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アート市場に構造変化? “約1京円” の資産の大移動でコレクション売却の波が来る

米国では約73兆ドル(約1京円)の資産が、今後25年の間にベビーブーマー世代の親からX世代やミレニアル世代の子どもへと受け継がれることになる。「資産の大移動(The Great Wealth Transfer)」と呼ばれる資産継承の流れは、アート市場にどんな影響を及ぼすのだろうか。

アートフェアで作品を見る人たち Getty Images

親から子へ引き継がれる73兆ドルのおよそ半分は、上位1.5%の世帯、いわゆる「コレクティングクラス(コレクター階級)」と言われる富裕層の資産だと推定されている。この巨大トレンドとアート市場に起きている変化について、金融業界の専門家であるサラ・マクダニエルに話を聞いた。

マクダニエルは米国の大手金融機関モルガン・スタンレーで、アート・リソース・チームの責任者を務めている。彼女は富裕層顧客の美術品コレクション管理業務を行っているが、最近の案件は以前より複雑になっているという。というのは、高齢化したベビーブーマー世代のコレクターが、所有するアート作品を誰に受け継いでもらうか、これまでの計画を見直し始めているからだ。その背景には、アート市場の急激な変化と次世代の嗜好の多様化がある。

マクダニエルはARTnewsの取材にこう答えている。「今後は資産の大移動が起きますが、高齢コレクターの子どもたちは、親世代とはアートの好みが異なることがわかってきました。かつては、人気のあるカテゴリーやコレクターの顔ぶれが同じまま長く続く傾向があったので、コレクターが亡くなったり、コレクションを処分したりする時にも断絶が生じる可能性は少なかったのですが……」

マクダニエルの推定では、3000万ドル(約40億円)以上の資産を持つ富裕層顧客は、資産の5〜10%を美術品や収集品に配分している。そのため、今後数十年で数兆ドル分の美術品の所有者が変わるだろうというのが、マクダニエルのような資産プランナーの見方だ。

そして、子どもがコレクションを相続しない場合、親世代のコレクターにとって最良の選択肢は、多額の減税と引き換えに作品を贈与するか、自分が死ぬ前に美術品を売却するかの2択だとマクダニエルは説明する。これは、終活として作品を売り払うだけではなく、長期にわたって作品を売る頻度が高まることにもつながる。

「コレクターがこれまでアート市場で築いてきた人間関係や、収集した美術品の市場価値を考えると、購入当時より人気の落ちた作品は、数十年先まで待つより、早いうちに売却した方が有利かもしれません」

嗜好がどんどん変わり、アート市場が流動的になっているのは不安材料になるかもしれないが、不安定さを増すトレンドサイクルの背景には、多くのポジティブな要素もあるとマクダニエルは指摘する。

「自分と同世代のアーティストの作品を手に入れたいと望む新世代のコレクターが出てきています。女性コレクターが多くなっていますし、彼らの居住地も多様になっていますが、特にアジア系のコレクターが増えているのが特徴的ですね」

こうした新しいコレクターの多くが求めているのは、性別や人種、出身国など、さまざまなバックグラウンドを持つ若手アーティストの作品だ。実際、サザビーズのようなオークションハウスは、すでにこの流れに乗って売り上げを伸ばしている。


22年5月に行われたサザビーズのオークションに出品された、シモーヌ・リー《Birmingham》(2012) Courtesy Sotheby's

2021年11月にサザビーズは、存命アーティストに特化した初のイブニングセール「The Now(ザ・ナウ)」を開催。これが大成功を収め、その後22年5月に行われたオークションではシモーヌ・リー、アンナ・ワヤント、ジェニファー・パッカーといった女性アーティストの作品が記録的な価格をつけ、売り上げ総額は2億8340万ドルに達している。

アート市場には、金融市場と同じように「プライマリーマーケット」と「セカンダリーマーケット」という2つの市場がある。プライマリーマーケットとは、作品が最初に世に出る市場で、通常はアートギャラリーや百貨店、アートフェアなどで作家が作品を発表し、売買される。セカンダリーマーケットは、プライマリーで顧客が購入・所有していた作品を、オークションなどで再販(転売)する市場だ。

マクダニエルは市場に起きている変化をこう語る。「従来、存命アーティストの作品がセカンダリーマーケットに出回るまでには時間がかかるものでした。それに対して、現在、存命アーティストの一部では、プライマリーマーケットからセカンダリーマーケットへのサイクルが早まる傾向があります。中には、両方のマーケットで同時に販売されている場合もあるほどです」

こうした傾向は、若手アーティストに大きな影響を与えている。彼らの多くは急速にピークを迎え、急速に消えていく。つまり、セカンダリーマーケットで成功できるのは、ほんの一握りなのだ。

では、何十年もかけて集めたコレクションに需要がないかもしれないと知ったとき、マクダニエルの顧客はどう反応するのだろうか。それはコレクターのタイプによるというのが彼女の答えだ。

「私が担当してきたコレクターのほとんどは、アートを愛し、作品が気に入ったから買うという人たちです。つまり、作家のキャリアや影響力に純粋に関心を持つタイプ。一方、アートが心から好きなのと同時に、投資対象でもあると考える人もいます」

マクダニエルはこう続ける。「アートを投資と考えるコレクターは、金融、不動産、テクノロジー分野の人たちです。作品に熱中するだけでなく、1つの資産カテゴリーと捉えるのは、こうした業界の特徴かもしれないですね。彼らは美術品がその価値を維持し、あるいはより高く評価されることを期待しつつ、他の投資と同じように価値が下がるリスクもあることを認識しています。でも、アートが好きで購入する人たちにとっては、市場の変化は大きな問題じゃありません。自分の愛する作品とともに暮らすのが、彼らにとって価値あることなんです」(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年8月22日に掲載されました。元記事はこちら

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