日常に潜む「まだ見ぬ世界」を歩く──浅間国際フォトフェスティバル2025をレビュー

長野県・御代田町で「浅間国際フォトフェスティバル2025 PHOTO MIYOTA」が開催中だ(9月30日まで)。コミュニティのための「呼吸する文化空間」として進化を遂げるMMoPを舞台に、16組の写真家による約300点の作品を通じて「まだ見ぬ世界」を提示する本フェスティバルをレビューする。

Photo Miyota 2015
Photo: Courtesy Photo Miyota 2025

長野・御代田町を舞台にした「浅間国際フォトフェスティバル2025 PHOTO MIYOTA」が開催中だ(9月30日まで)。今年で6回目を迎える同フェスティバルの今年のテーマは、「UNSEEN WORLDS まだ見ぬ世界へ」。国内外の写真家16組による約300点の作品を通じて、テクノロジー、自然、社会、そして個人の内面という多角的な視点から、「まだ見ぬ世界」を提示する。

2018年にスタートした浅間国際フォトフェスティバルは、浅間山麓の美しい自然環境を舞台に、現代写真の可能性を探求するアートフォトの祭典として注目を集めてきた。今年のテーマ「UNSEEN WORLDS まだ見ぬ世界へ」は、カメラという機械が持つ可視化の力に着目しながら、私たちの目では捉えきれない瞬間や現象に対するアーティストたちの飽くなき探求心や独自の視点を、写真というメディアを通じて表現することを目指している。

ルイーザ・ドアの展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025
ルイーザ・ドア《The Flying Cholitas》(2019)の展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025
ルイーザ・ドア《Imilla》(2021)の展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025

「まだ見ぬ」というのは、単に視覚情報として人間には認識されていないことばかりを指すわけではない、という問いも、出品作品から感じられた。

例えば、ブラジルに生まれ、南米の女性たちの社会的立場の複雑性やアイデンティティ、人間性を探求するルイーザ・ドア(Luisa Dörr)のジャングルジムや工事現場を彷彿させるインスタレーション《The Flying Cholitas》(2019)と《Imilla》(2021)では、かつて蔑視の対象ともなった記号性の高い伝統衣装を誇らしげに纏った女性たちが主人公。「女性」や「先住民」に対する固着的なラベリングやスティグマをビリビリと剥がすように、彼女たちがレスリングのリングでアクロバティックに跳ねたりスケートボードに乗って宙を舞う姿を、躍動感たっぷりに捉えている。

富安隼久《∞》(2018)の展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025
富安隼久《∞》(2018)の展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025

富安隼久は、ドイツ・ライプツィヒの動物園に暮らす一匹のサイが柵の中を無限に往復する様子を定点的に捉えた8枚のモノクロ写真からなる《》(2018)を発表。人間が動物を「見る」ために作った枠の中をサイが歩き続けることで、地面には「∞」あるいは「8」の跡が残される。それは人間に対する何かしらの啓示のようにも思えてくるし、鑑賞者が小さな木箱に収められた8枚の写真を順番に覗き込む様子はサイの反復行動にも重なり、可笑しくも哀しくもある。

スティーブン・ギルの展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025
スティーブン・ギルの展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025
スティーブン・ギルの展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025

撮影者としての「コントロール」を手放すことで被写体そのものが語り出す空間を創出し、国際的に高い評価を得ているスティーブン・ギル(Stephen Gill)は、道路標識のような展示方法で5作品を発表。カメラ内部に物体や生き物を挿入することでレンズの内と外に広がる世界を同時に映しとった《Talking to Ants》(2009–2013)や《Outside In》(2010)、 ネガフィルムを「ドーピング」した(実際にはエナジードリンクに浸した)り歪ませたりして都市のスピード感や過剰さを表現した《Best Before End》(2013)など、現実⇄非現実の混乱を奇妙で美しい視覚表現へと昇華している。

サンデル・クース《POST》(2023-2024)の展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025
サンデル・クース《POST》(2023-2024)の展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025

あるいは、ファミリーフォトという親密で私的な記録への愛着・執着を、生成AIの力を借りて異化させることに成功したのは、オランダ・ロッテルダムを拠点に活動するサンデル・クース(Sander Coers)だ。祖父が第二次世界大戦中にインドネシアで生まれたことをアルバムを見て知ったクースは、1940 年代から90年代にかけて撮影された祖父母の家族写真をAIに学習させ、家族史のある種の「改ざん」を試みた。自分自身は実際には知らない、しかし確かに存在した家族の記憶を他者に操作・再構築させることで、自らのアイデンティティの所在とその不確かさを問うている。

