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「アートは重要な社会課題と人々の強いつながりを生み出せる」──NMWA館長が語るジェンダー平等のための第一歩【アートで祝う国際女性デー】

美術史により多くの女性を登場させるべく、1987年にアメリカ・ワシントンDCで開館した国立女性芸術博物館(NMWA)。約35年にわたりアート業界のジェンダー平等に取り組んできた同館が見てきた変化とは? そして日本のアート業界にもジェンダー平等をもたらすために必要なこととは? 国際女性デーに合わせ、同館のスーザン・スターリング館長に聞いた。

国立女性芸術博物館(NMWA)館長のスーザン・スターリング。Photo by Michele Mattei

──2021年にNMWA日本委員会が設立されましたが、日本での設立の経緯を教えてください。

これまでもNMWAは日本とつながりがありました。コレクションにも日本人アーティストの作品を多く所蔵していますし、1990年代には朝日新聞社の協力のもとNMWAの常設コレクションが日本中を旅したこともあります。こうしたことから、日本はアジアで初めての委員会を設立するのにふさわしい場所だと考えたのです。

また、優れたリーダーを見つけられたことも大きいですね。日本委員会の共同代表を務めている柏木式子さんとワイズマン廣田綾子さんは、ジェンダーエクイティというテーマに情熱をもっています。ふたりともアート業界に長く従事していたわけではありませんが、NMWAにとって大切なのはふたりがアート好きで、女性が抱える問題に熱心に取り組んでいるということです。NMWAはこれまでも海外の委員会設立にあたりアート業界の外から人材を迎えています。それはその地域や国についての広い視野をもち、既存の業界の政治からも一歩ひいた立場で活動するためです。重要なのは、誰でも参加できるオープンな場をつくることなのです。

──設立からの約35年でNMWAの目的や役割にはどのような変化がありましたか?

創設者であるウィルヘルミア・ホラデイは、美術史に女性を再び登場させることを目的にNMWAを設立しました。それはアメリカやイギリスのフェミニスト美術史の流れを汲み取ってのことでしたが、実は彼女自身は自身をフェミニストだとは思っていなかったのです。彼女の目的は、あくまで美術史に女性をくみこむことでした。

しかしいまから10年ほど前、NMWAは理事会やスタッフで話し合うなかで、これはジェンダーエクイティ(ジェンダーの公平性)の問題であるということを強く認識したのです。2015年には芸術を通じた女性の支援に力を入れることを表明し、女性の教育や平等に関するさまざまなプログラムにも取り組んでいます。美術館として歴史的視点で過去を顧みるだけでなく、現在と未来にも影響を与えることへと目的がシフトしたことは、間違いなくNMWAにとって大きな変化の一つです。また、いまわたしたちは「美術館は声をあげられる」という考え方をもっています。美術館は芸術を通じて女性にとって重要な問題について語り、アート界への外にもその声を響かせていけるということです。わたしたちはNMWAが女性の平等のための灯台になればと思い活動を続けています。

──ホラデイさんが自身をフェミニストと考えていなかった理由はなんでしょう?

その理由はご本人しかわかりませんが、過去のNMWAのなかにもフェミニストを名乗っていなかった人たちがいるのは事実です。当時のフェミニズムに関するスティグマがつきまとうのを嫌っていたのかもしれません。

──スーザンさんご自身はフェミニストを自認されていますか?

私はフェミニストです。現在のNMWAの委員も同じ思いを共有していますし、いま改修工事中のNMWAの外壁を覆っている大弾幕を見てもらえば、これ以上の説明はいりませんよね(笑)

カタリーナ・チブルカの作品「SOLANGE #27」。©2022 Katharina Cibulka; Photo by Kevin Allen

──「世代が変わっても、私たちの困難が解消されない限り、私はフェミニストであり続ける(AS LONG AS GENERATIONS CHANGE BUT OUR STRUGGLES STAY THE SAME, I WILL BE A FEMINIST.)」と書かれたカタリーナ・チブルカ(Katharina Cibulka)の作品ですね。

はい。私はフェミニストであると表明することはアドバンテージだとも考えています。公平という、人間性における基本的な考えを支持しているということが一言でわかってもらえるからです。フェミニストだと言えば、自分のスタンスを毎回説明する必要がありません。とはいえ、他人が自分をフェミニストと自称するかは私には全く関係のないことです。その人が体系的な不公平と戦うために何かアクションをとっていたり、展示の場に女性アーティストを招こうと努力しているのならば、その人は勤めを果たしています。自分をなんと呼ぼうと自由です。また、女性によるアートがすべてフェミニストというわけではないので、その点も区別をする必要がありますね。フェミニストを自認するアーティストもいれば、そうでないアーティストもいるわけですから。

