「現在と過去を対立させることなく、対話を導き出したい」──是恒さくら【TERRADA ART AWARD 2025ファイナリスト・インタビュー】
寺田倉庫G3-6Fで現在開催されている「TERRADA ART AWARD 2025」のファイナリスト展(2月1日まで)。倉庫空間内には、5人のファイナリストが手がけた新作が展示されている。展示されている作品に込められた想いや今後の展望について、神谷幸江賞を受賞した是恒さくらに話を聞いた。

──今回の展示プランにおいて是恒さんは、文化や記憶、技術を継承するための媒体として玩具を選ばれていますが、玩具がもつどのような特性に着目されたのでしょうか。
今回は、約10年前、捕鯨が行われてきた土地で、捕鯨の体験談や鯨にまつわる思い出話をたずね始めた頃から作ってきたシリーズ作品「空想玩具」の旧作から新作を展示しています。
各地で捕鯨と鯨の話を聞く中で、私がアーティストであると知った方々から「何かに使ってほしい」と鯨の素材を渡されることがありました。かつてさまざまな道具の材料となった鯨のヒゲ板(ヒゲクジラ類の口の中に生える摂食器官)や歯、骨を譲り受けたと同時に、これらの加工方法も教わりました。今は使われる機会の少ない鯨の素材を作品にすることで、表現を通した記憶の継承ができるかもしれない──そんな考えから、空想の「玩具」として形にすることを始めました。
世界各地の玩具には、生活の知恵や狩猟の技術を伝えるものが見られます。「けん玉」や「あやとり」のような構造の玩具は世界中にあり、中には狩猟の方法を表すものや、織物や編み物の構造を思わせるようなものもあります。手にとって遊ぶ玩具の中には、小さくともわかりやすい形で知恵や技術が表されていて、体を使って遊ぶ中でその技を身につけていく役割もあったのだと思います。子どもの頃に「ごっこ遊び」をしたことのある人も多いでしょう。一枚の葉っぱをお皿にしたり、木の枝を箸にしたりするように、身の回りにあるものを何かに見立てていくことができる人の想像力の根源が、玩具や遊びの中にあるように思っています。そして、玩具を作ることもまた、生活の知恵や様式を伝えていく方法なのだと考えています。

──展示プランを考案するにあたって、このアウォードだからこそ挑戦できたこと/したかったことはありますか?
長年、各地で鯨と人の関わりをテーマにリサーチを進める中で、北海道の鯨の漂着を調査研究する「ストランディングネットワーク北海道」の研究者の方々との出会いがありました。今回の新作では、ストランディングネットワーク北海道から提供された、北海道に漂着した鯨の個体から採取された鯨のヒゲ板も使っています。日本各地の海辺では、今も昔も鯨の漂着が起き続けていますが、その意味は大きく変化してきました。過去に漂着した鯨の肉や脂が活用され、鯨に感謝が捧げられた時代もあれば、時折ニュースになるように、漂着した鯨の処分が課題となることもあります。人と他種の生物の関係を多くの人が深く考えている今日、何年もかけて私の手元に集まった鯨の素材に向き合い作品を作ることで、海と人と鯨の間に起きてきた出来事や失われた風景を見つめ直したいと考えました。
今回の展示の新作に用いた鯨の素材には二度と手に入らないかもしれない、唯一無二のものもあります。こうした素材を使って制作する機会は、今回が最後かもしれないということが、一つの挑戦でした。TERRADA ART AWARDでは一つの空間を自由に使うことができ、制作から設営までの予算も豊富なので、自分が理想とする形の展示が可能になると考えました。
──ファイナリスト展では、倉庫という特殊な空間を使って展示を構築することが求められますが、空間の使い方や作品の見せ方など、キュラトリアルな工夫を施した点があれば教えてください。
旧作と新作の両方を見せる展示構成にしたのですが、過去作は箱に収めるように額装し、新作は箱から取り出したばかりのように空間の中央に配置しました。空間全体が玩具箱のようでもあるし、自分にとっては、誰かから受け取った語りを形にして伝えていく行為の現場でもあります。なので、壁と床に手書きで作品にまつわるテキストを書きました。作品である「空想玩具」の一つひとつが、着想源となった誰かの言葉や体験談と対になっています。
広い倉庫に設置された個々の空間は箱のようでもありますが、完全な隔たりにはしたくないと思いました。白壁の展示空間では元の倉庫空間から浮いてしまう印象があったので、倉庫の柱や壁などコンクリートと調和するよう、コンクリートの色調に寄せたグレーの壁面を選びました。

──審査員との対話のなかで、新たな発見や気づきにつながったアドバイスや会話があれば教えてください。
環境の変化や人と他種の生物との関わりは、より多くの人にとって差し迫った課題になっています。議論が大きくなる中で見過ごされていく声や、忘れられていく風景があるように感じています。過去から現在まで人が自然に与えた影響には多くの過ちもありました。私の「空想玩具」の着想の元になった体験談や昔話の中にも、現在は見られない習慣や肯定されないものもあると思います。けれど、小さな玩具の世界として見ること、その世界のありようを俯瞰しながら想像することで、現在と過去を対立させることなく対話を導くことができたらと願っています。
審査員の皆さんとの対話の中では、想像力は現実を変えられることを強く感じました。複雑な絡まりにあるものを複雑なまま、けれど豊かな対話の糸口として、これからも表現していきたいと思います。
──今回の受賞を機に将来的に挑戦してみたいことや、展望があれば教えてください。
TERRADA ART AWARDの展示空間は本来倉庫ですが、倉庫の空間が展示によって全く違う意味を持つ場所になることを体験できました。寺田倉庫の歴史やさまざまな倉庫利用の話も学ぶことができました。
実は最近、戦後の日本の南極海捕鯨と愛知県の土管製造の関わりを調べています。それらの産業で使われていた鯨肉や陶土や塩の倉庫だった場所、かつて使われていた倉庫にも興味が湧いています。各地に残る使われなくなった倉庫や、植物が繁茂し崩壊しつつある倉庫のひとつひとつにも、過去と現在の対話を導く語りの糸口があります。今後、捕鯨業と塩業、土管製造業と石炭鉱業といった異なる産業を結びつけていた「倉庫」と「船」をテーマに、リサーチと作品制作を行いたいと考えています。