「雑音が消えた今こそチャンス」──20世紀の日本人作家に大きな需要、NYの新ギャラリーが展望を語る

「アート市場の低迷」ばかりに注目するのは間違いだと指摘する敏腕アートアドバイザーのリンゼイ・ジャーヴィスが、ギャラリー閉鎖が相次ぐニューヨークで新たなスペースをオープンさせた。コロナ禍での投機的な売買によるブームが過ぎ去った今、市場で求められる鑑識眼と再評価されるべき20世紀のアーティストについて、ジャーヴィスに話を聞いた。

フォレスト・ベスの1964年の作品《Variations in Time》(左)とギヨーム・デネルヴォーの2025年の作品《From Time to Time He Played to Deactivate the Transistor》の前でポーズを取るリンゼイ・ジャーヴィス。Photo: Courtesy of Lindsay Jarvis
フォレスト・ベスの1964年の作品《Variations in Time》(左)とギヨーム・デネルヴォーの2025年の作品《From Time to Time He Played to Deactivate the Transistor》の前でポーズを取るリンゼイ・ジャーヴィス。Photo: Courtesy of Lindsay Jarvis

8月下旬のある晴れた午後、リンゼイ・ジャーヴィスはバワリー通り96番地にあるビルの2階に開設したギャラリーで、オープニング展の準備に追われていた。ロンドン生まれの彼はイギリス人らしい魅力に溢れたアートディーラーで、慎重で礼儀正しいが、必要とあらば辛口の批判も厭わない。母国ではセイディ・コールズHQグリーングラッシなどのギャラリーで働いた経験を持つジャーヴィスは、設営中の壁に立てかけられた出展作について、情熱と分析的な冷静さが入り混じった口調で説明してくれた。

過去10年間ニューヨークに拠点を置き、オークションで掘り出し物を嗅ぎ分ける敏腕アートアドバイザーとして評判を得てきたジャーヴィスは、ロイス・ドッド、リチャード・メイヒュー、ジョーン・スナイダーなど、過小評価されてきた20世紀のアーティストたちの作品が持つ真の価値を見出した目利きだ。そして今、長くコレクターの作品収集を手伝ってきた自らの鑑識眼を生かそうと決断し、約186平方メートルのギャラリーをオープンさせた。

アート市場について報じるどの記事を見ても、「暴落」あるいは「再調整」という言葉が見られる現状で、なぜギャラリーを開くのかと不思議に思う人がいるかもしれない。しかしジャーヴィスの見方は、そうした記事とは異なっている。オークション市場で落札額記録を更新している20世紀のアーティストがいること、そしてプライマリー市場では出品作が完売する展覧会もあることを例に挙げながら、コロナ禍での投機熱が消えた代わりに、優れた作品を見抜く力が物を言う環境が戻ってきたと、彼は指摘する。

その現実主義は数字に対する姿勢にも表れている。ギャラリーが潰れる原因は往々にしてアートそのものにあるのではなく、賃貸価格にあると彼は断言する。それを念頭に、ジャーヴィスはマンハッタンのダウンタウンを隈なく回って理想的な物件を探し出した。彼にとっては、この賃貸契約自体がチャンスなのだ。長期で借りられる手頃な価格の物件は、過小評価されていたメイヒューの絵画と同じくらい希少だが、見つけることは不可能ではない。

US版ARTnewsはジャーヴィスにインタビューを行い、ジャーヴィス・アート(Jarvis Art)の初展覧会、「Ghost(ゴースト)」(9月3日〜10月4日)について話を聞いた。マックス・ワーナーと共同で企画された同展は風景をテーマにしたもので、フランチェスカ・モレットやダニエル・リヒトといった現代作家の絵画とともに、ビバリー・ブキャナン、ロイス・ドッド、リチャード・メイヒュー、ジョーン・スナイダー、ピーター・ソール、ジャネット・ソーベルなど、20世紀に活躍したアーティストの作品が並ぶ。以下、ジャーヴィスへのインタビューをお届けする。

投機的なブームが去り、「本物を見極める目」が重要に

──アート市場の縮小が盛んに取り沙汰される今、なぜギャラリーを開設したのですか?

市場の低迷が叫ばれていますが、実際に起きていることはもっと複雑です。確かに、一部のコレクターは勢いを失っているものの、中には活況を呈している部分もあります。プライマリー市場を見ると、出品作が完売する展覧会は依然としてありますし、オークションでは堅調な結果を出している20世紀のアーティストも複数います。それに、経験豊富なコレクターは市場が循環的であることを理解しています。

雑音が消えた今こそ、新しいことを始める絶好のタイミングだと思います。アート市場で長くキャリアを築いていきたいと考えている人にとっては、コロナ禍の頃のような投機的で持続性のない状況よりも、現在の環境の方がむしろ健全です。

──このギャラリーの理念を教えてください。また、どのように差別化を図っていこうと考えていますか?

