ファッションはアートか? ニューヨークのファッション変遷を伝える写真アーカイブの展覧会が開催
9月上旬に期間限定で登場したファッション・ミュージアム「A Matter of Style(スタイルの問題)」は、ニューヨークのファッション界の功績を、フェアチャイルド・メディア・グループの膨大な写真アーカイブを通して紹介するものだ。時代を映し出す鏡としてのファッションについて、同展のキュレーターに話を聞いた。
フェアチャイルド・メディア・グループの傘下には、ファッションのバイブルとも言われる老舗の専門メディア、WWDがある(WWDの親会社はARTnewsと同じペンスキー・メディア・コーポレーション)。ニューヨーク・ファッション・ウィークと同時期にマンハッタンのAGスタジオで開催された「A Matter of Style」展では、一点物のスケッチやビンテージファッション、没入型体験、写真などの展示が行われた。
ジョン・フェアチャイルドが1910年に設立したフェアチャイルドは、ファッション写真分野で最も重要なアーカイブの1つを所有している。そこに写し出されているのは、ニューヨークのセレブリティの姿や日々繰り広げられる普通の人々のドラマだ。
たとえば、ジャクリーン・ケネディがよくランチをしていたレストラン、ラ・グルヌイユから出てきた瞬間や、アンディ・ウォーホル、パティ・スミスといったダウンタウンの有名人の姿を捉えた写真がある。また、米国史を彩るさまざまな時代のファッション──核家族を象徴するような保守的なスタイル、ビーズやフリンジが流行ったヒッピールック、黒を基調としたブラックパンサー党(*1)のクールなユニフォーム──がカメラのレンズの前で展開されている。
*1 1960年代から70年代にかけて、アフリカ系アメリカ人のコミュニティを人種差別による暴力や警察官の暴行から守るために組織され、活動を行った集団。
「スタイルは言語であり、他の視覚メディアと同じように歴史を反映するもの」。ファッションライターで、イメージ・アクティビストを自認するミカエラ・アンジェラ・デイビスはかつてWWDにこう語っていた。
ファッションにスポットライトを当てた展覧会「A Matter of Style」は、まさに機が熟したタイミングで開催されたと言えるだろう。メトロポリタン美術館のコスチューム・インスティテュートの根強い人気もあり、歴史的な重みが重視される美術館でもファッションの展覧会がしばしば開かれるようになった。実際、ブルックリン美術館では現在、アーティストでデザイナーの故ヴァージル・アブローの回顧展を開催中だ。また、コスチューム・インスティテュートで最近まで行われていた大規模展では、ヨーロッパのオートクチュールとの関係性に重点を置きつつも、米国のファッションを中心にした展示構成を取っていた。しかし、ここに至る道は必ずしも平坦だったとは言えない。
今回、フェアチャイルドのファッション・ミュージアムはニューヨークに焦点を当てているが、その視点は興味深い。それは、個人的なものと政治的なものが、ファッションというカテゴリーの中でどのように交差してきたかを紐解くヒントになり得るものだ。
ARTnewsは展覧会の詳細について、同展のキュレーターで視覚文化史家、アーキビスト(文書・資料管理の専門家)、デザイン分野の教育者でもあるトーニャ・ブレジオ=リコリッシュに電話取材を行った。以下、その要約を紹介しよう。
──アーキビストとしてのあなたの役割について教えてください。
視覚文化史家としてペンスキー・メディア・コーポレーションに加わった私が担当しているのは、フェアチャイルドの全ブランドのアーカイブコンテンツです。その役目は、ファッション史の知識を生かして、膨大な量のフェアチャイルドアーカイブにストーリーテリングの要素を取り入れていこうというもの。ファッションが何を語っているか、過去数十年、常に現場でその瞬間を切り取ってきたフェアチャイルドにとって、こういう要素を取り入れるべき時は今だと思っています。今年で112周年を迎えますが、デザイナー、ファッションショー、セレブリティ、音楽、アートなど、その歴史で扱われていない文化はありません。今回の展示では、その中から大都市ニューヨークのファッションの物語に焦点を当てました。
──ニューヨークの物語という視点はどこからきたのでしょうか?
私はこれまで、世界的なファッション都市でありながら、世界のどのファッション都市とも違うニューヨークの人々や場所、物事に注目してきました。それはつまり文脈を作るということです。ある時代にニューヨーカーが身につけていたものから、どんな出来事が見え隠れするかというような。たとえば、デニムについて考えてみましょう。ジーンズに白いTシャツ姿のジェームス・ディーンの写真を思い浮かべると、その瞬間にあなたは時空を超えてその時代を体験できるはずです。
ニューヨークは、そして米国は、ヨーロッパの都市とは異なる進化を遂げてきました。そのファッションはより民主的で平等です。デニムなどのファッションは、独自の文化的潮流を形成しようとした米国の意思を反映しています。60年代に起きた若者文化の台頭や、70年代のブラックパンサーのユニフォームなど、どの世代にも伝えたいメッセージがあったんです。
──WWDは、他のファッション誌とどんな差別化を図っているのでしょうか?
今回の展示では、いかにWWDがファッションを文化の大切な要素として捉え続けてきたかに焦点を当てています。展示を見れば、WWDがファッション業界だけではなく、ファッションを取り巻く世界と相互に触発し合っているのを感じることができるでしょう。
ジョン・フェアチャイルドは、ファッションを社会との対話だと考えていました。時代の潮流を捉えることで次のトレンドへの道を予測してきたWWDは、早い段階から「They Are Wearing(彼らが身につけるもの)」というフォトエッセイで、日常生活とファッションの対話としてのストリートファッションを紹介してしています。また、WWDのトレードマークになったチャリティー「The Ladies Who Lunch(ランチをする女性たち)」では、それぞれの時代のセレブリティの生活や社交界のファッション動向を伝えています。ある意味、こうしたコンテンツはソーシャルメディアの先駆けと言えるのではないでしょうか。
──「ファッションは果たしてアートなのか」という議論があります。視覚文化史家の立場からどう考えますか?
芸術の一形式としてのファッションへの見方は変化しています。ファッションは私たちが生きている時代の文化的記憶ですから、それが批評の対象になることには意味があると思います。ファッションはアートなのです。そこには、さまざまな層やプロセスがあり、また、インスピレーションを与え、物語を伝えてくれます。ファッションの創造を担う人たちは、静かに語ることも、力強く語ることもできる。そして、米国のファッションは自己表現が民主的なものであることを体現しているという考えに立ち帰ると、それはアートと同義だと言えるでしょう。手が届かない、近寄りがたいと感じるかもしれませんが、決してそんなことはありません。(翻訳:山越紀子)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年9月2日に掲載されました。元記事はこちら。