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  • 2022.12.05

お祭りムード満載のフェア、注目は社会課題に声を上げるアーティストたち。気候危機やジェンダー、人種差別など【アートバーゼル・マイアミビーチ2022】

今年のアートバーゼル・マイアミビーチは、出展者数、来場者数ともにコロナ禍前の水準に戻った。お祭りムードの中で行われた今回のフェアでは、気候変動やジェンダー問題など、世界的な喫緊の課題に警鐘を鳴らすアーティストの作品が目立った。

アート・バーゼル・マイアミ・ビーチの会場外観。Photo: Maximilíano Durón/ARTnews

アートバーゼル・マイアミビーチ(ABMB)のオープニングには大勢のVIPが詰めかけ、ギャラリーからは好調な売れ行きの報告が相次いだ。印象的だったのは、昨年は乱立気味だったNFTアート関連プロジェクトが、明らかに少なくなったことだ。とはいえ、マイアミ地区全体ではNFTアートプロジェクトの発表イベントが相次ぎ、業界関係者には山ほど招待状が届いたという。

アートフェアの中でも特にアートバーゼルに特徴的なのは、所有者のステータスシンボルになるような超一流アーティストの作品が数多く出展されることだろう。一方で、アルテ・ポーヴェラ(*1)やオプアート(*2)運動に関連する小品も目についた。また、今回はABMBが20周年を迎えたこともあり、世界中のギャラリーがお祝いにふさわしい大作、力作を持ち込んでいた印象だ。


*1 アルテ・ポーヴェラは「貧しい芸術」を意味する。1960年代〜70年代初頭にイタリアで興った芸術運動で、新聞紙、木材、石、鉄などが多用された。
*2 錯視や視覚の原理を利用したり、鑑賞者の視点によって見え方が変わったりする作品。

そんな中から、US版『ARTnews』が選んだABMB2022を象徴するベストブースを厳選して紹介する(各見出しはアーティスト名/ギャラリー名の順に記載)。

1. Jessie Henson/Anthony Meier Fine Arts(ジェシー・ヘンソン/アンソニー・マイヤー・ファイン・アーツ)

アンソニー・マイヤー・ファイン・アーツのブースに展示されたジェシー・ヘンソンの作品。Photo: Maximilíano Durón/ARTnews

手すき紙を用いる現代アートのための施設、デュ・ドネ・ペーパーミル(ニューヨーク)で最近アーティスト・イン・レジデンスを行ったジェシー・ヘンソンは、自作の手すき紙に工業用ミシンで色鮮やかな糸や18K・24Kの金糸を縫い込んだ作品を発表した。ミシンで刺しゅうをすることで、紙が波打ったりたわんだりして、まるで彫刻のような効果が生まれる。家庭用ミシンではなく、工業用ミシンを使用することにも重要な意味があるという。ヘンソンは、単純作業を繰り返す労働が少しずつ物を劣化させていくことに着目しているが、この作品では、それが紙の摩耗で象徴されている。ヘンソンはまた、収集しているビンテージテキスタイルをブロンズで再現した作品も発表している。

2. Arghavan Khosravi and Suchitra Mattai/Kavi Gupta(アルガーバン・ホスラヴィ、スチトラ・マッタイ/カビ・グプタ)

アルガーバン・ホスラヴィ《Our Hair Has Always Been the Problem(いつも私たちの髪が問題だった)》(2022)の展示風景。Photo: Maximilíano Durón/ARTnews

今回のフェアでとりわけ強い印象を残したのが、カビ・グプタが出展した2つの作品だ。1つは、髪の長い女性がギロチンにかけられる姿を描いたアルガーバン・ホスラヴィの衝撃的な新作絵画で、作品を取り囲む木のフレームもギロチンを思わせる形をしている。ホスラヴィはイランで生まれ育ち、10年前までそこで暮らしていた。

《Our Hair Has Always Been the Problem(いつも私たちの髪が問題だった)》と題したこの新作は、今年9月に起きたヒジャブ着用をめぐる22歳のマフサ・アミニの死をきっかけに、イラン全土に広がった抗議行動を反映したものだという。ホスラヴィはこれまで、歴史的なペルシャ美術を通してイラン女性の地位を考察してきたが、本作では根深い問題をはらむ政治状況への痛烈な表現で、見る人に目をそらさないよう訴えている。

その隣に展示されているのは、サリーを束ねたり縫ったりして作られたスチトラ・マッタイの作品3点だ。そこには、南米のガイアナで育ったインド系のマッタイが経験した多様な文化の影響が集約されている。作品には、ボリウッド映画のアナログフィルムに刺しゅうを施したものや、アトリエに何者かが侵入しようとした際に残されたガラスの破片など、さまざまな物が素材として加えられている。