つまり「まだ見ぬ」というのは、前述の通り、他者の目には映らない内面や、社会的に意図的、非意図的に見られてこなかったものも含まれる。その多様な「まだ見ぬ」世界を捉えた作品群を通じ、フェスティバルは「未来」の提示を試みているのかもしれないが、それが声高な楽観主義でもディストピア的な黙示でもないことにどこか安堵する。むしろ鑑賞し終わったあとには、「世界にはまだ見えてないものがたくさんある」という当たり前の事実を再認識する。そして、それを日々の営みの中で発見していくことによって「未来への希望」が醸成されていくのかもしれない、という気持ちになる。

コミュニティのための「呼吸する文化空間」へ

そう感じさせるのには、MMoPという施設のありようも影響しているかもしれない。MMoPは、かつてメルシャン軽井沢美術館であった敷地を再び文化施設として再生した施設で、フォトフェスティバル始動にあたって施設整備が行われたとはいうものの、初期はそこここに野趣の残る場だった。ウッドチップが敷き詰められた小さな丘に作品が並び、周辺の森を背景に取り込んだインスタレーションが展開され、空にかけられたカーテンのように写真が風にたなびくなど、見上げ、歩き、かがみ、登り、くぐり……身体を動かしながら写真に触れる「動的な展示」に驚かされた。

MMoP
「浅間国際フォトフェスティバル2025 PHOTO MIYOTA」の会場であるMMoP。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025

そうした展示方法の独自性はいまも健在ながら、施設の整備は当時から随分と進んだ。施設内には、軽井沢で過ごす人たちが朝食目当てに集まるカフェやこだわりのコーヒーショップ、美しい山々を眺めながら自然派ワインやジェラートを楽しめる空間、工芸作家による器や家具などを扱うギャラリーなどが周囲に溶け込むようにして点在している。建物以外の敷地は24時間パブリックに開かれており、まるで公園のように人が自由に出入りできる(もちろん愛犬もウェルカムだ)。フォトフェス期間だけ人が集まるのではなく、コミュニティの憩いの場として「呼吸する文化空間」へと進化し続けているのだ。

過去5年の御代田町の人口増加を支えているのは、もちろんフォトフェスだけではない。しかし、フェスおよびMMoPは、外付けの装置ではなく暮らしの一部として、コミュニティに根づきつつあることは明らかだ。 開催側は「それゆえのキュレーションの悩み」、つまり、尖った批評性よりもコミュニティの人々に楽しんでもらえるコンテンツの考案を優先することで、「問い」が希薄化しないだろうかという懸念もあると打ち明ける。しかし、それは杞憂に思える。写真という、民主化が極端に進んだメディウムだからこそ、スマホには映らない「その先」を見せてくれる表現に出合うことは、誰にとっても楽しい驚きに満ちた体験であるはずだから。

ロール・ウィナンツ(Laure Winants)《Time Capsule》(2023)の展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025
「Photo Miyota 2025」では、MMoPを運営するアマナが所蔵するコレクションより、約200点の作品の展示も。Photo: Courtesy Photo Mityota 2025
松井祐生(関川卓哉)《私がパンダになりたいと願うための自画像》(2024-2025)の展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025
小林 健太《Reflections》(2022)の展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025
小原一真《Fragments - In My Memories Of Chernobyl》(2015/2016/2025)の展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025
マレン・ジェレフ/クラウス・ピヒラー(Maren Jeleff/Klaus Pichler)《Too close to notice》(2022)の展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025
カロリナ・ウォイタス(Karolina Wojtas)《Abzgram》(2023)の展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025
エルサ・レディエ(Elsa Leydier)の展示風景。Photo: Courtesy Photo Miyota 2025

浅間国際フォトフェスティバル2025 PHOTO MIYOTA
会期:2025年8月2日(土)~9月30日(火)
会場:MMoP(長野県北佐久郡御代田町大字馬瀬口1794-1)
時間:10:00 ~ 17:00(屋内展示の入場は30分前まで)
休館日:水曜日
入場料:無料/屋内展示鑑賞チケット 1200円(会期中何度でも利用可、中学生以下無料、障害者手帳をお持ちの方は割引あり)

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