NYのターミナル駅が巨大パブリックアートに! 人間性を讃える壮大な試み《Dear New York》をレポート

ニューヨークの中心、グランド・セントラル駅がいま、巨大パブリックアートとなっている。写真家ブランドン・スタントン率いる「Humans of New York」によるインスタレーション《Dear New York》は、大勢の人々が日々行き交う駅という舞台を「人間らしさへの讃歌」として再構築する壮大な試みだ。

2025年10月5日、グランド・セントラル駅で行われたブランドン・スタントンの「Dear New York」プレスプレビューにて、プロジェクションが映し出されている様子。 Photo : John Lamparski/Getty Images

10月5日から19日まで、ニューヨークでもっとも象徴的な建築物のひとつが、数十年ぶりとなる大規模なパブリックアート作品へと姿を変えている。この作品《Dear New York》は、グランド・セントラル駅とその地下のメトロ駅を、ニューヨーカーたちに向けた「壮大な視覚的ラブレター」として再構築する試みだ。

「このプロジェクトの基本的な考え方は、ニューヨークとは、世界中の人々が一つの場所に集まる街である、ということです」

こう語るのは、本作の企画者であり、「Humans of New York(ヒューマンズ・オブ・ニューヨーク)」創設者でもある写真家のブランドン・スタントンだ。

「そのことには、どこか神聖なものを感じます。つまりニューヨークは、『人類がたとえ小さな空間に押し込められても共存できる』という、ひとつの縮図であり証明でもあるのです」

今回、少なくとも記憶にある限り初めてグランド・セントラル駅構内のすべての広告スペースがアートに置き換えられた。いつもであれば商業広告や交通案内が映し出される150枚以上のデジタルスクリーンには、「Humans of New York」の膨大なアーカイブから選ばれた数千点のポートレートと物語が投影されている。メトロポリタン交通公社(MTA)が駅構内と地下鉄コンコースのデジタルディスプレイを統一して使用するのは、今回が初めてだという。

MTAの商業企画部ディレクターであるメアリー・ジョンは声明で、「この美しいアートインスタレーションは、あらゆる背景をもつニューヨーカーたちが自らの物語を語る写真展示へと駅を変貌させました」と述べている。「それは、私たちが共有する人間性を力強く思い起こさせるものです」

スタントンは、このプロジェクトによって人々が「立ち止まり、何かを感じる」きっかけをつくりたいと語る。

「ここを行き交う人々の日常の中に、小さな交差点や介入をできるだけ多く生み出したいんです。誰かの人生を変えることはできないかもしれません。でも、たった一人でも足を止めて、つながりや孤独、あるいは、これまでにない思考など、何かを感じてくれたなら……。それが私のアーティスティックな目標です」

個々の物語と体験が交差する、アートを通じた都市実験

《Dear New York》の中核をなすのは、スタントンと著名デザイナーやアーティストたちとの協働だ。エクスペリエンス・クリエイティブ・ディレクターを務めるのは、ミュージカル「ハミルトン」や「ディア・エヴァン・ハンセン」、体験型展覧会「イマーシブ・ゴッホ」などで知られるデヴィッド・コリンズ。彼は今回、ストーリーテリングとスペクタクルを前例のない市民的スケールで融合させる体験を設計した。

「私たちは意図的に、あらゆる広告スペースを——それどころか、さらに多くの空間を——アートで満たしました。それは人々を圧倒するためではなく、包み込むためです」とコリンズは語る。

「この体験を瞑想のように感じてほしい。ある人にとっては“鏡”のような存在に、また別の人にとっては“深い共感への入り口”になるでしょう」

写真家で「Humans of New York」創設者のブランドン・スタントン(左)とエクスペリエンス・クリエイティブ・ディレクターを務めたデイヴィッド・コリンズ(右)。《Dear New York》プレスプレビューにて。Photo: John Lamparski/Getty Images

プロジェクトの始動は、「クリエイティブな自由落下のよう」だったという。スタントンがMTAとの提携を取りつけると、2人はすぐに、グランド・セントラル駅を訪れる人々がどのように空間を行き来し、物語や映像、音楽を体験していくのかを観察しはじめた。コンコースからヴァンダービルト・ホールに至るまで、感情の流れと没入感を精緻に設計していったプロセスを、コリンズは「まるで飛行中に飛行機を組み立てているようだった」と振り返る。

インスタレーションの中心となるのは、メイン・コンコースだ。約15メートルの巨大なプロジェクションが通勤客や来訪者を取り囲み、ニューヨークの物語を描く壮大なパノラマを出現させる。ここでは、ジュリアード音楽院と協働して制作された100時間以上の音楽が流れ、学生や卒業生、教授陣によるクラシック、ジャズ、ヒストリカル・プログラムなどのライブ演奏も行われる。ターミナル中央に設置されたスタインウェイ社提供のピアノは、会期中いつでも利用可能だ。

