時代精神の地層──古雑誌の名店「Magnif」【アート好きのためのブックショップガイド】
アート好きにおすすめしたい個性豊かな書店を紹介する「アート好きのためのブックショップガイド」。第1回に足を運んだのは、雑誌専門の古本屋Magnif。

2009年から神保町に店を構える雑誌専門の古本屋、Magnif。店内には1930年代から2000年代の書籍や雑誌が並ぶ。
その中心はファッション誌だが、それは服の話だけではなく、もっと広い「流行」を指すのだと店主の中武康法は言う。「ファッション誌が中心でも、広い意味での流行が関わるものは同じ“地図”に入ってきます」
好きの隣り合い

そんな視点で棚を眺めると、ファッション誌がメインとはいえ、アートブックや写真集、デザイン書、ブランドブックなど、多様なジャンルを横断するさまざまな本が並んでいるのがわかる。アート関連の書籍が多く並ぶ棚には、1989~90年にかけて開催されたアレクサンダー・カルダーの巡回展のカタログ「The Intimate World of Alexander Calder」から「アート・オークション・データブック2」、雑誌「pen」の2009年5月号「1冊まるごと大特集 吉岡徳仁とは、誰だ?」まで、多彩なラインナップが揃う。
そこに見える「好きの隣り合い」が気持ちいい。ここに並ぶ本の多くは買い取りで入ってきた塊だ。雑誌の愛好家やデザイン事務所など、まとまった量の本や雑誌が一度にやって来るから、その趣味の輪郭がそのまま棚に残る。洋書・和書の区別もなし。結果、蔵書には“誰か”の時代感や趣味がまるごと流れ込む。

それがさらに中武の手を通すことでキュレーションされる。例えば、海外版『VOGUE』の隣にあるのはブルース・ウェーバーの写真集。写真作品や映像作品で知られる彼は、『VOGUE』などのファッション誌でも活躍した。
あるいは、歴史ある男性ファッション誌として知られる『MEN'S CLUB』の隣には、その参照元になったアメリカの『Esquire』や『GQ』。さらに1960〜70年代、日本にアイビーを知らしめた「VAN(ヴァン)」のショップバッグがさりげなく置いてある。そんな“通り道”をつくるのが、中武のキュレーションだ。
値札はキャプション代わり

値札も注目したい。Magnifの値札はキャプション書き。値段の他、雑誌ならば号ごとのテーマ、書籍ならば紹介文が印刷され、気になるトピックを拾える。裏では店主のPCにデータベースが走り、特集名を告げれば該当号がすぐに立ち上がる仕組み。棚がふと図書館めいて見える瞬間だ。「雑誌は背表紙だけでは中身が見えないから」と、中武は記憶に頼らずデータ化してお客さんを案内する。
日々の店づくりは、理想図を追いかけるというより、目の前のものに応えることの連続という。開店当初のすっきりした店構えだったが、集積の量感に魅力を感じる、と中武は静かに振り返る。

平日の開店直後の取材中も、国内外から多くの客が訪れていたMagnif。実は入居している建物の老朽化が理由で2025年12月をもって一時閉店する予定だ。その後2026年1月中旬から、東京堂書店の2階に新たに拠点を構えるという。
「立ち退き話を耳にされた東京堂さんからお声がけいただきました。前より小規模にはなりますが、慣れ親しんだ商店街から離れずにすむのは嬉しいですね」
「Magnifの地図」においては、ファッションも写真もデザインも技術もゆるやかにつながる。ここは“ファッション誌の店”でありつつ、流行のひとコマとして世界を同じ視界に置いてくれる場所。棚の隣りから拾い上げた一冊が、流行の輪郭を少しだけ広げてくれる。
ARTnews JAPAN読者におすすめの1冊

『ストリートファッション 1980-2020 定点観測40年の記録』 アクロス編集室(編)2021年PARCO出版
中武が選んだのは、意外にも新刊。「1980年より続いてきた『ACROSS』(パルコ)のスナップ/インタビュー企画「定点観測」の膨大な記録をもとに、日本のストリートファッションのこれまでを編纂した一冊。その時々の流行が数々のスナップ写真で楽しめると共に、身につけているブランド名、よく行く店、よく読む雑誌などのインタビュー記録も興味深いです。ネット上の「まとめサイト」にあるような“都合のよい一括り”ではなく、リアルな標本と緻密なデータがここにあります。若者文化の旧くを知るだけでなく現地点を理解するためにも必携の一冊です」
Magnif
東京都千代田区神田神保町1-17 (~2025年12月末)
東京都千代田区神田神保町1-17 東京堂神保町第1ビルディング2階(2026年1月中旬~)