長期的な価値が重要だと考えているので、流行を追うつもりはありません。現代の作家と過小評価されている20世紀の作家──たとえば、ロイス・ドッドやリチャード・メイヒュー、ジョーン・スナイダー、ジャネット・ソーベルなど──を組み合わせて紹介していきたいと考えています。今、挙げた作家たちは、現在の文化的状況の中でその重要性が認められるようになり、市場の評価がようやく追いつきはじめています。大切にしたいのは本物を見極める姿勢と品質で、短期的な転売で手っ取り早く儲けることではありません。

ダニエル・リヒト《Liar》(2025) Photo: Courtesy of the artist and Jarvis Art, New York
ダニエル・リヒト《Liar》(2025) Photo: Courtesy of the artist and Jarvis Art, New York

──「Ghost」展についてお聞きします。風景画を切り口にした展覧会をなぜ今開くのですか?

風景は、再び今日的なテーマとなっていると思います。産業革命の時代の人々は、科学技術によって自然界から切り離されてしまう不安を感じていました。私たちは今、それと似た局面にいると思います。スマートフォンやAI、目まぐるしい生活のペースに疲れた人々は、もっとゆったりとしたものや、より物質的なものを求めています。「Ghost」展の作品の多くにはそうした新ロマン主義的な感性があり、風景は単なる景色ではなく、有機物と人工物、衰退と再生、さらには地政学的境界線についての問いを立てるための舞台となっています。風景という枠組みで、私たちが現在感じている不安の多くを捉えることができるのです。

──長年にわたってコレクターに助言を行い、オークションで入札に携わったアドバイザーとしての経験は、ギャラリーの企画にどう影響していますか?

オークションでは、どんな作品が後世に残るのかが分かります。私は常に、ドッドやメイヒュー、スナイダー、ソーベルなど、年月に耐え得る作品を生み出した作家に惹かれてきましたが、特にジャネット・ソーベルは素晴らしい。彼女はジャクソン・ポロックに先駆けてドリッピングによる絵画制作を実践し、抽象表現主義の黎明期に活動した画家ですが、今になってようやくその重要性が市場で認められつつあります。私はこのような美術史の再考に興味があるのです。

時間の経過とともに価値の出る作品が求められている

──コロナ禍のアートバブルでは、手早く作られた、グラフィック的でインスタ映えする絵画が人気を博しました。現在はどのような状況にあると見ていますか?

鑑識眼が重視される環境が戻ってきたと思います。人々は時間の経過とともに価値が出る作品と共に生活したいのです。以前、私の大口顧客の1人が「偉大な芸術の最高の友は時間だ」と言っていましたが、まさにその通りだと思います。一時の流行に乗るよりも、20年後も価値を失わない質の高い作品を手に入れるほうがいいのではないでしょうか。

──あなたは以前、ギャラリーを閉廊に追い込む原因は往々にして賃貸価格にあると指摘していました。その点についてどう考えていますか?

そうした実務的な点はとても大事です。売上が1万5千ドルなのに、月5万ドルの家賃を払うわけにはいかないでしょう。単なる計算の問題です。この物件の賃料は、最近閉廊したいくつかのギャラリーが支払っていた金額よりずっと安い。こういう面で慎重になれば、今はチャンスがあります。賃料はギャラリーを運営していく上で重要な要素ですし、長く続けていくには合理的に考えなければいけません。

──「Ghost」展の後はどんな企画を考えていますか?

ニューヨークで初めてのダニエル・リヒトの個展を企画しています。彼は私が以前から注目している若手画家で、「Ghost」展にも1点出品しています。個展ではより大きな枠組みで彼の作品を紹介します。

──ギャラリーを開くにあたってバワリー地区を選んだ理由は何ですか?

活気が感じられるところです。歴史があり、雑然としたところもあればシックな場所もあります。真向かいにはブリジット・ドナヒューがありますし、徒歩圏内にギャラリーがいくつも並んでいて、拠点を構えるには最適です。

──メディアはギャラリーの閉鎖や危機的状況についての話題を取り上げがちですが、そうした報道から抜け落ちているのは何だと思いますか?

ポジティブな側面でしょう。特定の20世紀のアーティスト、特に日本人アーティストの作品に対する非常に大きな需要があるのに、それについてはほとんど報じられません。ブラムが実店舗を畳んだことに関しても、儲かっていたのに敢えてそうしたという事実はあまり取り上げられていません。見出しだけ読んでいると、市場全体が崩壊しているように思えるかもしれませんが、それはまったくの誤りです。(翻訳:野澤朋代)

from ARTnews

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