所属を断ったギャラリーが、「意図的な著作権侵害」をした作品を発表。米国のアーティストがギャラリーと作家を訴える
米テキサス州オースティンを拠点に活動する有名コラージュアーティスト、デボラ・ロバーツが著作権侵害訴訟を起こした。問題としている作家が、ロバーツのアートのスタイルを意図的に模倣し、潜在的な買い手を混乱させるような作品を制作したというのが提訴の理由だ。
デボラ・ロバーツが提訴した相手は、アラバマ州バーミングハムを拠点に活動するアーティスト、リンシア・エドワーズとニューヨーク(ブルックリン)のリチャード・ビーバーズ・ギャラリー、および同ギャラリー経営者のリチャード・ビーバーズだ。
ロバーツは訴状の中で、エドワーズと所属ギャラリーが「デボラ・ロバーツによるコラージュ作品の複数のシリーズを模倣し、見分けのつかない本質的な類似のあるコラージュ作品を無許可で作成、複製、公開展示、宣伝、一般配布」したことにより、「故意の著作権侵害」に及んだと主張している。
この8月、ロバーツはリチャード・ビーバーズ・ギャラリーの所在地であるニューヨーク州東部地区の連邦地裁に訴状を提出。差止命令による救済と100万ドルを超える損害賠償のほか、エドワーズの全作品(訴訟では「著作権を侵害しているコラージュ」と書かれている)を押収し、裁判所が廃棄することを求めた。
対する被告側のルーク・ニカス弁護士は9月22日、ラシャン・デアシー・ホール判事に宛てた書簡で、「多数の法的不備がある」として訴えを却下するよう申し立てる意向を通知している。
ロバーツ側のロバート・W・クラリダ弁護士は声明で、「デボラ・ロバーツは、リンシア・エドワーズ、リチャード・ビーバーズ、リチャード・ビーバーズ・ギャラリーに対する著作権侵害と関連請求についての訴訟を行っている。これは米国の司法制度が判断する問題だ」と述べた。この件についてニカス弁護士は、「リンシア・エドワーズが、ロバーツと同じ美術的な系譜に連なるアーティストとして活動するのを阻止しようとする」試みだとしている。
ニカス弁護士は9月22日、ARTnewsの取材にこう回答した。「この訴訟で問題とされている作品は全て、(エドワーズが)独自の美的判断に基づいて制作したものだ。ロバーツは、特定の作品を模倣されたと訴えているわけではない。ロバーツの訴えは本質的に、エドワーズが自分と同じ美術的系譜の中で活動していることに対する不満だ。これは、法的な理論としては成り立たない。成功しているアーティストが、自分のマーケットへの脅威になる新進アーティストをつぶそうとしているのにほかならない」
ニカス弁護士はさらに、この件が「訴訟の乱用で、きわめて不謹慎な行為」だとも述べ、エドワーズとその作品に対する「虚偽の陳述」に関し、ロバーツと所属ギャラリーが「行ったことの責任を取らせるため」、クライアントに代わって別の訴訟を起こす予定だという。「ロバーツの側には、リンシア(・エドワーズ)がこの分野で成功するのを妨げようとする卑劣な態度が見られる。そのため、エドワーズは他のギャラリーやコレクターとの関係に苦慮している」
ARTnewsは、ロバーツの所属するスティーブン・フリードマン・ギャラリー(ロンドン)とビールメッター(ロサンゼルス)にコメントを求めたが、返答は得られていない。
8月に提出されたロバーツの訴状中の比較画像。左がリンシア・エドワーズ、右がデボラ・ロバーツの作品 Via Court Documents
訴訟の背景にある、ギャラリーとの契約不成立
ロバーツのコラージュ作品は、ここ数年よく知られるようになった。ファウンドフォト(*1)から目や鼻といった身体のパーツを切り貼りして黒人の子どもたちを表現している。背景はたいてい真っ白で、写真素材に織物や布地を加えたり、カンバスの一部に絵を描いたりした作品もある。
*1 新聞・雑誌の写真、蚤の市で売られている古い写真など、自分が撮影したのではない写真。それを取り込んで作品とする。
ロバーツの作品は、これまで米国各地で展示されている。その中には、バージニア美術館(リッチモンド)の「The Dirty South: Contemporary Art, Material Culture, and the Sonic Impulse(米国南部-現代アート、物質文化、音波の衝撃)」展(2021)、ハーレム・スタジオ美術館(ニューヨーク)の「Fictions(フィクション)」展(2017)など、高く評価されたメジャーなグループ展もある。
今年はロサンゼルスの2会場、アート+プラクティスとカリフォルニア・アフリカ系アメリカ人博物館で個展を開催したほか、テキサス州サンアントニオにあるマクネイ美術館でベニー・アンドリュースとの2人展が予定されている。また、ニューヨーク誌のブラック・ライブズ・マター運動10周年巻頭特集のために、トレイボン・マーティン(2012年に起きた黒人少年射殺事件の被害者)の肖像画をコラージュで制作した。
訴状によると、ギャラリーを経営するビーバーズは2020年4月にロバーツにコンタクトし、自分のギャラリーを通じて作品を販売する意向があるかどうかを問い合わせたという。「顧客であるコレクターの多くが、購入希望のアーティストのリストにあなたを入れている」と伝えたが、ロバーツはその申し出を断ったとしている。
