「文化のゲートウェイ」ローズウッド宮古島のデザイナーに聞く、「ベアフット・シック」の極意
沖縄県宮古島にオープンした「ローズウッド宮古島」。世界21カ国でウルトラ・ラグジュアリー・ライフスタイル・ホテルを展開するローズウッド ホテルズ&リゾーツ®にとって、日本初上陸となるプロジェクトとしても注目を集めている。この最新高級ホテルリゾートのデザインを自身のチームとともに手がけたスタジオ・ピート・ブーンの創設者、ピート・ブーンに、デザインフィロソフィーや地元コミュニティとのつながりなどについて話を訊いた。

ローズウッド ホテルズ&リゾーツ®は、1979年にテキサス州ダラスで創業したラグジュアリーホテルブランドだ。現在は香港を拠点に、2008年にグループCEOに就任したソニア・チェンの指揮のもと、「Sense of Place®」をスローガンに積極的に世界展開を進めている。その根幹には、単なる高級ホテルという枠組みを超えて、その土地の歴史や文化、風土を尊重し、旅人がその土地のストーリーと深くつながるための「文化のゲートウェイ」となることを目指す同グループの揺るぎない理念がある。
この理念は、建築やインテリアのディテールにとどまらず、館内に配されたアートやクラフトのキュレーションにも反映されている。たとえば旗艦店に位置付けられるローズウッド香港は自らを「あらゆる形態の現代アートとデザインのアドボケート(提唱者)」と呼び、館内のそこここには、ダミアン・ハーストからジョー・ブラッドリー、トーマス・ハウセゴなど、多様な現代アーティストたちによる作品が展示され、訪れる人々にインスピレーションを与えている。またパリ、ロンドンやアムステルダムなど世界各国の姉妹ホテルでも、地元のアーティストや職人とのコラボレーションが積極的に行われており、ホスピタリティと創造性が交差する場としての可能性が探求されている。
さて、そんなローズウッド グループのポートフォリオに今年3月に加わったのは、沖縄・宮古島だ。日本国内における記念すべき第一号でもあるローズウッド宮古島の設計を手がけたのは、韓国やシンガポールなど、アジアでも様々なプロジェクト実績を持ち、この6月に開業したローズウッド アムステルダムの設計も手がけた、オランダを拠点とするスタジオ・ピート・ブーン。自然素材と地域性を重視したエレガントな空間づくりに定評がある建築スタジオと、世界的に注目されるアート志向のラグジュアリーホテルがタッグを組むことで、宮古島という日本の離島にどのような新たな文脈をもたらそうとしているのか。来日した同スタジオ創設者のデザイナー、ピート・ブーンに話を聞いた。

──まずはローズウッド宮古島を手がけることになった経緯についてお聞かせください。
その話は、実はアムステルダムから始まります。今から10年ほど前になりますが、私の建築事務所があるアムステルダムに、かつて裁判所として使われていた建物があり、そこにローズウッド ホテルを建てる計画があると聞きつけたんです。すかさずローズウッド ホテルズ&リゾーツのCEOであるソニア・チェンに直談判するべく香港に飛び、こう言ったんです。「ローズウッド アムステルダムは、私たちがやるべきだ」と。すると彼女は、「わかったわ。でも、なぜ?」と尋ね返したのです。
そこで私たちは、ホテルが計画されている建物について、アムステルダムの文化について、そしてこの街がどう機能しているかについて、美しいプレゼンテーションを準備しました。私の主張は、こんな感じでした──「このプロジェクトは私たちスタジオ・ピート・ブーンがやるべきだ。なぜなら、私たちはアムステルダムを熟知した、アムステルダムの人間なのだから」。
──すごいバイタリティですね。しかしなぜ、ローズウッドにこだわったのでしょう?
ローズウッドが掲げる「Sense of Place®」、つまり、その土地ならではの感覚を何よりも大切にするというフィロソフィーに共感したからです。ですからアムステルダムの拠点も、建物に足を踏み入れた瞬間に「これこそがアムステルダム!」と直感できるものでなければなりません。アムステルダムには「Wホテル」や「コンセルヴァトリウムホテル」のような素晴らしい高級ホテルがたくさんありますが、こうした高級ホテルチェーンは、イタリアでもニューヨークでも印象が大きく変わることはありませんから。
私はカリブ海が好きで、たくさんのホテルやプライベートレジデンスを現地で手がけてきました。いまから20年以上前に設計した最初のヴィラがきっかけとなって評判が広がり、これまでボネール島(カリブ海南部のオランダ領の島)だけでも、ビーチ沿いに25軒以上を設計しています。このような海岸リゾート開発の経験を豊富に有していることから、ローズウッドが今度は宮古島でプロジェクトを計画していると知って、ソニアに「アムステルダムはもちろんのこと、宮古島も私たちがやるべきだ!」と訴えたんです(笑)。しかし彼女から返ってきたのは、「でも、あなたはアムステルダムの人でしょう?」という言葉でした。
そこで私はこう答えました。「私は、今でもヨーロッパをはじめ海外から多数の観光客が訪れるカリブ海で、たくさんのプロジェクトを手がけてきました。だから、私たちなら宮古島においても、どんなに目の肥えたツーリストたちをも惹きつけるホテルリゾートを実現できます」と。彼女はすぐに同意してくれました。
──初めて宮古島を訪れた際の印象は?
当初の私は宮古島に対して、カリブ海の島々に似た特徴がありながらも、もう少しクールな場所というくらいのイメージしかもっていませんでした。あそこまで素晴らしい土地であるとは、初めて島を訪れるまでは知る由しもありません。宮古島は本当に美しく、忙しない現代のライフスタイルを離れて、真の意味で息抜きできる理想的なロケーションです。碧い海と美しい砂浜以外は何も存在しない──その特別な光景は、今も心に焼きついています。一瞬で恋に落ちました。
──「Sense of Place®」の話が出ましたが、宮古島のプロジェクトにおいて最も重視されたこの土地ならではの魅力とはなんでしょうか?
私にとって重要だったのは、海から見たときに建物がこの土地の風景に溶け込んでいるようにすることでした。その点、現地のみやこ下地島空港ターミナルは、とても美しいデザインの空港でありながら、台風から建物を守るための設計の工夫にも優れており、良い参考になりました。ローズウッド宮古島では、ミニマリストなデザインを志向すると同時に、現地で採掘できる石材などのマテリアルをふんだんに使って、全体の印象を少し柔らかく、温かみのあるものに仕上げています。
現地で入手できる素材に関しては徹底したリサーチを行い、まずはムードボード(デザインやコンセプトのイメージを視覚的に表現するコラージュ)をつくりました。資材の輸入をできる限り低減し、日本国内から調達したかったのです。滞在中には、素材探しのためにクルマで島中を走り回り、本当に多くの場所を訪れました。このときのリサーチで撮影した写真の枚数は、素材の細かいディテールなども合わせると2000枚に達すると思います。そんなふうにして、現地で採れるマテリアルについて多くを学んでいきました。