世の中は常に変化しています。いま私たちは、ノンバイナリーのアーティストに関する議論をしています。これはいままでわたしたちがしてこなかったことです。また、ビヨンセが2014年にステージに「FEMINIST」と大きく掲げてパフォーマンスをしたことは強く記憶に残っています。なぜなら、白人女性のフェミニズムは黒人女性を強く見下しており、伝統的に黒人女性がフェミニズムという言葉を使うこと自体が非常に珍しかったからです。これも変化ですよね。フェミニズムという言葉は、人によってさまざまな目的で使われます。しかし女性がフェミニズムという言葉を使うとき、それは多くの場合で良い意味だと言えるでしょう。

2023年10月21日に改修工事を終える予定のNMWA。改修後初の展覧会「The Sky's the Limit」では、NMWAの未公開作品が紹介される。写真はその一つであるジョアナ・バスコンセロスの「Rubra」(2016年)。Photo by Francesco Allegretto

──ここ数年で、NMWAに限らず多くの美術館でこれまで見過ごされてきた女性のアーティストが注目されることが増えてきました。こうした変化をスーザンさんはどう感じていらっしゃいますか?

2022年12月の『The Art Newspaper』に、米国の美術館のジェンダー平等の調査に関する記事が載っています。そのなかで、ジューイッシュ・ミュージアムのキュレーターであるリズ・マンセルがこんなことを言っていました。「美術館には今日のような白人至上主義かつ男性至上主義な美術史をつくってきた責任がある一方で、美術館がその解決の一端を担うこともできるのです」。これは興味深い指摘ですよね。残念ながら、これには時間がかかるでしょう。わたしたちは物事は実際よりもうまくいっていると考えがちです。私たちは善人で、世界は公平だと信じたいのです。

一方で、パンデミック中にいくばくかの後退はあったものの、北米の一部の美術館は変わろうとしています。ボルチモア美術館はジェンダーと人種の両方の公平性に関わる多くの取り組みをおこなっていますし、ハーシュホーン博物館と彫刻の庭では女性アーティストに焦点をあてた展示がおこなわれています。カナダのアートギャラリー・オブ・オンタリオでは、女性だけでなく原住民の文化やアーティストに大きな関心を寄せているようです。メトロポリタン美術館やネルソン・アトキンス美術館のように古今東西の作品を集めたコレクションでは、過去の女性の作品に限りがあるので平等性を実現するには限界があります。しかし、コンテンポラリーアートならばそれが可能なのです。

社会におけるシステムの変化はとてもゆっくりしたものです。人々の意識を少しずつ変え、制度を一つひとつ変えていかなければなりません。しかも、それを各世代が繰り返しおこなっていかなければならないのです。しかし、そうすることによって人々の尊厳という意味で最も重要なことのひとつが前進していくと信じています。

──日本のアート業界でもジェンダー平等へ向けて北米と同じような変化を起こすためには何が必要でしょう?

問題は、価値観を述べることが求められているかどうかだと思います。数年前まで、北米の美術館の館長は男性ばかりでした。しかし、いまではワシントン・ナショナル・ギャラリーを始め、主な美術館の多くが女性によって率いられています。これは大きな違いを生みます。また、わたしの学生時代は美術大学の教授の多くが男性でしたが、それも変わっています。それは単に人口動態が変化したからではなく、美術館や大学も価値観を述べることが求められてきたからだと思います。そして、価値観を表明するということはそれを基準にして行動をしなければ行けないということでもあります。美術館や大学といった機関は「つくる」ものです。誰が大学を統治し、誰を雇うのか。そうした構造全体も問われます。

──最後になりますが、アートの世界におけるジェンダー平等は社会にとってどんな意味をもつと思われますか?

例えば、過去にNMWAが主宰した「Reclamation」というオンライン展では、食卓というテーマを通じて食のなかでの女性の立場や不平等を取り上げました。また、女性アーティストの名前を5人挙げてもらう「#5WomenArtists」というプロジェクトでは、SNSのハッシュタグを通じて女性アーティストの認知を広げるとともに、どうしたらもっと多くの女性アーテイストを美術館に取り上げられるかを考えています。

これは草の根運動です。「#5WomenArtists」は確かにアートを基軸にしていますが、それは広い意味で公平性に焦点をあてた一連の社会変革プロジェクトの一部でもあるのです。アートの価値はその美しさだけでなく、その時代に訴えかけられることだと考えています。世界全体を変えることはできないかもしれませんが、アートは社会的に重要な問題とその時代の人々との強いつながりを生み出せるのです。