訴状はさらに、「被告の得た情報およびその信ずるところにより、エドワーズのコラージュ作品がロバーツのコラージュ作品に似ていれば似ているほど購入者が見つかりやすいことに気がついた」とし、被告は「ロバーツも宣伝活動や販売を行ったことのある米国内の1つ以上の有名なアートフェア(エキスポ・シカゴやアンタイトルド・アート・マイアミ・ビーチなど)で、積極的な売り込みを展開した」とも主張している。
一方、ニカス弁護士が裁判所に宛てた書簡は、マクドナルド対ウエスト訴訟における2015年の連邦地裁判例を引用し、「『著作権はスタイル、概念、アイデア、美術的伝統を保護しない』ため、ロバーツの著作権に関する主張は(中略)正当性を欠く」と反論している。ニカス弁護士はまた、著作権法の意図についてARTnewsにこう述べた。「人々が作品を創作することを奨励し、作品の所有権を与えるものではあるが、イノベーションを阻害するような厳しい所有権制度を設けることではない」
28月に提出されたロバーツの訴状中の比較画像。左がリンシア・エドワーズ、右がデボラ・ロバーツの作品 Via Court Documents
対立する両者の言い分
ロバーツの訴状には、ロバーツにメッセージを送った人物がエドワーズの作品をロバーツの作品だと勘違いしていた3つの例や、両者の作品を並べて比較する画像が含まれている。
ニカス弁護士は「並べて比較した画像が証明しているのは、エドワーズがロバーツの作品を模倣していないということだ」と言う。「ここで証明されているのは、2人が同じ美術的系譜の中で制作を行っているということに過ぎない」
ロバーツの訴状では、今年シュガーケーン誌に掲載されたアンジェラ・N・キャロルの記事「Ethics and Controversy: Reviewing Appropriation in Black Art(倫理と論争:黒人アートにおけるアプロープリエーション(*2)を評価する)」も引用されている。その中には、マイアミ大学のエリカ・モイア・ジェームズ教授(アフリカ、黒人、カリブ海芸術)のこんな発言がある。
*2 「流用」「盗用」の意。過去の著名な作品、広く流通している写真や広告の画像などを作品の中に文脈を変えて取り込むこと。
「デボラ・ロバーツ作品の影絵を作り出すような行為は、きわめて不穏当。しかも、驚くほど明白なやり方だった。そこには変容しようという試みがまったく見られない。制作者とギャラリー(エドワーズとリチャード・ビーバーズ・ギャラリーを指す)があの作品をあの空間で見せたのは、あ然とするほど大胆な行為だった」
シュガーケーン誌の記事に示された声明で、ロバーツはこう述べている。「いかなる形であれ、私はいかなるアーティスト、特に有色人種の作家が生計を立てるのを妨げることはありません。アーティストというのは非常に厳しい職業だからです。若いアーティストの技術を向上させ、意見が反映されるように手助けしてきた私の実績は、調べれば簡単に見つかります。私が反対するのは、誰かが私の作品と間違われるようなものを意図的に作り、それを自らの利益のために利用すること。それは競争ではなく、誠実さが問われる問題なのです」
ニカス弁護士は裁判所宛の書簡で、ロバーツとエドワーズの両者が、黒人アーティストにとって歴史的に大きな意味を持つコラージュの長い伝統に基づいて制作を行っていると主張。さらに、この伝統はピカソがコラージュを用いてキュビスムを生み出したことに始まり、ロメール・ベアデン、ジェイコブ・ローレンス、ベニー・アンドリュースといったアーティストに至る系譜があるとも指摘している。
ニカス弁護士はインタビューに答えて、「アーティストが、自分と同じスタイルで制作している他のアーティストを著作権侵害で訴えるのは非常にまれなことだ。特定の分野で制作するアーティストは誰もが、過去の作品という土台の上で活動しているのだから」と述べている。「法律的に言うと、作品の模倣とは、他者の作品をそのまま自分の作品に取り込むことであり、物質的に改変したり変容させたりしていない場合を指す。そういう場合に初めて著作権侵害が疑われる」。
ニカス弁護士はさらに、エドワーズの立場を代弁するための主張として、美術史上の類似作品の比較を例にとって説明した。「黒い幅広の線が印象的なロバート・マザーウェルの連作《Elegy to the Spanish Republic(スペイン共和国へのエレジー)》が、やはり背景とのコントラストが際立つ黒い線を用いるフランツ・クラインの抽象表現主義作品の著作権を侵害すると言っているようなものだ。それは法的な問題にはならないし、そんな法律が存在したこともない」
ニカス弁護士はさらに、こう批判する。「デボラ・ロバーツは写真コラージュの制作を行っているが、その伝統を所有しているわけではなく、発明したわけでもない。何らの法的な権利も持たないのだから、独占する権利はない。写真コラージュは、20世紀を通してさまざまなアーティストたちが発展させてきたものだが、ロバーツはその一員ではない。自分と同じ美術的伝統の中で仕事をしているアーティストを、その伝統を所有する権利をまったく持たないのに提訴するというのは、ばかげた主張だ」(翻訳:清水玲奈)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年9月23日に掲載されました。元記事はこちら。