──ソニアさんの説得材料ともなったカリブ海のプロジェクトと共通する点はありますか?
ローズウッド宮古島には、私たちが「ベアフット・シック(Barefoot chic)」と呼んでいる重要なコンセプトがあります。とてもハイエンドでありながら、素足で過ごすことができる、というものです。ビーチサンダルで歩き周り、ショーツで朝食を摂ってもいい。気取らず、無理にドレスアップする必要もない。ただただリラックスした時間を堪能してほしい。それが私たちにとって本当に大切なことなんです。これは、カリブ海の島々に脈々と受け継がれる精神でもあり、日本の皆さんにも、このスタイルをぜひ楽しんでもらえたらと心から願っています。もちろん、ディナーのためにファインダイニングに向かうときは別ですが(笑)。
また、滞在中に多くの時間を過ごすゲストヴィラは、3棟のハウスを含む55棟あり、すべてが海を向くように設計されています。インテリアとエクステリアをつなぐシームレスなデザインで、いつでもドアを開け放ち、宮古島の碧い海と、プライベートで親密なインドア空間の双方を存分に楽しめます。各ヴィラにはそれぞれ専用のプライベートプールも備えています。
──ローズウッド宮古島は、洗練されたホテルリゾートとしての評価のみならず、地元コミュニティに根差し、浸透した存在である点も注目されています。
ローズウッド宮古島に通底するミニマルでタイムレスなデザインは、第一に、ビーチサンダルで歩くことが一番ふさわしいこの美しい島の景観を乱してはいけないと考えたことがベースにあります。そして同時に、地元の方々とのつながりを重視した論理的な結果でもあります。
地元の方々が私たちのプロジェクトを受け入れ、誇りに思ってくれなければ、プロジェクトの成功はありません。だからこそ、建築デザインが「よそよそしい」ものであってはならないのです。さらにホテルでは、パドルボード、スキューバダイビングなどたくさんのアクティビティが楽しめますが、これを運営していくためにも、島のコミュニティの力が不可欠なんです。
──ここでは大規模なデザイン建築にありがちな「人間のエゴ」が良い意味で非常に少ない、つまり、自然に対する敬意が感じられます。「宮古ブルー」と呼ばれる美しい碧色をたたえた海の存在も、その一つですね、
見渡す限り何も人工物が存在しない宮古島の建設予定地を初めて目にしたとき、まるでアルバ、キュラソー、アンティグア・バーブーダ(すべてカリブ海の島々)にいるような気分になりました。と同時に、「どこかクオリティが異なる」と感じました。そうした宮古島の自然に対する敬意をいかにデザインの中で表現していくかが、私に課せられた課題でした。
自然に対する敬意なしに、こうした施設の持続可能性は望めません。それが私の信念です。重要なのは、どうすれば、いまから10年後も美しいままの姿を維持することができるかということであり、話題性や表層上のインパクトではないのです。年を経るごとに、ところどころ少し擦り切れたりしながら、しかし、むしろもっと美しくなっているような施設であることが理想です。そのためにも、些細なことのように聞こえるかもしれませんが、蛇口のようなディテールからはじまり、あらゆるパーツで最高品質のものを採用する。そうした小さなことの集積として、施設はより美しく育っていく、そう考えています。

──機能面ではいかがですか?
もちろん機能性はとても重要です。私たちはオリジナルの家具コレクションも展開していますが、美しいことはもちろんのこと、何よりも快適で、長く使えることを最重視しています。すぐに古臭くなったり、ちょっとしたダメージや劣化が発生しただけで魅力を失ってしまうようなものは論外です。
その点、ホテルを囲むランドスケープのデザインも同様です。その土地の生態系や植生を考慮することなく、自分の好みで勝手に植栽を選ぶことはできません。この土地で持続的に育つ種類のものを慎重に選び出し、そこから現地のプロとも協力して、全体のルック&フィールを探っていく。植栽に関しては、これから年月をかけて育っていき、最終的なランドスケープが仕上がっていくことなるでしょう。
──建築コンセプト、素材選び、そしてランドスケープのデザインにいたるまで「時の経過とともに美しさを増していくプロジェクト」ということですね。今後、ここがどんなふうにコミュニティの一部となっていくかが本当に楽しみです。
全くその通りです。次に再訪する際には、すでに今とはまた違った美しさをたたえたローズウッド宮古島を体感できると思います。
ローズウッド宮古島
住所:沖縄県宮古島市平良字荷川取1068-1