 グランド・セントラル駅の壁面に映し出されたプロジェクション。Photo: John Lamparski/Getty Images
巨大ギャラリーと化した駅構内で展示作品を鑑賞する観客たち。Photo: John Lamparski/Getty Images
展示作品を鑑賞する観客。Photo: John Lamparski/Getty Images
展示作品を鑑賞する観客。Photo: John Lamparski/Getty Images 
ピアノ演奏を披露する、ジュリアード音楽院の修士課程に在籍するジョシュア・ムーン。Photo: John Lamparski/Getty Images
グランド・セントラルの地下鉄駅にも展示空間が広がる。Photo: Taurat Hossain

プロジェクトの公開を3日後に控えたある日、スタントンは筆者をグランド・セントラル駅のメイン・コンコースへ案内してくれた。それ自体がひとつの体験だった。彼の口から《Dear New York》の構想を聞くうちに、この作品が日常の通勤をほんの一瞬でも変える可能性を直感的に理解できた。

話している間にも、新婚夫婦がインフォメーション・ブースのすぐそばで写真撮影をしていた。新郎が花嫁を抱きかかえ、彼女の瞳を見つめる。ウェディングドレスの裾が、コンコースのテラゾー床に柔らかな光を落としていた。数メートル先では、数人の修道女たちが案内板を指さしている。青とオレンジのダシキ(西アフリカの民族衣装)を着た男性が、つやのある革のブリーフケースを手にイヤフォンで会話しながら通り過ぎる。上階から見下ろせば、コンコースはまるで生命がうごめく海のように見えただろう。だが、このインスタレーションはコンコースだけにとどまらない。グランド・セントラル全体が作品の舞台なのだ。

階下の地下鉄駅には、同じく野心的な展示空間が広がる。《Dear New York》のデザイン・クリエイティブ・ディレクターであり、デザイン会社ペンタグラムのパートナーでもあるアンドレア・トラブッコ=カンポスが手がけたものだ。彼のチームはプロボノ(無償奉仕)で制作に参加し、MTAによれば「地下鉄空間をこれほど大規模に活用したのは史上初」だという。

トラブッコ=カンポスは、「4路線が交差し、明確な入口も出口もない場所に公共ギャラリーを設計するのは、これまでにない挑戦でした」と語り、「そこでは、一本の物語を直線的に構築することはできません。空間自体が、いつどこからでも入り込めて、即座に理解できるようなダイナミックさを求めているのです」と説明する。

ペンタグラムのチームは、地下鉄構内を3Dモデル化してスケール感と視覚的な流れを把握した。彼らはそれを「市民的実験」として捉え、通路をマッピングし、「柱の森」を撮影し、駅初期のモザイク装飾に着想を得たタイポグラフィ・システムを構築したという。目的は、デザインを前面に出すことではなく、イメージと物語そのものを主役に据えることだった。ポートレートの配置順から文字のリズムに至るまで、すべての決定は「Humans of New York」の即時性を損なうことなく、それを「身体的体験の共有」へと変換するためのものだった。スタントンはこう語る。

「これは、『人々によって、人々について、人々を描き、人々によって受け取られる』没入型アートインスタレーションです。そのすべてを貫く一本の糸は、『他者に光を当て、その声を届ける』ということなんです」

ピクセルで描かれた都市の自画像

ヴァンダービルト・ホールでは、《Dear New York》がコミュニティ・ショーケースとして広がりを見せている。新進アーティストたちの作品と並んで、ニューヨーク市内の公立学校に通う600人以上の生徒による作品が展示されているのだ。オープンコールで選ばれたこれらの生徒作品には、スタントンのプロジェクトを特徴づける包摂性と市民的誇りの精神が息づいている。

ニューヨーク市公立学校長メリッサ・アビレス=ラモスは声明でこう述べている。

「若いアーティストたちが写真やビジュアル・ストーリーテリングを通して自らの視点を発信し、輝ける場を提供できることを誇りに思います。このパートナーシップによって、生徒たちの作品が称えられることを嬉しく思います」

そのスケールの大きさにとどまらず、《Dear New York》は「パブリックアートとは何か」という概念そのものを再構築している。それは文化的なステートメントであり、同時に慈善的な行為でもある。スタントンは本プロジェクトに合わせて刊行された書籍『Dear New York』の収益から設置費用を除いたすべてを、ニューヨーク市内の慈善団体に寄付するという。

その構想の規模と志の高さは、クリスト&ジャンヌ=クロードが2005年にセントラルパークを変貌させた《The Gates》を想起させる。ただし《The Gates》が自然をキャンバスにしたのに対し、スタントンは日常そのものをモニュメントへと変えることに成功している。両者に共通するのは、「アートはすべての人のためにある」という信念だが、スタントンのアプローチは、まさに今という時代を体現している。(クリスト&ジャンヌ=クロードが用いた)布ではなく、ピクセルで描かれた「都市全体の自画像」——ニューヨークという街を形づくる人々の顔と物語から編まれた肖像画なのだ。

「それが美しいものであれば、失敗ではありません」とスタントンは語る。「どんな結果になっても、やる価値のあることだったと思えるでしょう」

(翻訳:編集部)

from ARTnews

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