韓国最大級の女性アーティスト・コミュニティ「Louise The Women」が育む新しいエコシステム
現在300名の会員を擁する、韓国最大級の女性アーティストコミュニティ「Louise The Women」。アーティスト同士の対話を促し、新たなつながりを生み出しつつあるこのコミュニティを牽引するふたりのアーティスト/研究者へのインタビューからは、いま韓国の女性アーティストたちが直面する問題が浮かび上がってきた。

2025年5月、韓国のフェミスト・アートを考えるうえで興味深い書籍が出版された。『ピリオドなき叫び:「#美術界_内_性暴力」運動後のフェミニズム美術』と題されたこの本は、本連載第1回で紹介したような韓国におけるフェミニスト・アートの歴史を下敷きにしながら、いままさにアートシーンで活動する女性アーティストたちのリアルな問題意識や彼女たちの実践にフォーカスするもの。著者のチョン・ユンソンも若手美術批評家として自身の活動を模索しており、20〜30代の視点を組み込みながら、これまで韓国フェミニスト・アートのなかで見過ごされてきた問題を明らかにしようとしている。
この本が興味深いのは、一般的な出版社ではなく、女性アーティストのコミュニティ「Louise The Women」(以下、LTW)からインディペンデントに出版されていることだ。アーティストとして活動するオ・ヨンジンが立ち上げたこのコミュニティは、女性アーティストがつながり、成長する場をつくるためにさまざまな活動を展開し、現在の会員数は300人にのぼるという。Frieze Seoulの開催などを通じて盛り上がりを見せると言われる韓国アートシーンのなかで、いま若手女性アーティストたちはどんな課題に直面しているのか。書籍を発売したばかりのふたりのもとを訪れ、彼女たちの視点から韓国アートシーンがどう見えているのか探っていく。
ハッシュタグ運動が浮き彫りにした業界の矛盾
──LTWは、韓国最大級の女性アーティストコミュニティと言われます。ヨンジンさんは日頃アーティストとして活動されていらっしゃると思うのですが、なぜこうしたコミュニティを立ち上げようと思われたのでしょうか。
オ・ヨンジン(以下、ヨンジン) 2016年に韓国アートシーンで起きたハッシュタグ運動「#미술계_내_성폭력(#美術界_内_性暴力)」[編注:2016年10月末に韓国アート業界で起こった運動。XやFacebookで美術大学出身の若い女性たちを中心に、業界内の性暴力被害を告発・共有する動きが広がった]がきっかけでした。
当時大学でデザイン学部に在籍しながら美術について学んでいた私は、この運動をきっかけにまわりのキュレーターや教授、アーティストたちがフェミニズムに関心をもつはずだと思ったんですが、何も変わらなかったんです。実際はむしろ「誤解じゃないか」「性暴力にはあたらない」「二人は恋愛関係だった」など二次加害的な発言が溢れ、問題のある作家やキュレーターとの協業に対する警戒心も生まれませんでした。それで、自分たちが動かなければいけないと思ったんです。
チョン・ユンソン(以下、ユンソン) 私は大学院に進学しアート業界との関わりが強まっていくなかで、アーティスト活動を続ける難しさを感じて仲間を欲していました。でも、アート業界の飲み会文化などにはいい思い出もありませんでしたし、なにより女性同士のつながりが不足していた。そんなときにLTWの存在を知り、加入することにしました。
ヨンジン これまでアーティストは個人主義的に活動することが多く、組織的に活動するケースはあまり多くありませんでした。だからこそ、それぞれが抱えている課題を共有したり、お互いの活動をサポートしあえるような場が必要だと考えていくようになりました。

──2016年の韓国といえば、江南駅殺人事件[編注:34歳の男性が見知らぬ23歳の女性を駅内のトイレで殺害した事件。女性嫌悪殺人事件として大きな波紋を生んだ]によってフェミニズム運動が活発化していた時期ですが、アート業界にはあまり変化が起きなかったのですね。
ユンソン ハッシュタグ運動が起きたときは、私も投稿をシェアして周りの人々とたくさん議論していました。
ヨンジン 私の身の回りにいたアート業界の人々は「ジェンダー不平等の是正やフェミニズムは重要だ」と声高に主張するものの、実際に自分が働く空間で事件が起こったり知り合いが問題を犯したりすると、とたんに沈黙し、「私は知らなかった」と責任を回避しようとする人が多かったと思います。