3. Nikita Gale/Reyes Finn(ニキータ・ゲイル/レイエス・フィン)

レイエス・フィンのブースに展示されたニキータ・ゲイルの作品。Photo: Maximilíano Durón/ARTnews

ロサンゼルスを拠点に活動するアーティスト、ニキータ・ゲイルは、「Positions(ポジション)」部門で作品を発表。地球上、そして私たちの体内にも存在するカルシウムに注目して制作を行った。ブースの中央には、低音を発し続けるシンセサイザーの上に、赤い方解石(カルサイト)を2つ置いた作品があり、会場の喧騒を忘れさせるような静けさを湛えている。その近くには、コンピューターが描いた歯を、まるで笑っているかのように並べたアルミのパネルが並んでいた。

4. Andrea Bowers/Kaufmann Repetto(アンドレア・バワーズ/カウフマン・レペット)

アンドレア・バワーズ《Political Ribbons(政治的なリボン)》(2022)の展示風景。Photo: Maximilíano Durón/ARTnews

今回のアートバーゼル・マイアミビーチでは数少ない参加型作品の1つとなったのが、アンドレア・バワーズのインスタレーション《2022 Political Ribbons(2022年・政治的なリボン)》だ。これは今年9月からフルラ財団との共催でミラノ市立近代美術館(GAM)に展示されている作品で、「My body is not your business(私の体はあなたに関係ない)」「Resisters(抵抗者たち)」「Sexism Sucks(性差別は最低だ)」「Empower women around you(自分の周りにいる女性たちをエンパワーせよ)」などのメッセージが印字された、大量のリボンで構成されている。

バワーズは、赤、ピンク、ネイビー、ターコイズ、紫のリボンを選び、作品を再構成したという。来場者はリボンを1本ずつ持ち帰って好きなところに飾ることができる。作品にはおよそ1000本のリボンが使われており、会期中は常時400本が補充のために用意されていた。

5. Dominic Chambers/Lehmann Maupin(ドミニク・チェンバース/リーマン・モーピン)

リーマン・モーピンのブースで展示されたドミニク・チェンバースの作品。Photo: Maximilíano Durón/ARTnews

くつろいだ様子の黒人を描いた絵画で知られるドミニク・チェンバースが彫刻に初挑戦し、子どもの遊び場にあるようなすべり台をモチーフにした新作を発表した。チェンバースはこれを模型として、近い将来、ガラスによる大型彫刻を制作する計画だという。模型とはいえ、大きなインパクトを放っていた。

6. Gala Porras-Kim/Commonwealth and Council(ガラ・ポラス=キム/コモンウェルス・アンド・カウンシル)

コモンウェルス・アンド・カウンシルのブースに展示されたガラ・ポラス=キムの作品。Photo: Maximilíano Durón/ARTnews

キリスト教の大聖堂として建てられ、その後モスクとして利用されたイスタンブールの世界遺産、アヤソフィア。夏に行われた修復工事の際に、この歴史的建築物の床面に損傷が生じた。以前から文化財の保存に関心を持っていたガラ・ポラス=キムは、これにインスピレーションを得て、割れた床面を表現した作品を制作。その中には、ビザンチン帝国皇帝の戴冠式で足元に敷かれていたタイルをモチーフにしたものもある。

ポラス=キムは最近、魔術の街とも言われるトリノ(*3)を訪れたそうで、その旅の後に購入した占星術のチャートをベースにした作品も展示。占星術という知識のシステムを表現したチャートの上に、自らが人類の運命について予想した抽象的なビジョンをエンコスティック画法(*4)で描いている。


*3 黒魔術のトライアングルはロンドン、サンフランシスコ、トリノを結んだ三角形、白魔術のトライアングルはリヨン、プラハ、トリノを結んだ三角形という説がある。
*4 溶かしたミツロウと顔料を用いる古代の技法。

7. Aubrey Williams/Jenkins Johnson Gallery(オーブリー・ウィリアムズ/ジェンキンス・ジョンソン・ギャラリー)

ジェンキンス・ジョンソン・ギャラリーのブースに展示されたオーブリー・ウィリアムズの作品。Photo: Maximilíano Durón/ARTnews

会場内の一部のブースでは、「Kabinett(カビネット)」という小コーナーが設けられていた。その一例が、戦後世代のアーティスト、オーブリー・ウィリアムズの作品だ。カリビアン・アーティスト・ムーブメント(*5)の創設メンバーだったウィリアムズは、南米のガイアナ生まれ。現在は、ロンドンとカリブ海、フロリダを行き来しながら制作活動を行っている。その作品は、美術史家のコベナ・マーサーが「ブラック・アトランティック・アブストラクション(大西洋地域の黒人による抽象主義)」と名付けた一派を代表するもので、テート・ブリテンが2021年に開催した展覧会「Life Between Islands: Caribbean-British Art 1950s – Now(島々の生活:カリビアン系英国のアート:1950年代〜現在)」にも出展されている。


*5 カリブ海諸国のアーティストの団結を目指す運動。1966年にロンドンで設立された。

アートディーラーのカレン・ジェンキンス=ジョンソンは、2016年頃からウィリアムズの遺族と協力し、評価が遅れているウィリアムズの認知度を高める活動に尽力している。特に、アメリカのコレクターをターゲットにしているという。今回展示されているのは、コロンブス以前の先住民のアートに興味を持ったウィリアムズが、それをもとに制作した抽象画。数十年経った今でも、作品の神秘的な魅力は色あせていない。

