「ART OSAKA 2025」をレポート。23度目の開催を迎えたアートフェアから見る関西アートシーンの現状

日本で最も長い歴史をもつ現代美術のアートフェアART OSAKAが23回目の開催を迎えた。工場跡地を活用したExpandedセクションや新設のビデオアート上映プログラムなど独自の試みを展開する一方、東京との格差も垣間見えた。関西アートシーンの現在地をレポートする。

ART OSAKA 2025 Galleriesセクションの展示風景。Photo: Taiya Yuico
ART OSAKA 2025 Galleriesセクションの展示風景。Photo: Taiya Yuico

今年で23回目の開催を迎えるART OSAKA 2025が6月5日から9日まで開催された。ブース形式で作品が出品される「Galleries」セクションが大阪市中央公会堂で実施されたほか、日本のアートフェアでは普段展示される機会の少ない大型作品を扱う「Expanded」セクションが、北加賀屋のクリエイティブセンター大阪で展開された。また、実験映像やビデオアートを上映する「Screening Program」が今年から新たに設けられ、日本のビデオアートの黎明期から現代に至るまでを振り返るプログラムが3日にわたって行われた。

Expandedセクションは今年も充実

Expandedセクションの会場となったクリエイティブセンター大阪は、ART OSAKAに特別協賛する千島土地株式会社が所有する名村造船所大阪工場の跡地を蘇らせ、そのポテンシャルを最大限活かしたユニークな空間。かつては製図室などが入っていた4階建ての建物には17組のアーティストの作品が出展されていたほか、「赤鉄骨」と「パルティッタ」と呼ばれる会場では、それぞれパフォーマンスアートが発表された。

同セクションのメイン会場である工場跡地の1階には、3つの脚立で構成されたオノ・ヨーコの参加型インスタレーション《FLY》(1963)が展示されていた。展示会場の入り口には「飛ぶ用意をして来る事。」と書かれた指示書が掲出され、鑑賞者はそれに従いながら配置されているはしごの周りを歩いたり、下をくぐりながら作品を鑑賞する。本作の発表当時は、脚立の上に登って飛び降りることもできたという。

ART OSAKA 2025 Expandedセクションで展示されていた、オノ・ヨーコの《FLY》(1963)。Photo: Taiya Yuico
ART OSAKA 2025 Expandedセクションの展示風景。Photo: Taiya Yuico
ART OSAKA 2025 Expandedセクションの展示風景。屋外ではパフォーマンスアートが発表されていた。Photo: Taiya Yuico

2階に上がると、展示会場へとつながる通路に中村亮一による《a study of identity》(2015-2025)がひときわ存在感を放っていた。本作は、第2次世界大戦中にアメリカに移り住んだ日系アメリカ人一世や二世を撮影した1000枚に及ぶ肖像写真で構成されており、日米の間で揺れる複雑なアイデンティティが表現されていた。かつて自身が活動拠点にしていたベルリンで受けた偏見から、移民と社会の隔たりについて考えるようになった中村は、本作を通して異なる文化や国を横断するなかで生じる自己同一性の揺らぎや、複雑な社会構造への理解を深めるために制作したと語っている。

中村亮一《a study of identity》(2015-2025)

このほかExpandedセクションでは、詩人・AIアーティストのサシャ・スタイルズによる生成AIインスタレーション《Heart Mantra》や、製図室として使われていた最上階を1室まるごと活用した伊藤航の《Sports festival》(2025)といった作品が展示されていたほか、河合政之によるライブパフォーマンスが行われるなど、インパクトのある充実の内容だった。

出品作品の価格から関西アートシーンを考察

Galleriesセクションには、障がい者アートをアートマーケットに紹介するプロジェクトを大阪で運営するカペイシャスや、京都が拠点のMORI YU GALLERY、そして小山登美夫ギャラリーや√K Contemporaryといった東京に拠点を置くギャラリーのほか、台湾や韓国からも参加し、合計44軒が出展していた。これらのブースに出品されている作品の多くが数万〜50万円台の価格帯であった背景には、高価格帯の作品をコレクションする地元コレクターがまだ少ないという現状があるようだ。そのため、ある出展ギャラリーの関係者は、高額作品の出品は控え、意識的に価格帯にバリエーションをもたせたと語っていた。また、大阪で開催されているアートフェアではあるが、人だかりができていたブースはどれも東京が拠点のギャラリーだったことから、地元では見る機会の少ない作品に対する関心の高さがうかがえた。

ここで、東京で開催されているアートフェアの来場者数と売上額をART OSAKAの過去の実績と比較してみよう。昨年開催されたART OSAKA 2024には約8600人が訪れ(うち5200人弱がExpandedセクションの来場者)、売上額は約1億3500万円だった。一方、同年のアートフェア東京にはおよそ5万5000人のコレクターや美術関係者が訪れ、総売上金額は32億8000万円を記録している。ART OSAKAと比べてアートフェア東京には4倍近くのギャラリーが出展しており、現代美術だけでなく古美術や近代美術も含まれるので単純比較はできないが、参加ギャラリー数や集客数において、関西圏の求心力は東京のそれに遠く及ばない。

ART OSAKA 2025 Galleriesセクションの展示風景。Photo: Taiya Yuico
ART OSAKA 2025 Galleriesセクションの展示風景。Photo: Taiya Yuico

さらにアジアに視線を広げると、フリーズ・ソウルアート・バーゼル香港、またアートアッセンブリーが運営するART SGや台北當代など、世界的アートフェアが進出しているほか、ローカルコミュニティのためのプラットフォームとしての独自性を打ち出すブティック系のART OnOなど、個性も規模も異なるアートフェアがすでに多数存在する。不況に起因するアート市場の低迷は懸念だが、少なくとも、アジアのアート市場に高い関心を寄せるギャラリーやコレクターの選択肢は、この10年ほどで大幅に多様化している。

今後、関西圏のコレクター育成やアートコミュニティ醸成の機会が増えていけば、価格帯や作品の内容としてもよりバラエティに富んだ作品がART OSAKAに集まる可能性もある一方、目の肥えた国内の有力コレクターや海外コレクター誘致の観点から言えば、世界中で大小様々なアートフェアが乱立する中、ART OSAKAの独自性をどう確立し、発信していくことができるのかが、今後の課題となりそうだ。

もちろん、今回のART OSAKAに独自性がなかったわけでは決してない。先述したExpandedセクションがGalleriesセクションの来場者数を上回っているのは、従来のギャラリー形式を超えた大型作品や空間体験への関心の高さの証左と言える。また、スケジュールの都合上見ることは叶わなかったが、気鋭のアニメーション作家、折笠良による《みじめな奇蹟》(日本語版)が上映されるなど、ビデオアートや実験映像の貴重な視聴機会を提供していた。集客や売り上げに支えられる持続可能性の観点から見ると課題は残るものの、関西圏におけるアートシーンの拡大、あるいは独自のアートエコシステム構築という意味で、ART OSAKAが果たせる役割は決して無視できない。今後、このアートフェアがどんな成長を遂げるのか、注目したい。

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