ひとりだけではこうした状況を変えられないと思い、フェミニズム運動を支えるコミュニティをつくるのはもちろんのこと、女性アーティストたちの成長やキャリアを支援し、ネットワークをつくりたいと考えるようになりました。そして女性アーティストたちが活動できる基盤をつくるべく、2020年にLTWを立ち上げました。

女性アーティスト同士のオープンな対話
──LTWは、どんな活動を行う団体なのでしょうか? 現在は300名ほど参加者がいると聞きましたし、かなり規模は大きいですよね。
ヨンジン LTWは有料の会員制コミュニティのようなもので、参加者は毎月3万ウォン(約3,000円)の会費を支払うことで、さまざまなプログラムに参加できるようになっています。私たちは公的な助成金などをほとんど活用しておらず、会費を主要な財源として運営を行っています。
毎年年初に会員を募集し、出入りを繰り返しながら、現在は約300名が所属しています[編注:2025年6月3日時点]。年齢層は1970年代生まれから2000年代生まれまで幅広く、1990年代生まれが最も多いですね。6割ほどがソウル〜京畿道[編注:韓国の北西部、ソウルを囲むように広がっている地域]を拠点としていますが、海外や地方部を拠点とする韓国出身のアーティストも参加しています。なかにはユンソンさんのように研究者の方もいますが、ほとんどの参加者はアーティストで、共感できるほかの女性アーティストと出会い、自分の芸術活動の基盤をつくっていきたいと考える方が多いと思います。
──サブスクリプション制のサービスのように、会員の方はプログラムに参加できるわけですね。具体的にはどんなプログラムを展開されているのですか?
ヨンジン Slackを通じて参加者同士で展示や助成金の情報をシェアしているほか、ジェンダー平等教育のプログラムを作成したり、展示のキュレーション支援を行ったり、批評家やキュレーターを招いてポートフォリオレビューを行ったりすることもあります。なかでも最も多くの人が参加するのは「Round Crit」というプログラムです。7名ほどのグループをつくり、約3カ月間定期的に会いながら自分の作品制作に関する資料をもちよって議論を交わします。お互いの作品を批評するというより、対話を促すようなものですね。毎年140名ほどが参加し、20ほどのグループがつくられています。
ユンソン 私も参加しましたが、テキストや写真などを見せながら自分の制作について話すのは有意義な体験でした。自分の作品について発表するとなると、通常はみんなの前に立って評価される緊張感を伴うものですが、より親密な空間でカジュアルに話し合えるのが新鮮でしたね。
結果的に、ほかのアーティストへフィードバックを行う際の姿勢も変わりました。学術的なコメントだけでなく、もっとオープンで気軽にコメントを寄せられるようになったんです。私自身、「とてもいい文章を書きますね」と言われたことがきっかけのひとつとなって、より積極的に批評や研究にも取り組むようになりました。もちろん批評的なコメントは重要ですが、ときには傷ついてしまうこともある。LTWでは、お互いに励ましあえるわけです。
ヨンジン 「Growth Workshop」と題し、プロジェクトやコミュニティを運営するノウハウを共有しながら有志が立ち上げたプロジェクトを支援するプログラムもあります。LTWのなかには個人でしか活動したことのない人も多いので、プロジェクトマネジメントの方法を共有し、組織的な動き方を学ぶわけです。持続可能性の観点から作品制作の環境を見直す「Green Recipe Lab」やメディアアートを中心にカンファレンスを開いたりテクノロジーについて学ぶ機会をつくる「Women’s Laptop」、ソウルのような大都市以外の地方部における女性アーティストのネットワークをつくる「CLoFA」などいくつもの取り組みが進んでおり、各プロジェクトに年間200〜500万ウォン(約20〜50万円)の活動費を支給しています。

同時代の動きが可視化されていない
──ユンソンさんは今年5月にLTWから『ピリオドなき叫び:「#美術界_内_性暴力」運動後のフェミニズム美術』を刊行しています。これはどんな本なのでしょうか?
