シンガポールの美術館で「ナス泥棒」が多発。家父長制を可視化する作品が物議

シンガポール国立美術館(NGS)で展示されているスザン・ビクターの作品が「盗まれている」と話題になっている。家父長制を問う本作には、200本の本物のナスが使用されている。

シンガポール国立美術館(NGS)に展示されている、スザン・ビクターのインスタレーション《Still Life》(1992/2025)。Photo: Instagram/gajahgallery

食べ物を使って物議を醸した作品と聞いてすぐ思い浮かぶのは、展示中に観客によって「食べられる」ことがもはやお決まりとなっているマウリツィオ・カッテランの《コメディアン》(2019)だが、シンガポール国立美術館(NGS)で展示されているアーティストの作品が、観客によって「盗まれている」という。

The Straitstimesが報じたところによれば、懸案の作品は、シンガポールにおけるパフォーマンス・アートの先駆者の一人であるスザン・ビクターによるインスタレーション《Still Life》(1992/2025)で、壁に本物のナスが200本埋め込まれている。現在開催中の展覧会「Singapore Stories: Pathways and Detours in Art」の一環として、7月から展示されていた。

1992年に発表された《Still Life》は、ビクターをフェミニスト・アーティストとして決定づけた作品で、ナスを男根に見立てることで、社会空間に潜む家父長制的な価値観を可視化している。発表した当時は、100個のナスをショッピングモールであるパークウェイ・パレードの外壁に貼り付けることで、朝オフィスに向かう労働者を「wake up」させることを狙ったが、それを受けて、今回も人目につきやすい美術館の共用通路に設置された。

NGSに設置されたスザン・ビクターのインスタレーション《Still Life》(1992/2025)。Photo: Instagram/gajahgallery

展示を開始すると同作は話題を呼び、ナスを盗む人が続出した。8月1日、NGSにThe Straitstimesが取材したところ、これまでに盗まれた個数は明らかにしなかったが、現在は、作品に触れないよう来館者に注意喚起する標識の設置と、スタッフによる定期的な点検を行っているという。

ナスの盗難が相次ぐ一方で、《Still Life》が食品の無駄遣いだと指摘する声もSNS上に多く上がった。これに対し、NGSは、同作の展示は今後数年間予定しており、ナスは腐敗すると新しいものに交換し、腐ったナスは非営利団体グラウンドアップ・イニシアティブのコミュニティ農場でのコンポスト作りに利用されると説明している。

また、ビクターはThe Straitstimesの記事の中で、ナスは最初、重力に逆らおうとするが、最終的には朽ちて重力に屈していく様子も作品であり、そのためにそれぞれ形、色、光沢に細心の注意を払って選んでいるとコメント。そして、「作品の背景にある考えに、物質性も大きく関わっているのです」と続けている。

あわせて読みたい