8. Patrick Martinez/Charlie James Gallery(パトリック・マルティネス/チャーリー・ジェームズ・ギャラリー)

チャーリー・ジェームズ・ギャラリーのブースに展示されたパトリック・マルティネスの作品。Photo: Maximilíano Durón/ARTnews

「Nova(ノバ)」部門で目を引いたのが、パトリック・マルティネスのネオンを用いた新シリーズだ。今回展示されたテキストベースの4作品の1つには、「ABORT SCOTUS(米国最高裁判所を中絶せよ)」という言葉が記されている。言わずもがな、今年6月に米最高裁が、70年代初頭に人工妊娠中絶の権利を認めた「ロー対ウェイド」判決を覆したことに抗議するものだ。また、占い師の店のウィンドーディスプレイを模した作品では、中央に3枚のタロットカードを配し、その上下に「I don't see any American dream / I see an American nightmare(アメリカンドリームなんて見えない/アメリカの悪夢が見える)」と書かれている。

9. Erin Ggaadimits Ivalu Gingrich and Edgar Heap of Birds/K Art(エリン・ガーディミッツ・イヴァル・ギングリッチ、エドガー・ヒープ・オブ・バーズ/Kアート)

K アートのブースでのエドガー・ヒープ・オブ・バーズ作品の展示風景。Photo : Maximilíano Durón/ARTnews

アメリカで唯一、ネイティブアメリカンが経営するコマーシャルギャラリーであるKアート。同ギャラリーは、新進アーティストのエリン・ガーディミッツ・イヴァル・ギングリッチとロビン・ツィンナジニの作品を、エドガー・ヒープ・オブ・バーズの作品と並べて展示した(*6)。


*6 ギングリッチはイヌピアック族/コユコン・アサバスカ族、ツィンナジンニはディネ族、ヒープ・オブ・バーズはアラパホー族/シャイアン族。

アラスカ先住民の伝統ある木彫職人の家系に生まれたギングリッチは、部族の文化で重要な意味を持つさまざまな種類のサケを模した手彫りの彫刻4点を展示し、地域における豊かな自然資源を表現した。これらの作品には赤いビーズやサケの骨の断片が埋め込まれている。ヒープ・オブ・バーズは、代表作の「Native Hosts(元々の主人)」シリーズの新作を発表。道路標識状のプレートには州名が裏文字で印字され、その下には、かつてその土地を治めていた先住民族の部族名が記されている。たとえば、マイアミ・ビーチの標識にはセミノール族とティムクア族の名がある。

10. Abbas Akhavan/Catriona Jeffries Gallery(アッバス・アカバン/カトリオーナ・ジェフリーズ・ギャラリー)

カトリオーナ・ジェフリーズ・ギャラリーのブースに展示されたアッバス・アカバンの作品。Photo: Maximilíano Durón/ARTnews

モントリオールを拠点とするアーティスト、アッバス・アカバンは、通常はギャラリーの壁を覆うのに用いられるパッドを床に敷き、大きなガラスの破片を積み上げるというサイトスペシフィックなインスタレーションを制作した。ただしパッドは汎用品ではなく、グリーンバック(動画撮影などの背景を合成するのに用いられるスクリーン)の色で特注されたものだ。

アカバンがこの作品を制作したきっかけは、2020年にベイルート港で起きた爆発事故の後に、現地の人々がガラスの破片を拾い集める光景が脳裏に焼き付いたことだという。ただ、今回展示されている作品はこの爆発事故がテーマというわけではない。つまり、グリーンバックはさまざまな文脈に応用できることを示している。

11. American Artist and Santiago Sierra/Labor(アメリカン・アーティストとサンティアゴ・シエラ/レイバー)

レイバーのブースに展示されたアメリカン・アーティスト(天井から吊るされているもの)とサンティアゴ・シエラ(壁面)の作品。Photo: Maximilíano Durón/ARTnews

メキシコシティのギャラリー、レイバーは、気候変動をテーマに、ロサンゼルスのレッドキャット・ギャラリーで先頃発表されたアメリカン・アーティストの立体作品と、サンティアゴ・シエラのカンバスを並べた作品を展示した。アメリカン・アーティストの作品はバス停の標識を再現したもので、作家のオクテイヴィア・E・バトラーが小説を執筆するためにカリフォルニア州パサデナの自宅からロサンゼルス公立図書館に毎日通っていたときの道程を示している。1993年に出版されたバトラーの小説『Parable of the Sower(種をまく人のたとえ)』は、気候変動と、それが社会から疎外された人々に与える理不尽な影響に警鐘を鳴らす作品だ。

シエラのインスタレーションもやはり気候危機をテーマにしたもので、メキシコシティ郊外で風雨にさらしたカンバスで構成されている。1週間放置されただけの1枚目のキャンバスはまだそれなりに白さを保っているが、1年間放置された52枚目のカンバスは濃いグレーになっている。(翻訳:清水玲奈)

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