ユンソン これまでの韓国のフェミニズム美術史を振り返りながら、2016年のハッシュタグ運動がどんな意味をもっていたのか分析しています。特に具体的な事例を挙げながらフォーカスしているのは、同時代の女性アーティストたちの発信です。この本のもととなったのは私の修士論文で、当時「この論文を書籍化すべきだ」と言っていただく機会が多かったんですが、どうすれば出版社から本を出せるのかわからなくて。そんな時にヨンジンさんに会って軽く出版の話をしたところ、後日「いつ出版する?」と言われて、LTWから刊行することになりました。ヨンジンさんのバイタリティがすごかったので刊行できた本ですね(笑)。
ヨンジン キム・ホンヒ先生が昨年本を出版されたように、韓国のフェミニスト・アートが論じられる機会が少しずつ増えている一方で、同時代の女性アーティストたちのよりリアルな問題意識や視点をきちんと記録すべきだと感じていました。
LTWも設立から5年経ち、2022年には男女平等文化支援賞(団体部門)において文化体育観光部長官表彰を受賞するなど、評価いただく機会も増えてきました。だからこそ、私たちが自分たちの世代のフェミニスト・アートの実践を記録し、発信しなければいけないと思うようになったんです。
ユンソン 韓国で行われてきたフェミニズムに関連する研究や展示は、1980〜1990年代の話ばかりしているように感じられてしまって。私にとっては2016年を起点として始まった変化こそが、いまの私を形づくった大きな要素でもあったので、これまで研究されてきた「フェミニスト・アート」と私たちが実際に直面している状況の乖離を感じていました。
ヨンジン 急速に人々の意識が変化しているので、なかなか記録されづらいのかもしれませんね。20〜30代の女性たちはフェミニズムに限らずデモに参加するなど政治的な意識が高まっている一方で、アート業界に限らず多くの業界の意思決定者は上の世代が担っていることもあり、私たちの意識の変化がすぐ業界の変化につながりづらい側面もあります。これは韓国社会の構造的な問題だとも思います。

ゼロサムゲーム化する韓国アート業界
──20〜30代の若手アーティストの声をきちんと可視化していく必要があると思われたわけですね。実際にLTWのなかでは、アーティストからどんな声があがっているのでしょうか。
ヨンジン 女性アーティストというより若手アーティストが直面している大きな課題のひとつが、経済的な安定を得ることです。よく韓国は公的な支援制度が充実していると言われますが、毎年申請を行わなければいけないので、仮に今年1,000万ウォン(約100万円)もらえたとしても来年は0ウォンかもしれない。非常に不安定な状況に身を置かれています。
いまは韓国のアートマーケット自体も不安定で、十分な収益をあげているアーティストはごく僅かです。私自身、会社員としてフルタイムで働きながら自身の作品制作やLTWの活動に取り組んでいます。
ユンソン 韓国のアート業界は大きくないので、パイの奪い合いが生じていると嘆く声も多いですね。以前お話を伺ったとあるアーティストは、韓国国内だとアーティスト間の競争意識が強すぎるので海外に拠点を移したと語っていました。お金が必要なのはみんな一緒なのに、パイが限られているから人脈づくりに注力し、限られた席を奪い合うゼロサムゲームのような状況がつくられてしまっている。これはアート業界だけでなく、韓国社会に共通する問題だとも思います。生き残るためには、誰かから“席”を奪わなければいけないと考えられているわけです。
ヨンジン だからこそ、LTWとしても、助成金に依存せず活動するための基盤をつくるために、女性アーティストたちの活動を支援する仕組みを整備しようとしています。限られたパイを奪い合うのではなく、お互いが協力して成長しあえるような文化を醸成していきたい。LTWには海外を拠点にしている人もいれば、私のように会社で働きながら活動する人もいて、人それぞれ活動形態も多様です。人々が多様な選択肢に気づくきっかけになるといいですね。
