キーワードは「多様性」。人種や障がい、ジェンダーなどに光を当てる動きが加速【2022年のアートニュースまとめ】
22年の春、アフター・コロナのムードに包まれた欧米のアート界では、その自由な空気とともに、人種や障がいなど、互いの違いを認め合う「ダイバーシティ(多様性)」にまつわる展覧会が積極的に開催された。それらが伝えるメッセージを振り返る。
1. アートで人種差別と向き合う
テート・ブリテン、人種差別的壁画の「再解釈」をアーティストに依頼
テート・ブリテン内のレストランにある壁画《The Expedition in Pursuit of Rare Meats(希少な肉を追い求める遠征)》には、黒人奴隷の姿も描き込まれている Photo: Alamy/Aflo
テート・ブリテンとその姉妹館のテート・モダンを管理・運営するテートは、人種差別的だと問題になったテート・ブリテンのレストランにある壁画への対応策として、サイト・スペシフィック(展示される場所の特性を生かした表現)なインスタレーションの制作を委託すると発表した。
人種差別と闘うアーティスト、フェイス・リンゴールドの代表的6作品
フェイス・リンゴールド《American People Series #18: The Flag Is Bleeding(アメリカン・ピープル・シリーズ#18:国旗は血を流している)》(1967) ©Faith Ringgold/ARS, New York, and DACS, London/Courtesy ACA Galleries, New York/National Gallery of Art, Washington, D.C.
フェイス・リンゴールドの作品には、血を流す米国国旗、空を飛ぶ少女などが登場する。米国社会に蔓延する人種差別をテーマにした絵は、一度見たら忘れられない。一方で、見る者に喜びや希望を与えるキルト作品も制作している。
マネの《オランピア》から現代アートまで。改めて考えたい奴隷制と美術の関係
2021年度のBIMAサマーアートマーケット来場者によって制作された、高齢者への手紙。手紙はキトサップ郡とキトサップ図書館が共同で配布した。 Courtesy Anika Tabachnick
近年、美術館をはじめとするアート界において、奴隷制から利益を得てきた歴史を見つめ直そうという動きがある。また、こうした気運と呼応するように、美術と奴隷制に関する研究書も発表されている。マネの名画《オランピア》をめぐる考察などから、その歴史的背景と問題の核心を読み解いてみよう。
2. 障がいを表現の原動力に
車椅子のダンスパフォーマンス、学生らと協働した舞台スロープができるまで
キネティック・ライトの演目「Descent(降下)」を踊るローレル・ローソンとアリス・シェパード。ローソンは、シェパードの車椅子のフットプレートに上体を預け、両手を大きく広げバランスをとっている。宙に浮いたローソンの車椅子の車輪は回転している。アリスは、ローソンを抱擁しようと両手を大きく広げている。背景には大きなスロープと星空が広がり、二人の車いすの車輪が光を受けて輝いている Photo: Jay Newman/ Britt Festival
日常的な環境が障害とアクセシビリティの実体験に与える影響を研究しているサラ・ヘンドレンは、アーティスト、研究者、作家として活動している。彼女はまた、パブリックアートやデザインプロジェクトなどでのコラボレーションも複数手がけてきた。たとえば、低身長の人のための講演台、目の不自由な人をナビゲートし音楽を奏でる杖、障害を持つダンサーで振付師でもあるアリス・シェパードのための舞台用スロープなどがある。
障がいを原動力に生まれた5つの歴史的アート。長い指のグローブからホックニーのFAXアートまで
デビッド・ホックニー《Tennis(テニス)》(1989)、コピー、コラージュ、製図用紙、紙にフェルトペン、FAXで送信、約259 × 427cm ©David Hockney/Courtesy David Hockney Foundation, Los Angeles
今、障がい者アートを見直そうというムーブメントが社会に広がっている。だが、歴史を振り返ると、障がいとともに生きる数え切れないほどのアーティストが、ウェルビーイングを実現する方法の重要性をこれまで訴えてきた。アートの歴史の中で、障がいが創造的な力の源泉となってきたことを示す5つの作品を紹介しよう。
障がいは「創造」を生む源泉。障がい者アートに見る社会の変化
キネティックライトによるパフォーマンス《Wired(ワイアード)》(2022) Photo: Heather Cromartie
過去10年間、米国で急速に広がっているディスアビリティ・ジャスティス運動において、アートは重要な役割を担っている。障がいを持つアーティストの具体的な活動を紹介し、社会に起きつつある変化についてリポートする
両腕のないクィアなアーティストの回顧展が伝えること
レスリー・ローマン美術館のロレンツァ・ベットナー回顧展「Requiem for the Norm(標準的なものへのレクイエム)」(2022)の展示風景 Photo: Kristine Eudey/Courtesy the Leslie-Lohman Museum of Art
ロレンツァ・ベットナー(1959-94)は、チリでドイツ系の両親のもとに男性として生まれた。事故により両腕を失ったあとにドイツへ移住し、芸術大学に通う頃には公の性自認を女性に変えている。アーティストとして数多くの自画像を制作し、30代半ばでエイズの合併症のため亡くなった。ニューヨークのレスリー・ローマン美術館で8月14日まで開催中の回顧展、「Requiem for the Norm(標準的なものへのレクイエム)」をレビューしつつ、ベットナーがどんなアーティストだったか見ていこう。
2.齢を重ねるほど、アートを楽しむ
いま注目されるクリエイティブ・エイジング:高齢者が創造的に年齢を重ねるには
2021年度のBIMAサマーアートマーケット来場者によって制作された、高齢者への手紙。手紙はキトサップ郡とキトサップ図書館が共同で配布した。 Courtesy Anika Tabachnick
美術館の展覧会に足を運ぶ趣味のある高齢者は、そうでない人々に比べて、医師の診察や薬の服用が少ないと言われている。米国では今、美術館が主催するアートプログラムなどを通して創造的かつポジティブに年齢を重ねようという「クリエイティブ・エイジング」の試みが広がっている。その中のひとつ、ベインブリッジアイランド美術館のクリエイティブ・エイジングプログラム担当アソシエイト、アニカ・タバチニックにUS版『ARTnews』がインタビューした。