイザー、メーガン・フォックス・ケリーは、「何十人もの人が特定の作品をめぐって競い合うような状況ではありません」と話す。

一方、オークション会場に熱気をもたらしたのが、フランク・ステラの《Firuzabad III(フィルザバード III)》(1970)だ。304.8×457.2 cmのこの作品は、270万ドル(約4億円)、手数料込み317万ドル(約4億6000万円)で落札された(バス夫妻のコレクションからの出品)。
そのほか、ゲルハルト・リヒターの《Korsika(Schiff)(コルシカ[シフ])、フランク・ステラの《Itata(イタタ)》、レメディオス・バロの《Revelación(啓示)》も、華やかさより幅の広さに重点を置いたこのセールの盛り上げ役になった。また、ドロテア・タニングの《Endgame(エンドゲーム)》は、150万ドル(約2億円)の予想最高落札額に対して234万9000ドル(約3億4000万円)で決着。タニング作品のオークション落札額の最高記録を打ち立てるとともに、シュルレアリスム人気が続いていることの証左になった。

「時代の気分に合わない」ウォーホル作品がオークション途中で取り下げに
注目を集めたのは、事前予想額が3000万ドル(約44億円)のアンディ・ウォーホル作品、《Big Electric Chair(大型電気椅子)》(1967-68)だ。ウォーホルの「死と災害」シリーズの一作であるこの絵が最後に市場に出たのは2019年で、そのときは1900万ドル(約28億円)で落札されている。ウォーホルの主要作品の多くが長期保有される一方で、バスキア人気がアート市場で支配的になっている現在、ウォーホル作品に対するコレクターの購入意欲を試す貴重な機会だったと言えるだろう(同作は、ベルギーの慈善家、ロジャー・マティスとヒルダ・コレのコレクションからの出品)。
しかし、幅188cmのこの大型作品は、入札合戦を呼ぶことなく、同時に出品されていたもう1点のウォーホル作品とともにオークションの途中で取り下げられた。ジェンセンはその理由について、ウォーホルのマーケットが縮小気味であること、特に「災害のイメージ」に対する需要が減少していることを挙げ、こう説明した。
「昨今の政治情勢では、あのようなイメージは好まれないのでしょう。お金を使いたくなるような作品とは言えません」
クリスティーズは、数年前のような華やかさや1億ドル超えの落札価格はないにせよ、幅の広い作品を揃え、多くの出品作に保証を付ける戦略で堅実に結果を出した。冷え込んだ市場でも、ネームバリューのあるアーティスト(モンドリアンの場合は作品の良さもある)は、今もなお熱狂的な支持を集めることができる。それを再認識させられた反面、ウォーホルのようなかつての巨人が、今はさほど重要な位置を占めていないことも示された。
また、このセールの結果から、アート市場がますます細分化している状況が見て取れる。好成績だったのは他に類のない作品、そして買い手の琴線に触れる作品だった。
「リヒターがいい例です。船、穏やかな海、夕日。混沌とした時代にあって、こうした静けさの表現は感動を呼びます」とネイサンは語る。出品取り下げとなったウォーホルの2作品は、それとは対極の美意識に基づくもので、今の時代の気分には合わない。ロッターによると、それぞれのウォーホル作品の出品者(別々の人物)は、オークションを続けるのはリスクに見合わないと判断したという。

会場には、アート以外のことに気を取られている参加者もいた。会場2列目の身なりのいい紳士が、スマートフォンを掲げてNBAニューヨーク・ニックスの試合を、周りの席の人たちに見せていたのだ。そのとき(まだ第1クォーターだった)、ニックスはボストン・セルティックス相手に24対23でリード。しかし、フィンセント・ファン・ゴッホの《In de Duinen(砂丘のある風景)》の入札が行われていたそのクォーターの終了時には、セルティックスが39-28と逆転していた。
なお、この試合はニックスが121-113で勝利し、セルティックスとのカンファレンス・セミファイナル・シリーズを3勝1敗で勝ち越した。(翻訳:清水玲奈)
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