アートシーンはすぐに変わらないけれど
──LTW設立以降、実際にアート業界に変化は起きているのでしょうか。
ヨンジン どこに行っても「私もLTWに参加している」「友達がLTWに参加している」と言われる機会が増え、女性間のネットワークが可視化されていると感じます。LTWのおかげで、アーティストが集まって活動しやすくなった側面はあるのではないかと思います。
ユンソン エビデンスがあるわけではないのですが、アート業界のなかでも性暴力やミソジニーに対する警戒心が強まり、人と接する態度も変わりつつあるように思います。アート業界には女性がたくさんいるのに女性の声が無視されやすかったわけですが、LTWの活動規模が大きくなってきたことで、そんな状況にも変化が生まれてきている実感があります。
ヨンジン LTWのコミュニティ活動を通じて、より多くの人が組織をマネジメントしたりリーダーシップを発揮したりする経験を積めると、後進の女性アーティストが置かれている状況もさらに変わっていくはずだと信じています。
ユンソン 私もLTWに参加したことで、社会的な人間になれた気がしますね(笑)。昔は積極的に人に会うこともないしひとりで作業することが多かったんですが、ときには摩擦を味わいながら他者と一緒に活動に取り組むことで、組織で活動する難しさも面白さも学べました。
──少しずつ韓国のアート業界も変わりつつあるのかもしれませんね。
ユンソン ゼロサムゲームではなく、お互いに話し合い、共に成長していけるような場を増やしていきたいですね。韓国国内に閉じるのではなく、海外のフェミニスト・アートの運動とも接点をつくれると、より大きな広がりを生み出せるのではないかと感じます。
ヨンジン もちろんアート業界を変えていきたい気持ちは強いものの、正直、韓国のアート業界はそう簡単に変わらないとも思っています。状況を変えなくても問題なく生きていける人がたくさんいますし、実際には声を上げようとする女性の数もそこまで多くはありませんから。
LTWのような活動を続けていくうえでも、スケーラビリティを追っていきなり大きな変化を起こそうとするのではなく、いま自分にできることへ集中していきたいです。1,000人、2,000人とただ規模の拡大を追い求めるのではなく、現状の300〜400人という規模をしっかりと維持しながら、活動を続けていく基盤をつくっていくことが大事だと思っています。継続することが重要ですから。
今年は新たな試みとして、9月12〜14日にLTWに所属するアーティスト内でいくつかのチームを組成してブースを設計し、新たなアートフェアを開催します。平昌洞にあるソウルアートセンターのDoam Galleryで行うこのフェアは、100名以上のアーティストが参加する大きなイベントになる予定です。ワークショップやアートフェアなどさまざまな取り組みを展開しながら、まずは10年後もこのコミュニティを残していくことを目指し、地道に活動へ取り組んでいきたいと思います。
オ・ヨンジン|Louise The Women創設者、アーティスト。1993年生まれ。2016年の韓国美術界MeToo運動をきっかけに女性アーティストの連帯とネットワーク構築の必要性を感じ、2020年8月3日にLouise The Womenを設立。現在300名の会員を擁する韓国最大級の女性アーティストコミュニティに成長させた。
チョン・ユンソン|Louise The Women会員、研究者。ソウル科学技術大学校 造形芸術学科 芸術理論 修士課程を卒業、現在はソウル科学技術大学 IT政策専門大学院 デジタル文化政策専攻の博士課程に在学中。2025年5月に修士論文を発展させた書籍『마침표 없이 외침: '#미술계_내_성폭력' 운동 이후의 페미니즘 미술』をLouise The Womenより刊行した(未邦訳)。韓国の同時代フェミニズム美術運動の記録と批評を行う。
Text: Ruka Kiyama Edit & Photo: Shunta Ishigami